第10話
SIDE B
学校で2人と別れてから既に20分ほど待たせているだろうか。私はアコギを背負いながら急ぎ、ようやく駅前のファミリーレストランに着いた。店内に入ると遠くの席から杜谷さんが手を上げてくれている。杜谷さんと川北くんは向かい合って窓側の席に座っていた。私がギターを背負って走ってくるのを上から見てたらしい。
「思ったより早かったなぁ。その先生と話できた?」
「うん、先生残っててくれた。ちゃんとお話できたよ。そんで放送で学校もう閉まるって追い出された。」
「そっか、良かったな。ほなとりあえず、飯どうする?」
「友達とファミレスで食べてくるって、もうおばちゃんに連絡した。」
「おばちゃん?」
「うん、親戚のうちに居候させてもろとるけん。」
「そうなんやぁ。じゃあ早速頼も。私もお腹空いた。」
「俺はじゃあ、サイドメニューだけ頼もかな。」
机を見るとドリンクバーのコップだけが注文してあった。食事の注文をせずに私を待っていてくれたらしい。私がボタンを押し改めてみんなで注文して、ドリンクバーに行きジュースを持ってきた。
「そっちは何話してたん?」
「そら古賀ちゃんのことよ。今日のライブ良かったなって。それと他の2年のバンドの話もな。」
「うん、古賀さんの話。あとあの2年のドラムの先輩カッコ良いって。」
「そうなんやね。」
「そっちは先生とどんな話したん?」
「んとね。今日のライブの話。良かったって言ってくれた。初ライブとして100点って言ってくれた。」
「良かったやん。」
「うん。それで悪い方っていうか改善点は週明けに紙で渡すって。」
「へえ、ちゃんとしてんねんなぁ。」
「それでね、バンドのこと相談したん。」
「先生なんて言ってたん?」
心配そうにこちらを見てくるのは杜谷さんだ。
「なんで組んだらいけんの?って言われた。」
二人に笑われた。
「でもね、一日中音楽のことだけ考えられるこの2年が勝負やって。やけん、ちゃんと覚悟持ってる人と組むほうが良いって言われた。時間を無駄にするなってことやと思うけど。」
「そっか。この2年が勝負か…そのとおりやと思うわ。」
「そうやんねえ。卒業したら仕事せなあかんしねえ。」
「それでね。ちゃんと聞いて欲しいんやけど。」
「うん。」
二人の声が揃った。
「もしみんなでバンドを頑張った結果、一人だけデビューの声かかった時にどうする?って聞かれたん。」
二人はじっと聞いている。
「うち、すぐに答えれんかった。でもね。みんなでちゃんと頑張った結果やったら、誰がそういう事になっても応援してあげられると思ったんよ。」
二人は考え込んでいるのか黙ったままだ。
「だからうちバンドしたい。するって決めた。」
しばらくの沈黙の後、川北くんが話しだした。
「俺な、隠してるわけやないんやけどな。ほんまは俺、みんなより歳、2つ上やねん。」
「えーーー!」
あまりの不意打ちに大声を出してしまった。
「古賀ちゃんうるさいし。」
怒られた。
「それで入学してすぐっていうか、入学前の説明会の時にそのこと熊野先生に相談したら、わざわざ無理にこっちから話すこともないやろって。自然と話せる時に話したらええんとちゃうって。」
「そうなん…ですか?」
「だからやめろって。そういう感じになるから嫌やってん。今まで通りタメ口でお願い。ほんま頼むわ。お互いに言いたいこと言えんようになるんが一番嫌やねん。」
「…そっか。分かった。川北くんがそう言うならそうする。」
「杜谷さんも頼むな。今日話したばっかりやけど、もう友達やと思っとるし。」
「うん、分かった。」
「でな。」と、川北くんの話が始まろうとする時に、料理が運ばれてきた。
「何やこのタイミング。って、とりあえず腹減ってるやろ。食べよ食べよ。あ、言っとくけど俺、高校ダブりと違うからな。元社会人ってことやし。まぁ先に食べよか。」
しばらく本当にどうでもいい話をしながら遅い夕食を食べた。
「川北くんの話。続き聞いても良い?」
食事が落ち着いた頃、杜谷さんが川北くんに聞いた。
「どこまで喋ったっけ?えーっと。年齢のことだけか。そうか、なんかもう調子狂ってもうたわ。」
「じゃあ川北くんの彼女の事聞きたい。」
「そうか、彼女か。彼女とは高校の時からやねんけど。俺が就職してって、その話もか。なんかめんどくさいな。」
「まぁまぁ。」
「俺が高3の時に、親父が怪我して入院したんよ。で入院が長なるから言うて、兄貴がその後継いだわけやないけど穴埋めで仕事するようになってな。俺んち自営業でさぁ。それで俺も高校出てから特にやりたいこと無かったからって実家に就職したんやわ。」
黙って聞いている。
「んで俺、高校ん時にバンドやっててさ。でも家に就職してからはなんやかんやで忙しいしライブは出来んやろしってバンドもやってなかったんやけど、やっぱり音楽したいって思いだしてな、一人でパソコンで曲作り出して。結局2年働いてお金貯めて、そんでこの学校来たってわけ。」
「お父さん、大丈夫なん?」
「ん?あ、大丈夫大丈夫。思ったより早う退院してたし。俺、遅い時の子やからちょっと歳は食っとるけど、まだバリバリ働いとるよ。」
「そっか良かった。」
「んで、
「良い彼女さんなんやねぇ。」
杜谷さんが和んでいる。
「そっか、だから川北くんお洒落なんかぁ!」
イケメンの秘密を掴んだ気がした。
「お洒落かは知らんけど服は選んでもらうこと多いな。でな、卒業後どうなるんか分からんけど、生活の基盤決まったら結婚しようと思てるねん。」
「おおおおおおお!!」
女子組の声が揃った。
「やめろや。ほんまにうるさいて。…もう付き合って4年か5年で、まぁ結果さらに2年待たせることになっとるしな。それに俺が専門行くって言い出した時に、最初に賛成してくれたんも楓やし。」
「お~。」
今度は声を抑えた。
「ま、そんな感じ。んで話変わるけどさ、俺、古賀ちゃんに前に会ってるんやで。」
「え?」
いつのことを言ってるんだ?
「前っていつのこと?」
「進路説明会。古賀ちゃん俺のこと先生やと思たやろ。」
進路説明会。母ちゃんと初めて芝井戸先生に会いに行った時。先生と思った?
「トイレどこ?って聞いてきたやんか。」
「あああああ~!!!」
今解った。背の高いスーツ男だ。化粧室男だ。
「古賀ちゃんうるさいよ、もう。あれ俺。一応社会人やし私服で行くんもなってスーツで行ったんやわ。そん時まだ髪も黒くて短かったし。気付かんのしゃーないわな。」
「くっそお、ずっと騙されてたんやな!くやしい!」
「ははは。古賀さんまぁ落ち着いて。」
「別に騙してへんわ。それにこんなことわざわざ言わんでもええやろ?」
確かにそうか。わざわざ言うことでもないのか。でもなんか納得いかない。
「古賀ちゃん、だからな、俺もプロになりたいって本気で思っとるんやで。彼女のこともあるし中途半端なことは出来ひんと思っとる。だから一緒に音出してみよ。俺のこと要らんって思たら切ってくれてかまわん。どう?」
なんかみんな色々あるんだなぁと思った。
「って、それも音出してからの判断で良いからな。ってことで俺の話は終わり。次、杜谷さんね。」
「え、私?私の話なんて面白くないよ。いいの?」
「せっかくやで話してよ。それに古賀ちゃんはちゃんと話してくれたやろ。」
「そっか。じゃあ・・」
杜谷さんが訥々と話し始めた。
「私は和歌山のね。和歌山市じゃない隣のね、よく県外の人には『それどこ』って言われる市の高校に行ってたんよ。ほんで、高校から吹奏楽部に入ってパーカッションやってたんやけど、でもドラムをずっと叩いてたわけやなくて色々あるパーカッションのうちの一つね。んで、高3の時にクラスの子に文化祭でバンドするの手伝ってって言われてドラムやったんやわ。カバーバンドやったんやけど初めてバンドしてすっごい楽しかったんよ。それが忘れられなくってそれでこの学校に入りました。終わり。」
「なんか簡単やな。」
「しゃーないやん。ほんまのことやもん。」
「てか、和歌山って時間まだ大丈夫なん?」
そろそろ9時半に成ってきていた。
「和歌山ってそんな遠ないって。それに今住んでるの学校の学生寮やし。こっから歩きやで。」
「へぇーそうなんや。」
「お話してくれてありがとうね。杜谷さん。」
「ううん、こっちこそ。でね、私も古賀さんとバンドしたい。下手くそなんは自分が一番分かってるん。でも一緒にバンドしたいんよ。練習頑張るから。」
「んとね、芝井戸先生が練習熱心な人と組んだほうが良いって言いよったん。専門学校やし練習いっぱい頑張ればすっごい成長するって。」
「せやな。今、上手い下手より、ずっと頑張れるかどうかの方が大事かもしれんな。やろうと思えば2年間毎日ずっと練習できるんやもんな。」
「やけん、そんなん気にせんでよかよ。うちやって歌は先生褒めてくれよっけどギターへったくそやけん。褒められたことなか。」
「ふふっ。ありがとう。私も頑張る。」
「なんか楽しかねえ。こうやってバンドのこととか話してるの、うち初めてやわ。青春っぽい!」
「青春っぽい!」
杜谷さんが続いた。
「なんやそれ。それにそもそもバンドって楽しいもんやで。」
イケメンが言った。
「うん、がんばろな。」
「とりあえず曲どうするん?もちろん古賀ちゃんの曲やろけど楽譜とかある?」
「うん、持っとるよ。」
ギターケースから楽譜のファイルを取り出した。
「へえ、いっぱい曲あるんやね。何曲ぐらいあるん?」
「今、全部で30曲くらいかなぁ。歌詞の無いのもサビだけのとかもあるけど。」
「マジで?すっごいな。いつから曲、書いてるん?」
その後、色々と青春っぽい話が続き、別れ際に3曲分の楽譜を近くのコンビニでコピーし2人に渡して、10時前にみんなと別れた。こうして長い一日が終わった。
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