第13話 三百人委員会
ラヴェル・リュミオールは部下の報告が信じられなかった。
到底あり得るとは思えない。
しかし、並べられた報告書はたしかにそれが真実であることを示していた。
「信じられないのも無理ないと思います。私もそうでした。だからこそ当地に赴き、丁寧に裏取りを行いまして――」
部下の言葉は異国の知らない言語のように感じられた。
揺らぐ視界。
激しい混乱。
築き上げた出世への道ががらがらと音を立てて瓦解しつつある。
部下が去った後、一人の部屋でソファーにもたれて天井を見上げた。
(なんてことをしているんだ、あの無能は……!)
魔法適性を持たない人間に生きる価値はない。
誰でも知っている常識さえ理解できない、救いようのない出来損ない。
その上、今は小賢しい知恵を使って劣等種への税額を引き下げようと動いていると言う。
すべてが貴族社会の常識に真っ向から刃向かう愚行。
何を考えているのか、まったく理解できない。
何より、娘が劣等種の味方をしているという事実は、《三百人委員会》におけるラヴェルの地位を揺るがす可能性があった。
(早急に手を打たなければ。組織にこの事実が発覚する前に)
部下に指示を伝えようと私室を出たそのときだった。
「ラヴェル様。お客様が」
老執事の言葉に、ラヴェルは吐き捨てるように言った。
「今は忙しい。後にしろ」
「しかし、アレクシス様をお待たせするのは」
「アレクシス様……!?」
告げられた名前にラヴェルは激しく動揺した。
魔法国を陰から支配する
組織内で序列三位に位置する公爵家当主――アレクシス・ローエングリン。
(絶対に事態を悟られるわけにはいかない)
懸命に心を落ち着け、普段通りを装って挨拶をした。
「よく来てくださいました。本日はどのような御用向きでしょうか」
「少しお話を伺いたいと思いまして。我々が進めている実験について」
アレクシスは言う。
「貴方の所有する辺境の領地。リネージュにおける生物兵器実験。我々が作り出した感染症の状況はどうなっていますか?」
「それは……」
ラヴェルは内心の動揺を悟られないよう意識しつつ言った。
「問題ありません。順調に進んでいます」
「なるほど。興味深いご意見です」
アレクシスはラヴェルを見て目を細めた。
「私が収集した情報によれば、リネージュにおける感染症問題は既に終息したということですが」
その言葉に、ラヴェルは頭の中が真っ白になった。
恐怖を覚えるほどの情報収集能力。
『我々にわからないことはありません。隠し事にはしない方が賢明だと思いますよ』
以前彼が言った言葉が頭の中で反響する。
「貴方は問題ないとおっしゃいました。しかし、現実として感染症問題は終息している。事実上我々の実験は失敗に終わったわけです。にもかかわらず貴方は順調に進んでいると言う。不思議な話です。可能性がいくつか考えられますね」
アレクシスは言う。
「まず、貴方が我々を裏切っているという可能性。なかなか見事な手際だと言わざるを得ません。私も見事に騙されてしまったというわけです。この場合、私たちはどんな手を使っても貴方に代償を払わせなければならないわけですが」
「とんでもございません! 私は裏切っていない! 誓って真実です!」
「そうですか。安心しました」
アレクシスは静かにうなずいてから続けた。
「では次に、本当に感染症問題が終息したという事実を知らなかったという可能性。能無しと言わざるを得ませんが仕方の無いことではあります。能力が無いのは罪ではありませんから。最後に、感染症問題が終息したことを知った上でそれを報告せず隠蔽しようとした可能性。救いようのない無能と言わざるを得ませんが、仕方の無いことではあります。救いようのない無能であることは罪ではありませんから」
アレクシスはにっこり目を細めて言った。
「リュミオール伯。貴方はどうして順調に進んでいると仰ったのですか?」
ラヴェルはしばしの間押し黙ってから言った。
「本当に知らなかったのです。申し訳ありません」
「まだ救いようのある方でしたか。よかったです。安心しました」
アレクシスは言う。
「では、リュミオール伯に私からリネージュで起きていることについてお伝えしましょう。貴方が領主代行として送った娘――ミーティア・リュミオール。彼女が感染症問題を終息させたのです。その上、わずかな期間で領民の信頼を集め、税制と農地の改革に踏み出しているとか」
「申し訳ございません。出来損ないの娘が勝手なことを――」
「出来損ない? とんでもない。彼女はまだ十歳なのですよ。見事なものではないですか」
アレクシスは微笑んで続けた。
「私は彼女を高く評価しています。行っている税制と農地の改革にもたしかな知識の裏付けが感じられます。何より、たった一人でこの国の貴族社会に反旗を翻そうとしている。素晴らしい志ではないですか。もし今後も活躍を続けるようであれば、私は彼女を組織の中で取り立てることも検討したいと思っています。ただ、その場合は最高幹部から退いてもらう方もいるかもしれませんね。十歳の少女に能力で劣るような人は組織の最高幹部にふさわしくありませんから」
「あれは無能な役立たずの娘です。能力で劣る最高幹部は一人もいません」
「そうですか。では、楽しみに見守ることにしましょう」
アレクシスは言った。
「良い働きを期待していますよ」
屋敷を出るアレクシスを見送りながら、ラヴェルの頭の中は娘への怒りでいっぱいだった。
(娘が、親の足を引くなんてあってはならない)
握りしめた拳から血が流れる。
すべてあの出来損ないのせいだ。
無能が勝手なことをしたために、生物兵器の実験は失敗し、自分はその責任を取らされる可能性さえ出てきている。
何より、魔法適性を持たない劣等種を人間として扱おうとする危険思想。
あの娘がリュミオール家にいるという事実は、貴族社会における一族の地位に致命的な損害をもたらす可能性がある。
(これ以上噂が広がる前に叩き潰さなければ……!)
ラヴェルは自身とつながりの深い魔法国第三議会の貴族たちを呼びつけて言った。
「どんな手を使ってもいい。あの役立たずを潰せ」
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