第13話 蜜の味 後半
下駄箱で靴を履き替えている時、事件はすぐに起きた。
「アラポーン! 見つけたー!」
帰宅部であるはずの曽根崎がどこに張っていたのか、いきなり現れた。今日もまた小麦色の肌を最大限露出した服を着て俺の腕に乳を押し付けてくる。
体育祭まで大人しかったってのに、終わったらまたいつも通りになりやがった。
「だー! くっつくな!」
「嫌だよん、たしかにアラポンがトリシラ? 先輩のことが好きなのは分かってるけど、あんなこわーい先輩にアラポン任せておけないしぃ。これは淫魔同盟の決定だから、大人しくしててね!」
淫魔同盟……?
なんかまたくだらない組織みたいなものができたな。
そもそも自分たちを淫魔と認めていいのか?
「っと、今日は深山のことが優先だから、曽根崎に構ってる暇ないの。……どう、曽根崎は」
曽根崎からの拘束をスルリと抜けて深山に耳打ちする。
「……公衆の面前であそこまで露出する女の子はちょっと……」
「……だよね」
正しい。深山の言うことは超正しい。
第一俺が嫌だ。
「と、言うわけだ曽根崎、あんま変なことしてないで早く帰れよ」
俺と深山は互いに頷いてタイミングを合わせると、校門に向かって猛烈にダッシュした。
◇
「改めて……思うけど……お前、一年間よく耐えたな」
全力疾走をして息が切れた深山は、途切れ途切れに話した。
かくいう俺はもっと疲弊しているため、門構えに背を付けて下を向き呼吸を整えた。
「いや、ほんとそう思うよ」
とはいえ、この異常体質自体は生まれた時から持っていた。だが、表面化されてきたのは高校入学した時からだった。
「曽根崎も撒いたことだし、とりあえず駅前周辺をブラブラするか?」
ようやく本来の呼吸を取り戻した俺は、深山の彼女大作戦の次なる手を提案した。
この学校は駅前に建てられていて、帰りがてら遊ぶのに事欠かない。
ファミレス、ゲーセン、カラオケ、ショッピングセンター、なんでもござれだ。
俺たちは近所に住んでいるためあまり利用しないが、駅近でもあるため、休みの日は郊外からも人が来る。
駅前なら運命的な出会いがある……かも知れない。
「そうだな、とりあえずショッピングセンターの中にでも入ろう」
さすが運動神経抜群の男、すでに体力を回復しきって準備万端だ。
俺は呼吸は戻ったが、足の重さがとれない。体育祭のダメージもまだ残っていた。
もう誰にも出会わないように、尚且つ深山の運命の相手には出会えるように、祈りながら学校を後にした。
◇
駅と隣接しているショッピングセンターにやってきた。地下1階、地上8階建てのショッピングセンターは県内でも随一の建物だ。
どのフロアに行こうか迷っていたが、趣味の近い人の方が好みだという深山に合わせて、CDショップに赴くことにした。
「深山はロックが好きなんだよな」
「まあ1番の好みはそうだな。けどまあ基本なんでも聞いてるよ。Jポップからボカロまでなんでもござれだ」
本当に趣味の範囲が広いな。
これなら相手が誰でも会話に困ることもないだろう。
……マジでなにが原因でモテないんだこいつは。
「お……おおおお!」
十メートル先、麗しの美少女発見!
俺がそんな風に思う女の子などただ一人。
「白鳥せんぱぁい!」
俺は深山を引きずるようにして連れていき、白鳥先輩の前にやってきた。
今日の白鳥先輩の格好はやはり縦ニットにロングスカート。今回は緑色で統一していた。
ああ、可愛い。
白鳥先輩のいるコーナーを見ると、どうやら白鳥先輩はJポップのコーナーを見ているようだった。
「あら、新藤君、こんにちは」
「こんにちは! 先輩も音楽とか聴くんですね」
「もちろんよ。勉強の合間に聞いて脳を休めているわ」
白鳥先輩は微笑んで言った。
勉強の合間に……なんていう神々しい言葉なんだ。
俺は音楽聞いてたらノリノリで踊って一日が終わっちまうぞ。
「……と、ちょうどよかった。先輩、いい女の子いませんか?」
そこまで言って、誤解させてしまうような発言に気が付いた。
「あ、えっと、というのも、俺の友達が彼女がほしくて悩んでいるんですよ。こいつなんですけど」
おれはそう言って人質を差し出すように深山を前にした。
「深山政宗っていって、顔は悪くないし、運動神経も抜群で尚且つ優しいやつだから、できれば彼女を作らせてあげたいなあと思って…………おい、深山、お前もなんか言えって」
後ろから深山を小突く。
なんかさっきから静かだな、こいつ。
訝しんで深山を見る。
すると顔を真っ青にして固まっていた。
「ど、どうした深山!」
「きっと、緊張しいなのね。……私の美しさに耐えられなかったみたいね」
白鳥先輩は頭を軽く下げて去っていった。
追いかけたい気持ちは山々だったが、今は深山が最優先だ。
俺は深山を担ぐようにしてショッピングセンターから出た。
◇
「悪かったな、新藤」
ショッピングセンターを出てすぐのベンチで十分ほど休んだ後、深山が口を開いた。
「いや、構わないけど……お前、女性恐怖症だったっけ?」
「……実は、高校に入ったあたりから、急に女の子が怖くなってな。それも、俺が可愛いなとか好きだなとか、ある程度好意を持てる相手になると、途端に体が硬直しちまうんだ」
なんとも難儀な性格だ。
彼女が欲しいのに、本当に好きな相手になると喋られなくなるなんて。
「けど、なんで高校に入ってからいきなり……」
俺の異常体質とは違う、明らかに後天的なもの。
もしかしたらなにかトラウマが――
「いや、俺って格好いいし運動神経抜群だし優しいだろ? そんな俺が可愛い女の子との会話を失敗したりしたら、それはもう陰口を流される。それが怖くってな」
「あー……あはははははははは」
俺はゆっくりと後ずさりした。
まっっっったく同情の余地がなかった。
「まあ、頑張ってくれや、深山君」
「な! 俺は真剣に悩んでいるんだぞ!」
贅沢な悩みを持つ友人の声が、ショッピングセンター前の駐車場に響き渡った。
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