第22話 もうかゆくない


 真っ黒おじさんはおれの顔を上目づかいで見ながら、吸い続けた。



 ゴクッゴクゴクゴクゴクッ



 真っ黒おじさんはおれのイボから吸い出したものを、のどを鳴らして飲んだ。


 それを見て、おれはなぜかゲロを吐いた。



「ぐぇぷ、あらら、だいじょうぶ?」



 真っ黒おじさんはゲップをしてから聞いてきた。やさしげな笑顔だった。



「はい、だいじょうぶです」



 おれはなんとか返事をした。口の中がすっぱい。



「ごめんねぇ。急におどろいたよね?だけど、それ見たところ毒にやられてたからさ、なるべく早く吸い出さなくちゃマズいんだよ」


「あ、そうなんですね」



 なぜ飲んだのかの説明はなかった。



「速く家に帰って消毒しないとね」


「はい」



 おれは聞かずにはいられなかった。聞かない方が身のためだとわかっていた。だけど、もう無理だった。



「ヤジマ君ってどうなりました?」



 真っ黒おじさんはキョトンとした。



「え~と、ヤジマ君ってだれだろう?」


「さっき、おれといっしょにいた男です」


「ああ!あの子ね」



 と、真っ黒おじさんは笑った。



「先に帰ったよ」


「本当ですか?」


「本当だよ。もちろん君と同じようにちゃんと説明してね。そしたらわかってくれたよ」


「そうですか」



 おれはおかしいと思った。


 同じように説明する?


 ヤジマ君は真っ黒おじさんが首つりおじさんを殺したところを見てないのに?


 そんなことをしたら、真っ黒おじさんはつかまる可能性が増えてしまう。そんなことするか?



「あー、実はよけいなことを言ってしまってね。君はボクが自殺を手伝ってたことをかれに言ってなかったんだね?」


「はい」


「うん。だから、よけいなことを言ってしまったけど、ちゃんと説明したらわかってくれたよ。ほら、これが証こ」



 真っ黒おじさんはポケットからティンブラーのカードを取り出した。ヤジマ君のだ。



「ボクはいいって言ったんだけど、かれが内しょにする証こにコレを渡すって言ってきてね。気の毒なことをしたよ。だいぶ怖がっていたから、かれにとって大事なものをさし出して信用してもらおうとしたんだろうな」



 おれは自分が神様にいのったことを思い出した。助かるんなら、虫とりもう出来なくてもいいとさし出したことを。きっとヤジマ君はティンブラーのカードをさし出した時、おれと同じ気持ちだったと思う。



「かっこいいモンスターだね。クビナガリュウがモデルなのかな?人気のキャラクターなの?」


「はい」



 でも、ヤジマ君は前に『命よりもこのティンブラーのカードは大事だ。絶対にだれにもあげねえ。それがおれのティンブラーへの愛なんだ』と照れた笑顔で、本気で言っていた。


 それを真っ黒おじさんに渡すだろうか?


 分からない。命がかかれば、どんなに大事な物でも渡すのは当たり前な気がする。


 でも、もしうばわれたのだとしたら…。



「悪いんだけどこれ、かれに返しといてくれる?」


「え?」


「なんか人質みたいで悪いしね。君たちを信用したいんだ」



 真っ黒おじさん、いや林田さんは照れたように笑った。


「はい」


 おれはティンブラーのカードを受け取った。


 よく考えれば、大人がこんなカードをわざわざうばうわけがなかった。


 林田さんはたしかに変な人だし、自殺の手伝いをするという悪いことをしている。だけど、なにか信念を持ってやってるみたいだし、こちらも信用していいかなと思った。なんでもいいから信念を持ってやりとげることは大事だって、聞いたことあるし。


 手の平のイボは小さくなって、もうかゆくなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る