第一話「ゲーム実況のための作戦会議(一日目)」7/28


 いつもと変わらない優利の自室が『作戦会議室』になったのは、同じ秘密<セクシャリティ>を共有している男三人で集まって宅飲みをしていた時だった。

「マージで、イベントの資金足りん。来月走行会もあんのにヤバい。ボーナス足りんとか予想外やわー」

 優利にとって親友兼悪友兼類友兼身体の関係もある男、拓真(タクマ)がそんなことを言い出した。

 明るい茶髪に軟派な雰囲気を漂わせる見るからに軽薄そうな男だが、ルックスだけでなく気遣いレベルもホスト顔負けの域に達している為、その営業成績――ホストではなく大手メーカーでの営業成績の話だ――は非常に高い。普段の給料だけでなくボーナスもとんでもない額のはずだが、今回は色々と不運が重なっていたと優利は常々本人から聞いていた。

 ワンルームの優利の部屋はリビングにベッドも置かれていて、酒も進んだ今は、各々が思い思いの場所でくつろいでいる。静かにテレビの前のローテーブルに寄り掛かって酒を楽しんでいる一希(カズキ)のことは気にせず、溜め息をついて拓真が、ベッドに座っていた優利の膝の上に乗っかって来た。

「優利くんもカズも出るんやろ? 僕だけ中途半端なんで行きたくないしー」

 優利達三人は、幼馴染でもなければ学生時代の友人でもなく、ましてや会社での繋がりなんてものもない。拓真とは営業職という部分は一緒でも業界は全く違うし、カズに至ってはあまり大きな声では言えない仕事の経営者側だ。そんな三人がどうして知り合い、ここまで仲が良く――お互いのセクシャリティをカミングアウトできるまで親密になったのかというと、それは共通の趣味があったからだ。

 三人は毎年行われている車のイベントで知り合った車仲間だ。ジャンルフリーの何でもありなイベントのため、車の趣味の違う三人だったが奇跡的に知り合うことが出来た。好みの車種の違いはあれど、基本的には『派手好きの目立ちたがり屋』という基本が同じだったところも大きい。

 基本が同じといえば、交友関係についてもそうだった。三人が三人とも、クズもクズ。浮気、セフレなんでもありの貞操観念欠如気味。おまけにお互い、男もイケるとわかったら平気で好奇心から関係を持ったものだから、時たまこの部屋が三人での酒盛り会場になることも珍しくなかった。

「足回りやり過ぎやねん。拘りが病的」

 それまで黙って飲んでいた一希が、そう言ってくくっと笑った。営業成績の良い拓真も優利も、彼の『稼ぎ』には敵わない。彼の仕事は、“組”から任された危ない会社の経営だ。有名な音楽グループが名乗る『三代目~』なんてものじゃない、正真正銘『三代目』である彼は、その背を彩る見事な鳳凰を優利と拓真の前では隠すことすらせず、今も黒のタンクトップから逞しい上腕と色彩を覗かせている。

「二十年以上前の車乗ってるカズに、拘りが病的なんて言う資格ないしー」

「しゃーないやろ。もうない車なんやから。病的ではないやろ」

「あー、とにかく金策がなー……せや! 優利くんの弟、確かゲーム実況して稼いでるんやろ?」

 閃いたという表情を顔中に広げて、拓真がこちらを見上げる。体勢のせいで上目遣いになっているように見えたが、その後ろで一希がこちらを見てニヤっと笑ったのでわざとだということがわかった。

「あー、昌也(マサヤ)な……確かにやってるけど、小遣い稼ぎにもならんて言ってたで?」

 優利には歳の離れた弟の昌也がいる。昌也は完全にゲイで、現在付き合っている同性の恋人と共に、所謂カップルチャンネルのような形でゲーム実況の動画を投稿して金を稼いでいるのだった。

 この前会った時も「小遣い稼ぎにしかならんし、新しく仕事始めたせいで車弄る時間ないねんけどー」とぼやいていた。

「視聴者ウケ? のために顔出しもして撮ってるけど、なかなか……って言ってたなー」

「……それや!!」

 目の前で拓真が、突然手を叩き合わせた。それがまるで猫だましのようになってしまい、優利は反射的に手が出そうになったがなんとか我慢する。

「あー? 動画でもあげるんかー?」

 口元に薄っすら笑みを浮かべて、一希が拓真に問い掛ける。あれはそれなりに興味がある時の顔だ。

 普段から表情のあまり変わらない威圧感の塊のような一希だが、自分の知らない面白そうなものには割と食いつきが良い。年上ばかりの“社内”と同じく、最近のデジタルコンテンツに疎い自分が嫌だとも、この前愚痴っていたか。

「僕ら三人でさ、ゲーム実況すんねん! んで、僕ら三人はラブラブって設定で、めっちゃイチャイチャしながらカップル動画みたいにしたらけっこう再生数稼げるんちゃうかなーって。どうやろ?」

「どうって……」

 言いたいことは優利にも理解できた。最近流行りのゲーム実況は優利もたまに好きなジャンルのゲームなら観ているし、カップルチャンネルも観たことはないがだいたい想像できる。そういう『設定』で演じるのも、BLというジャンルがあるくらいだ、女性視聴者の人気が取れそうにも思える。

「イチャイチャしながらって、顔とかは出せんやろ。確かに俺ら三人共男もイケるけど、全面的にカミングアウトはしてへんわけやし」

 この中で一番顔バレしたら本業に支障の出る一希が、当然の問題点を指摘する。盛大に遊び倒している拓真はともかく、一希も優利も男を相手にしているのは限定的だった。むしろ実益も兼ねてカモフラージュの為に女とも頻繁に寝ているくらいだ。

「映像としてはゲーム画面だけにして、声は僕らの生声で。普段やってる狩りゲーをマルチでやってさ、たまに甘ーいやり取りとかしながらモンスター討伐するねん。けっこう『仲良しグループがワイワイマルチしてる空気感』が好きって層、いるみたいやし。上手くファン……まあ、女性が中心になるやろけど、ファンが増えたら後はコンテンツとして強いと思うんやけど」

 この日のアルコール摂取量は概ね平均的、三人で瓶ビール二本を開け後は各々好物を流し込んでいるだけ。つまり拓真<言い出しっぺ>は酔っぱらっていない。ほとんどザルな一希も同様。ちなみに優利は酒がとてつもなく苦手なので、初っ端の瓶ビールを一杯貰って、そこでアルコールはストップしている。

 酒に溺れていない限り、凄腕の営業マンである拓真のマーケティング能力は信頼できる。まだぼんやりとしか浮かんでいない計画だが、ここからの組み上げ方次第では、確かに上手くいきそうな気がしないでもない。

「ラブラブて、具体的にはどうすんねん? 俺ら、ヤってはいるけど普段の会話、多分女共が求めるような会話ちゃうやろ? 適当に下ネタぶち込んで笑うん、女ウケ悪いやろ?」

 酒に伸びていた手を止めた一希が、勝手に一服し始めながら言った。こうなった一希はしっかりと頭を動かしてくれるので期待できる。そもそも自分の興味のない話題にはとことんクールな男なのだ。優利と拓真が二人でどれだけ盛り上がろうが、ふっと笑って眺めているだけ、ということもよくある。

 一希に釣られるように優利もタバコを取り出しながら、煙に反応して動き出した空気清浄機の光をなんとなく眺める。拓真が立ち上がって換気扇のスイッチを押しに行った。本当に気が利く。三人分の煙を吸い切るには、この部屋の換気扇では役不足だろうが。

「狙う層としてはBL好きの女性と、俺らみたいな男性、か? 顔出しせんならアイドル路線みたいにしていくんは無理やしなー」

 少し自意識過剰な言い方だったかと優利は自分でも思いながらそう口にしたが、後の二人からの否定や謙遜はなかった。

 自分で言うのもなんだが、優利は強面とは言われるがそれなりに顔は整っている方だと自覚している。これまで女に困ったことはないし、仕事先でもよく誘われている。仕事の関係で髪の色こそ黒に戻しているが、ツーブロックだけは譲らない。仕事帰りのジムで鍛えた身体にも、それなりに自信がある。

 拓真なんてまさに『食い散らかす』という形容が最も合う男なだけあり、見た目も言動もホスト顔負け。男も女も彼の周りには際限なく寄って来るが、それらを全て上手く捌くものだからこいつが凄腕の営業マンと言われるのも納得だ。髪型は強めのパーマが効いた軟派なもので、いつも違うスタイルを楽しんでいる。かなり細身な身体をしていて、日に焼けた肌に妙な色気があるところが優利のお気に入りポイントだ。

 一希も整った顔をしているが、彼の場合それよりも『迫力』というものが先にくるようで、アウトローな空気を好む女性にはとことん好かれるようだ。男の優利でも惹かれる程の男気は、確かに組を背負う貫禄というものを感じさせた。三人の中で一番背が高く、おまけに体格も良いせいで、オールバックの黒髪がとても似合う。多分一番、『イイ男』でもあるだろう。

 そんな『女に困らない三人組』の自分達だ。チャンネルやSNSに顔なんて見せてしまえば、それだけで軽く再生数なんて稼げそうなものだが、それは本業の兼ね合いでNGである。

「顔出し……大部分スタンプとかで隠して出すー? 顔の部分にチャンネルで名乗る名前スタンプなりしてさ。んで、髪も……それこそゲームで使うキャラの髪色に合わせて染めるなりして撮ったら、変装も兼ねれるし身バレせんくない?」

「あー、それええな。べつに俺はそのまま染めてもうてもええ仕事やけど、お前らサラリーマンやからな。ワンデイでええんちゃうか? で、どうラブラブすんねん?」

「なー、さっきも思ったんやけど、カズが真顔で『ラブラブ』とか言うん寒気する――」

「――拓真ぁ、金足りんなら俺んとこの金融屋紹介してもええんやぞ?」

 くくくっと意味合いの違う笑みを浮かべる一希に、「勘弁してえや」と拓真が平謝りする。そんないつものじゃれ合いを眺めていた優利の頭に、唐突に案が浮かんだ。

「あくまである程度のファンがついてからの話にはなるけど、アンケートなりリクエストなりで『設定』募って、それを俺らが演じたらどうやろ?」

「設定って、『カップリング』ってこと? リクエストした人の『推しカプ』で理想の関係性を演じる、みたいな?」

 サブカルなどのオタク文化にも詳しい拓真が、ははーんと優利の案に理解を示す反応を返したが、目の前で一希は「なんや? そのカップリングとか、推しカプって」と呻いている。

「カップリングは好きなタチとネコのカップルの組み合わせのこと。例えば俺と拓真の絡みを妄想してる人にとっての推し……まぁ、応援してる、とか好きとかそういう大きな意味合いで使う言葉やな。その『推してるカップル』を略して推しカプって最近言うらしい」

「はーん、つまり視聴者の妄想に俺らが付き合ったる訳や? 裏側では倫理観無視してヤりまくってる俺らが」

 一希はそう言って最後はガハハと大笑いした。どうやらツボに入ったらしい。妄想される相手が優利と拓真だからか、許してもらえるようだ。

 現実では確かに身体の関係がある自分達だが、それが勝手に第三者の頭の中で妄想されるなんて、あまり良い感情は持てないだろうに。

「キモない? 大丈夫? 言い出しっぺは僕やけど、カズが嫌やったらええんやで?」

「顔出すわけでもないし、ええぞ? お前らと絡むんは、ゲームでもベッドでもおもろいし。俺バリタチやから、ネコやれ言われたらきついけどなー」

「カズのネコって結局主導権握られそうやもんなー」

 ギャハハと三人でひとしきり笑い合い、次は機材の話に話題は移る。

「パソコンはあるしコードとマイクと……新しい操作キャラ作らなあかんな」

 今は起動すらしていないパソコンを指差した優利の意図を、一希も早々に察したようだ。

「あー、確かある程度今のキャラから引き継ぐ機能あったよな? さすがにキャラ名、チャンネル用にしときたいしな」

「狩り中に本名言ってもたら終わりやもんなー。今すぐは生放送なんてせんやろけど、いつかはするかもやしー」

「なら新しいキャラ名は本名口走っても問題ないような名前で、尚且つ身バレせんような名前か……無理ゲーちゃう?」

 さくっと考えただけでも『ユウ』『タク』『カズ』などと浮かぶが、どれも本名にすぐたどり着く名前だ。声は生声なので、観る人が観ればわかる可能性も高い。

「名前は……とりあえず明日にしよか。そろそろ寝とかんと明日機材買いに行けんぞ」

 壁に掛かった時計の時刻は既に深夜三時。なんだったらもう『明日』の領域だ。三人共明日は休みを取っているので、このまま昼過ぎまでグダグダして、それから電気屋に向かうことになるだろう。

 各々伸びと共に呻き声を上げながら、短くなったタバコを揉み消すのだった。

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