頁参__疑惑
翌日の昼下がり。今度は白咲さんの方が、僕に話を聞きたいと言いました。
昨晩の事で、僕は白咲さんをすっかり人生の師のように感じていたので、もちろん喜んで了承しました。
そして茶の用意をした後、僕は白咲さんと話し始めました。
「……その、昨晩は見苦しい姿を見せてしまい、本当にすみませんでした」
「別に構わないわ。私はただ道を示しただけ。そこからどうするかは、貴方が決める事だもの。……そんな事より、昨日の話に出てきた『判道さん』という方について、詳しく聞かせて頂戴。この村で唯一の錬金術師だという人が一体どんな人物なのか、つい気になってしまって」
「そうですね……。語弊を恐れずに言うなら、少し変わり者と言いますか……」
「錬金術師は基本的に変わり者しかいないわよ。他には何かないの?」
「えっ!? えっと……ああ、判道さんは『西洋かぶれ』と言いますか、西洋の物を特に好んでいるようです」
大正時代は西洋との交流も盛んになってきた頃合いですが、判道さんのそれは少々常軌を逸しているように見えました。
村外れの大きな洋館に一人で住んでいたのが、まず一つ。
当時は珍しかった自動車──もちろん西洋のものです──を所持していましたし、大時計も西洋のものを参考にした煉瓦造りです。
服装も洋装でしたし、とにかく周囲の全てを西洋の物で固めており、逆に和風……要するに日本由来の物はほとんどありませんでした。
「あと、定期的に車で町へ向かっては、研究に必要な物を買い揃えているそうです」
「研究に必要な物、ね。……研究内容を聞いた事は?」
「ありません。錬金術師はそういった事を、外部にはおろか、身内にすら漏らしてはいけないと仰っていたので……」
「確かにそうね。……なら、何か大きな音を聞いたりはしなかった? 爆発音とか、金切り声とか、何かの鳴き声とか」
「いいえ、特に何も……。あの、白咲さんは何を気にして……?」
どことなく尋問のようだと感じた僕はそう聞きましたが、「別に。ただの確認よ」とはぐらかされてしまいました。
「……町って、東の道を真っ直ぐ進んだ先の方よね? 私、あの道を通ってこの村に来たのだけれど」
「はい、その通りです。大体……月に一回か二回ほどでしょうか。大体は翌日の昼頃に帰ってくるんですけど、たまに数日かかる事もあります。今回がそうですね。まだ車の音が聞こえないので。……でも、最近は行く回数が多くなっているような──」
「そう」
「あ、そうそう、町と言えば……白咲さんは無事で良かったですね」
外によそ見していた白咲さんが、世間話にと振ったその話題に対し、興味ありげに振り向きました。
「え? ……ああ、『少女神隠し事件』の事?」
「それです、それ。もう何人も行方不明になっていると、村でも噂になってますよ」
当時、いわゆる『怪事件』はいくつかありましたが、辺鄙な村にまで伝わるものは早々ありません。
今回は事件の特異性と、近くの町の出来事だから伝わったのでしょう。
ですが、村ではあくまでも他人事と言うか、「町に行かなければ大丈夫だろう」という空気感でした。
「正確には、判明しているだけでも被害者は十五人。年は平均して十六歳で、最年少は十二歳。関連していそうな事件は五年前から発生していて、全員の行方どころか、遺体さえ見つかっていないとか──」
「……随分と、お詳しいんですね」
「一人旅だもの。物騒な事件は嫌でも耳に入るし、巻き込まれないためにも警戒するのは当然よ」
「ああ、なるほど。……被害者達は、一体どこに消えてしまったんでしょうか……」
「さあね」と相槌を打った後、白咲さんは小さく何かを呟きました。
その様子が気になって「何か言いましたか?」と尋ねたのですが、白咲さんには「ただの独り言よ」と流されてしまいました。
「話を聞かせてくれてありがとう、春成君。私はしばらく貸してもらった部屋に籠るから、何かあったら呼んで頂戴」
「はい、分かりました……」
去り行く白咲さんの後ろ姿を目で追ううちに、僕は妙な胸騒ぎに襲われている事に気付きました。
原因は、断片的に聞こえた彼女の独り言です。
うろ覚えですが、僕の記憶が正しければ、あの時の彼女はこう言っていたのです。
「死体の一つでも見つかれば良い方ね」──と。
彼女の言葉が最悪の形で結実してしまったのは、この会話から二日後の事でした。
──────
次の日。未だじめじめとした曇り空の村に、エンジン音が響き渡りました。
判道さんが帰ってきた合図です。
音を聞きながら朝餉終わりのお茶を飲んでいた白咲さんは、それが判道さんの車の音である事を知ると、少し考える素振りを見せました。
「春成君。貴方に差し支えがなければ、の話だけれど。──その人に会わせてもらえないかしら」
唐突な要望でしたが、先日の事と合わせて「錬金術師同士で何か通じるものがあるのかもしれない」と考えた僕は、二つ返事で引き受けました。
彼女に例のトラウマを払拭してもらった事で、自信に満ちていたのでしょうね。
早速二人で洋館に赴き、「ごめんください」と大きな玄関扉を叩くと、判道さんはすぐに出迎えてくださいました。
判道さんの容姿ですか? 確か……そうそう、彼は僕より薄い茶髪で、当時の男性としては珍しい事に後ろ髪を伸ばし、一つまとめにして縛っていました。
目は明るい青緑色で……、そうです、両方の錬金術の才能がある方ですね。
外見年齢はおよそ三十代の半ばほどで、とても端正な顔立ちをしており、その日は黒のスーツを着ていました。
判道さんはまず僕に挨拶したあと、白咲さんに誰何しました。
「初めまして。私は白咲立華と申します。旅をしている錬金術師で、この村には旅の途中で立ち寄りました。側にいる彼から貴方の事を聞き、同じ錬金術師として貴方と有意義な話し合いをしたいと思い──」
「はっはっはっはっは!!」
予想以上に丁寧な自己紹介をする白咲さんの言葉を遮るように、判道さんが大笑いしました。まるで道化を見たかのような、馬鹿にする笑い方です。
「いやはや、冗談も大概にしたまえ。君のような幼子が錬金術師だと? やれやれ、家出ならあと数年は後にしなさい。お転婆はご両親を困らせるだけだぞ? それに、近頃は物騒──」
「これを見ても同じ事が言えまして?」
今度は、怒気を孕んだ白咲さんの声が彼の言葉を遮りました。
同時に証拠として免許証も突き出しています。
判道さんは最初訝しげに突き出された免許証を見分していましたが、しばらくして本物であると確信したのか、一転して深々と頭を下げて謝罪しました。
白咲さんもその謝罪で一旦矛を収めたようですが、怒りは冷めていなかったのか、ただならぬプレッシャーを放っていました。
おかげで、隣で一部始終を見ていた僕の方が冷や汗をかいてしまったほどです。
そんな散々な初対面のあと、案内された応接間で雑談をしました。
本題に入る前の、軽い腹の探り合いのようなものですね。
と言っても、僕はほとんど蚊帳の外で、主に話していたのは白咲さんと判道さんの二人です。
出された紅茶の味から近くの町の様子、村での活動に話が進んだ辺りで、判道さんの方から本題を切り出しました。
「──ところで。他所の錬金術師が、私に何の御用で?」
「……他所の錬金術師だからこそ、貴方の奉仕活動に興味が湧いたんです。聞けば、あの時計台も貴方が作ったそうですね。とても素晴らしいと思います」
「いやはや、滅相もない。まあ、この村は置き時計のある家が一つもない未開の地でありましたから、これでは不便だろうと錬成したまでです。それに、他者への奉仕は錬金術師として当然の善行ですからね」
「ええ。けれども近頃は嘆かわしい事に、率先して奉仕活動を行う錬金術師は段々と減っているそうで。それ故に、貴方の奉仕精神にいたく感銘を受けたのですが……。実は三日前、かの時計台が止まっている所に偶然通りがかりまして。勝手ながら修理させていただきました」
「なんと、それはお手数をおかけしました。……ああ。もしや、此度ここに来たのはその件について?」
態度を若干軟化させた判道さんに白咲さんは頷きながら、しかし無表情のまま淡々と言いました。
「はい。貴方の錬成した時計台はとても精密で、傍から見ても造りが良い物でした。だからこそ、どうしても気になってしまったんです。──また随分と古い
「……何だと?」
彼女が最後の言葉を告げた瞬間、判道さんの眉が吊り上がりました。
組んでいた腕の指先が忙しなく動き、若干貧乏ゆすりもしていたはずです。
どう見ても逆鱗に触れられて苛立っている彼に対し、白咲さんはお構いなしに──むしろ、先程『幼子』と馬鹿にされた仕返しとばかりに畳みかけます。
「確か……。あれは半世紀ほど前に、
「どのような?」
「その昔、『判道』という傲慢な錬金術師がいたが、己の身も弁えず暴走した挙句、弟子の一人もできずに即座に廃れてしまった……と。だから、貴方の名を聞いた時は驚きました。まだそんな時代遅れの
話を聞いた判道さんは目に見えて怒っていましたが、それでも冷静さを崩すまいとしていたのか、作り笑いを浮かべながら言いました。
「……ええ。多生、縁がありましてね。そう言う貴女こそ、とても珍しい
「私の場合は、師匠かつ養父でもある人物が白咲であっただけですよ。そう、ただの偶然ですとも。……ところで。話は変わりますが、貴方はあの時計台の
唐突な質問に、判道さんは多少面を食らいつつも答えました。
「何って……普通にチョークですが。それ以外に何か?」
判道さんの答えに、白咲さんは出来の悪い生徒に言い聞かせるように言いました。
「これはとても常識的な事ですが、時計など少し掠れただけで動作に不具合が生じてしまうような精密な機械の場合、金属製の板に直接掘るか、もしくは定着度を高めるために己の血液とチョークの粉を混ぜた混合液を用いるべきですよね?」
「なっ……」
「だからこそ、あの時計台の壁に刻まれた
とどめだと言わんばかりに、白咲さんはその一言を判道さんに叩き付けました。
「貴方の師匠は、そんな事も教えてくださらなかったんですか?」
当時の僕はほとんど素人当然だったので、二人の会話は全く理解できていなかったのですが、それでも最後の一言が決定的な侮辱である事は伝わりました。
その証拠に判道さんは激昂して立ち上がると、「二度と私の前に現れるな!!」と僕達を追い出してしまいました。
帰り道、流石にあれは言いすぎではないかと僕は苦言を呈したのですが、白咲さんは悪びれもせずに「私、思った事はすぐさま口にしてしまう性分なの」と言い放ち、それきり黙り込んでしまいました。
僕はあんなに激怒している判道さんを見たのは初めてだったので、一体どうやって謝ろうか、白咲さんと何とか和解してもらえないだろうかと、そんな事ばかり考えていました。
……それが、二度と叶わぬ事だとも知らずに。
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