第2話 私ってチョロすぎない??
翌朝はやはり簡素なおはようメール。夜に電話が掛かって来るかなぁと思っていたら何もなくて、寝る頃に『おやすみなさい』だけ。
(なによ、夜まで簡素! どうせホストみたいな家庭教師とか飲み会なんかで遊んで――)
そう思い掛けて自分はアホだなと感じる。守くんがどういう生活を送ろうと、私に関係無いったら無いのだ。
守くんの簡素メールはしばらく続いた。私も同じように返すだけ。ちょっと物足りないなと思うのは気の迷いに違いない。
でも金曜日の夜は通話だった。明日がデートだから、時間なんかの打ち合わせと、どこに行きたいかの希望などを聞かれる。私は「そうだなぁ」と考え、映画館を所望した。なるべくB級っぽいのがあればいいのだけれど。そして、守くんの方は水族館に行きたいらしい。と、いう事は、海なし県からは遠出の部類。しかし、先に映画館へ行くようだ。映画を見終わったら昼だろうし、移動が大変面倒くさそうだった。でも会話は少し弾み、最後に守くんは私の住所を聞いてくる。そういえば守くんがこのアパートに来た事は無かった。私は住所と目印を教え、通話を切ってからハタと気づく。
(何で私ん家に来るんだろう? とりあえず映画館で集合とかすればいいんじゃないの?)
私は不思議に思いつつも、明日のデートに備えて寝てしまった。
翌朝は快晴。まぁ行き先は映画館と水族館なので、あまり天候は関係ないのだが気分が良い。時間にはだいぶ早いので、ベランダに出て欠伸していたら、アパート前に守くんが立っていた。隣にはミニバンと呼ばれる白い車。
「おーい、守くん! もう来たの!?」
「おはようございます! ……ちょっと楽しみにし過ぎました」
「急いで支度してくるから待ってて!」
私は手早くシャワーを浴び、夏用の格好をする。Tシャツにジーンズ。ただそれだけだ。私がかんかんとアパートの外階段を下りると、Tシャツにジーンズという私にも負けぬ、ハーフパンツな守くんが待っていた。ただしイケメンのため、それでも画になる。
「三田さん、まだ髪が濡れてますよ」
守くんは自然な感じで私の髪に触れた。なのでしばらく気づかなかったが、髪を触るってどうなんだ。文句を言おうとしたら、話題を車の事にされる。
「父の車ですけど乗ってください、もちろん助手席に」
「守くんの運転かぁ……初めてだな」
というか、タクシーとバス以外で車に乗ったのは、教習所が最後だった。なのでちょっと緊張していたら、守くんが見透かすように言う。
「三田さんと違い乗り慣れてるので、さぁどうぞ」
「ペーパーで悪かったね!! 普段、公共交通機関で事足りるんだからいいでしょ!」
守くんが助手席のドアを開けたので、腰を屈めて乗り込んだ。守くんも運転席に乗り、車は静かに発進する。
「三田さん、朝食済んでます?」
「いや、まだだよ」
「じゃあ朝はファストフードにしますか」
「いいねぇ、じゃあ私ソーセージエッグマフィンのセット! ハッシュポテトにホットコーヒー!」
「猫舌だからアイスコーヒーにした方がいいのでは?」
「ホットを冷ますのがいいの!」
「そんなもんですかね?」
そう言った守くんが、近場のファストフード店のドライブスルーに入っていく。私では切り返すような角度だが、するっと曲がっていった。店では守くんも私と同じものを頼み、しばらく経てば熱々の朝セットを入手できた。守くんは袋ごと私に手渡す。
「後ろが混んでるんで、もう出ますね」
「うん」
守くんの進路が映画館に向かっている事は、私にも解っていた。しかも信号が繋がって、なかなか停車しない。なので、ちょっとした協力をば。
「守くん、確かコーヒーにミルクと砂糖入れてたよね?」
「今はブラックしか飲みません」
「おお……味覚も変わったか」
私が感心していた所で信号が赤になる。なのでマフィンとハッシュポテトを渡そうとしたら拒否された。
「両手が忙しいので食べさせてくださいよ」
「オートマだし十分ひとりで食べられるでしょ!」
「いえ、なんか忙しくて。ああ、忙しいけど食べたいなあー」
「しょうがないな!」
私はマフィンの包装紙を少し剥き、守くんに差し出そうとした。でも守くんは身を乗り出し、私の手元まで近づいて一口。守くんの前髪が私のおでこに触れるほど距離が近い。しかも守くんは端正な顔立ちだから、私はどきりとしていた。
(何よ、どきりって!!)
私の気持ちには気づいていないだろう守くんが、しばらく口をもぐもぐさせる。
「すごく美味しいです」
「あ、ああ、そりゃ良かったね……!」
慌てていた私は守くんに無理やりマフィンを手渡し、自分の食事に取り掛かった。守くんはちょっと不満そうに、最初の一口が美味しかったなどと、オヤジがビールを飲んだ時みたいな事を言っている。でもまぁ仕方が無いだろう、私の心臓に悪いのだから。
そうして車は映画館へ。入るには立体駐車場へ停める訳だが、これもすいすい難なくこなす。ファミリー向けのミニバン、決して小さくは無いのだが。切り回しし直さないのには驚いた。
「運転、まぁまぁの腕前だね」
「そうですか?」
褒めてやってるのに涼しい顔、というか『これくらい当然ですけど』というのが見えて腹が立つ。こちとら伊達にペーパーをやっている訳ではないのだ。しかし、これを言うと恥ずかしいので黙っておいた。
映画館へは駐車場から直接行ける。私と守くんはなんとなく無言で入り、上映中の映画一覧を見た。私としてはB級っぽいのを選びたいところだ。
そこで目に入ったのがホラー映画。おどろおどろしいポスターからして臭ってくる。
「守くん、この映画にしよう」
「僕はこっちのアクションっぽい方が……」
「いいの! これ!」
私はチケット購入を守くんに任せ、ポップコーンと飲み物を買いに行く。ポップコーンは塩味とキャラメルで迷い、結局匂いに負けてキャラメルにした。朝食のデザートとしても悪くない。飲み物は定番のコーラでいいだろうか。
全て購入し終わった後、守くんと合流する。守くんがカップル席を取っていたので恥ずかしい。しかしギャーギャー騒いでも無駄だし、奥の席へ静かに座る。
さて、その映画だが。思ったよりもA級だった。じっくりしたサイコホラーなのに、驚かせる所では容赦ない。私は小さくだが「ギャッ」と声を上げてしまった。
「大丈夫ですか? 手が冷えて汗ばんでますよ」
「平気……!」
「温めますね」
ここまで来て、いつの間にか手を握られている事に気がついた。でも守くんが両手で私の右手を温めてくるので、何となく「やめて」と言い逃したし、ぽかぽかしたせいでホラー映画が怖くなくなってしまった。
そうして、うっかり手を繋いだまま外へ。大学生とアラサーがお手々をにぎにぎ。恥をかいていたと判明したのは車に乗り込む時。
「うわっ! びっくりした! 守くん、手を勝手に繋がないで! ホストでも買ってるのかと誤解される!」
「自然に握って貰って嬉しいです」
守くんは蕩けるような笑顔を見せた。一方、私の方は年甲斐もなくドキドキしている。
(こんな顔をする人だったっけか、守くんは?)
シートベルトをしながら、私はぐるぐると考えてしまった。そこに守くんから声が掛かる。
「水族館までは二時間くらいです」
これは丁度いい。ちょっとその時間を利用させて貰おうじゃないか。
「私、寝てもいい? 甘いモン食べたせいか眠いのなんの」
「光栄ですね、不安な相手の運転だったら寝ないと思いますので」
私は心の中で「ヒエッ」と声を上げる。気障だが堂に入ってる為すごい破壊力だ。
ひたすら寝たふりを続けながら思うのは、バイトを始めた時の守くんの事だ。愛想笑いが出来なくて、一緒に練習したっけ。それが今やどうだ。あんな眼差しで私を見るのだ。そのギャップが嬉しく感じる。って。
(ちょっと連絡先交換して、メールと電話して、朝ご飯食べて映画観ただけでこうなってんの?? 私ってチョロすぎない??)
ちらっと守くんの様子を窺うと、走行時は真面目に運転していた。でも信号待ちや渋滞になると私を優し気に見つめてくる、ついでに私の手を取って、自分の太ももの上に置いていた。私は寝たふりをしているので、為す術も無い。
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