ブラック企業勤めの俺、上司を殴っていたらいつの間にかモテモテになっていた
イシガミ
日常
「おい、佐藤。この仕事もやっとけよ」
ドンッと、鈍い音と共に俺の机の上に書類が置かれた。デスクの上には既に山積みの書類があるというのに、お構い無しに書類が隣に重ねられる。その書類の量は俺が1日でやっている仕事と同じくらい。
「じゃあ、佐藤。よろしくねえ、でぃふゅ、でぃふぅ」
俺はキーボードに置いていた手を一旦離して、上司の顔を窺う。そこには、一人の中年のおっさんが、胸糞悪い笑顔を浮かべて立っていた。黒縁の眼鏡をかけた、バーコードの髪型。ニヤニヤと気味の悪い笑い声にあった笑顔だ。
上山 智。
俺の配属している部署の課長。そして俺が最も嫌いな上司。
このにやけ顔といい、女性社員の前で見せる伸ばした鼻の下といい、責任感のなさといい、あげたらキリがないほどに中途半端なクズ上司。
こいつの仕事の半分以上は俺がこなしているといっても過言では無い。
いつもの仕事だけでも、定時ぎりぎりに終わると言うのに。倍に増やされてたまったものじゃない。
「まだ私にはこの書類が残っているんですが……」
「は?仕事を終わらしてないお前が悪いんだろ」
理不尽すぎる。
まだ12時。出勤してから3時間で1日の量が終わる訳がない。それにこの書類の量……上山はほとんど仕事をしていないはず。
「あとお前外回りも残ってるからな。ちゃんと終わらしてから帰れよ?」
そこには反撃の余地もない。
「は、はぁ。分かりました」
俺は口をすぼめて、ため息混じりに渋々了承することしかできない。了承するというよりは、呆れて諦めたというほうが合っているかもしれないが、請け負うしかない。
したっぱの俺には承諾する以外の選択肢は残されていない。
歯向えばどうなるかなど、大体予想はつく。ムカつくが、仕方ない。そう仕方ない……。
だが、上山の仕事を全て請け負うのは正直イカれてる。
「で、でもこの仕事の量は……」
「は?俺に逆らうわけ?」
「いえ逆らっている訳では……」
「じゃあやってくれるよね?さとうくぅん」
「もう少し減らしてもらうことは……」
「口答えするなッ!!」
俺の言葉を遮って、上山は大きな声を上げる。その声がオフィスに響き渡り、シンッと一瞬静まりかえる。
数人の社員がチラチラこっち見ているが、俺と目が合うや否や「あっ」というな顔をして仕事に戻っていく。
これが俺の会社での惨状。見て見ぬふりをされてそれで終わり。
「いいから口を動かすより手を動かせよ」
「は、はぁ」
上山はそう言うと、また気色悪い笑みを浮かべる。
また、俺の意見は、まるで何事もなかったかのように上山によってかき消された。いい様にこき使われるだけ。上山からすれば従順な犬程度にしか思っていないのだろう。言えば仕事をしてくれる、俺に断る選択肢がないと知っていて。
反吐が出る。
「じゃあ佐藤くぅん、よろしくねえ」
「……分かりました」
俺の返事を聞くと、うんうんと、頷きながら自分のデスクに戻って行った。俺はその憎たらしい背中を横目で流して仕事に取りかかる。
「はぁ」
ため息がでる。
俺は佐藤優也。見ての通りブラック企業のしたっぱだ。定時で終われば奇跡。終電で帰られればまあいいほう。そんな惨状。
この会社に入って早2年。内定がこの会社からしか貰えなかったため渋々入社し、入って2年でこのザマだ。
笑えてくる。
1年目はまだマシだった。言わゆるビギナーズラックというやつだ。いや1年目は、藤永という上司の下に付いているだけ、マシだったのかもしれない。2年目からこの上山の下についてからというものパワハラは徐々にヒートアップしていった。
1年目が可愛く思えてくる。
まんまと罠に嵌はめられた。
些細な事を理由に俺の仕事は増やされ、課長には自分がやったと、手柄にして上山は俺の書類を提出。上山の地位だけあがって、俺は上山の膨大な仕事をこなすせいで自分の仕事もままならない。
未だ、仕事できずの佐藤と、小馬鹿にされる始末だ。この週6出勤+残業のせいでろくに休みもない。こないだだって俺の有給休暇申請は無惨なまでに、きっぱりと断られた。
「はあ」
無意識にまた、ため息がでる。
「佐藤。大丈夫?」
上山が去ったと思ったら、また名前を呼ばれた。それも男性じゃなく、聞きなれた女性の声だった。声の方に目をやると、見慣れた顔の女性社員が眉を狭めて立っていた。
同期の村山琴葉だ。
大学からの知り合いで、ばったりのこの会社で再開した。大学ではあまり接点はないが、大学が一緒というので会社に入ってすぐ仲良くなった。
「いつものことだ。心配ない」
俺がそう言うと、村山はさらに心配そうな表情を濃くした。大学からの顔見知りからか、上山に理不尽なことをされると村山はいつも俺のデスクまで足を運んでくる。
毎度毎度申し訳ない。
俺はデスク越しに感じる上山の鋭い視線を感じながら、言葉を続ける。村山は上山のお気に入り。密接に話しているとろくなことが起きない。
「俺と話してると上山に言われるぞ。早く戻ったほうがいい」
「そうだよね。ごめん」
村山は少し俯きながら、弱めの声を吐いた。わざわざ心配して来てくれたのに、悪いことをしてしまった。しかし、これで村山が嫌がらせをされては本末転倒だ。
「いや……ありがとう村山」
村山は、コクコクと首を縦に振ると、上山の視線を気にしながら自分のデスクへと帰って行った。俺はその後ろ姿に感謝の視線を送って、見届けて仕事に戻る。
「もうこんな時間か」
仕事を終え、時計を見たら11時を回っていた。
仕事している最中は集中して感じなかったが、終わって気持ちが緩んだら、どっと疲れが体に染みていくのを感じた。じんわりとした肩の痛みと目の疲労が俺の仕事量を物語っている。
どれもこれも上山のせいだ。
なんだって俺はあんなとんでもないやつの下に配属されたのか。思えば、思うほど、そのイライラは増していく。考えるのをやめよう。
「はあ、社畜だな」
また、自然とため息が零れる。
今日は終電までに終わらせた自分を労おう。
一旦背伸びをし終え、ワードで作った文書を上書き保存して、パソコンの電源を落とす。もう一度体を背伸びで伸ばして、丸まった体を伸ばしながら、周囲を見渡した。
「……そりゃ誰もいないよな」
会社の電気消して、帰るか。
「んー!」
立ち上がろうとした瞬間に奥の方から声が聞こえ、体が不意に跳ねる。時間も時間で俺の他に誰も残っていないと、油断していた。
お化けではないよな。
席から恐る恐る立ち上がって声のした方を見ると背伸びしている腕が見える。
「たしかあの席って」
他の席に誰も座って無いことを確認して、少し大きめの声を上げる。
「村山か?」
俺が声を上げると、向こう側の席でガタンッとした音が聞こえた。
村山も誰もいないと油断していたのだろう。
「さ、佐藤?」
「ああ」
「びっくりさせないでよ!」
「別に驚かせるつもりじゃ」
「とりあえずこっちきて」
ゆっくりと腰を上げた村山は、俺を手招きしていた。
村山のデスクにつくと、エクセルでまとめられた紙が5枚程広がっていた。
丁寧に作られたのが分かる完成度の高さだった。
「ジロジロ見ないで」
「変な言い方するな」
そう言うと、村山は肩を振るわせてケタケタと笑った。村山の笑う姿を見るのは久しぶりな気がした。
いつもは上山が邪魔してくるので長話もおろか、距離が近いだけで尻を叩かれる始末。そのため自然と距離を置くことが多くなってしまった。毎日顔を合わせているから、連絡取ることもほとんど無いし、こうやって2人になるのはいつぶりだろうか。
「なんでこの時間までいるの?」
率直な疑問。
そういえば村山に残業していることを言ってなかった……というか別に言うほどのことではないし、これ以上心配をかけたくなかった。
この会社無駄に女子の扱いには丁寧だから、女性社員は大抵定時か、その前後には退社することが普通。
だからどちらかと言えば村山が残っている方が不思議でならない。
「仕事残ってたからなあ」
「もしかして……」
その続きはなんとなく予想できた。
「まあな」
「あのエロメガネバーコード、佐藤の扱い酷いよねッ!!」
「ぷはは」
笑いが堪えられずに吹いてしまった。
「なんで笑うのよッ!!」
「いや」
まさかあの村山の口からエロメガネバーコードなんて言葉が出るなんて思ってもいなかった。それも真剣な顔で。
少し落ち着いて自分のペースに戻って口を開く。
「あの村山が真顔で『エロメガネバーコード』なんてパワーワード使うからさ」
「別にいいじゃんかあ」
村山はそう言うとすこしムスッとした表情を浮かべた。
なんともその表情は愛くるしかった。
今日の仕事で疲れた体が少し癒されていく、そんな気がした。
「ていうか佐藤って笑うんだね」
「急になんだよ」
「笑ってるとこ最近見てなかったから」
「俺そんな無愛想キャラ定着してたのか?」
「まあ、かなり」
心外で少し驚いた。笑う回数はたしかに減った。原因は……まあ、言わずともそれだ。仕事量が仕事量だから人と話すことは少ない。
上司と話す時は極力笑顔を振りまくように努力しているつもりだ……もちろん村山にも。まさか無愛想キャラが定着しているとは、
「なんだあ、心配してくれたのか?」
「まあね」
「おいおい、ちゃんと言われると申し訳なくなるじゃねーかあ」
「お互い様よ
……ねぇ」
「ん?」
「今から飲み行かない?」
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