第18話 もうすぐ(ダーチャ侯爵)

「なんだってこんな雨が降り続くんだ……」


寝ようと思って私室に入っても、雨漏りだらけで寝る場所がない。

寝台もソファも雨漏りでびしょびしょになっている。

それでも文句を言うしかないのは、

この屋敷の中でまともに寝れる場所が無いとわかっているからだ。


弟のエミール家族を屋敷に置いているせいで、余分な部屋は無くなっている。

使用人たちの部屋も同じように雨漏りしているのだから、逃げ場がない。

修理を頼もうと思っても、雨が晴れない限り職人たちも引き受けてくれない。

さすがにこの暴風雨の中で屋根の修理などさせたら飛ばされる。

あきらめるしかない。


……いつになったら雨が止むんだ。

もう十日以上降り続いている。

天気に文句を言っても仕方ないとわかっているが言いたくもなる。


侯爵の私ですら我慢しているというのに、あの女たちは……。

つい先ほども使用人を捕まえて何とかするように怒鳴っていた。

怒鳴ったところで使用人もどうすることもできない。

必死で謝っているというのに、下げた頭に水をかけていた。


ただでさえアンヘラとブランカは使用人から嫌われているのに、

そんなことを続けたら誰も世話をするものがいなくなる。

安い給料しか払えないこの屋敷では、使用人の忠誠心などない。

嫌になればすぐに辞めてしまう上に、次の使用人を見つけるのは困難だ。



エミールに愛人を用意したのは、エミールの弱みを握るためだった。

いくら弟でも公爵になればエミールのほうが身分が上になってしまう。

その時に私の言うことを何でも聞くようにしたかった。


エミールはアーンフェ公爵令嬢の婚約者だったから、女に免疫がない。

令嬢たちは公爵家の力を恐れ、

公爵令嬢の婚約者であるエミールに近づくことはなかった。

そのせいでエミールは婚約者以外の女性に関わったことがなかった。

閨教育ですら同性が教科書を使って教えたというのだから。


前公爵は一人娘の婚約者に他の女を寄せないようにしていた。

大事な一人娘を傷つけないように、エミールに浮気させないようにしていた。

だからこそ、エミールは簡単にアンヘラの誘惑に落ちた。


アンヘラは子爵家の長女だったが、次女が先に伯爵家の嫡男に見初められて婚約した。

妹に先を越され、しかも自分よりも爵位が上になることがわかりアンヘラは焦った。

妹よりも爵位が上の婚約者を探そうと躍起になり、

侯爵家以上の令息を誘惑しようとしては逃げられていた。


高位貴族が自分から声をかけてくるような子爵令嬢を妻にするわけがない。

当然、アンヘラは行き遅れた。

そこに私が話を持って行ったのだ。公爵夫人になりたくはないか?と。


だが、本当にこの女で良かったのか疑問だ。

前に私が用意した屋敷に住まわせていた時は本当に苦労した。

ただでさえ愛人の屋敷など働きたくない者が多いのに、

アンヘラとブランカは少しでも気に入らないと使用人を鞭で打って追い出した。

私が用意した屋敷だから、追い出す権限などないというのに、だ。


あまりにも使用人の扱いが悪いから、最後は身寄りのないものを雇っていた。

最悪、死んだとしても訴える家族がいなければなんとかなる。

そんな風に対応しておかなければならないほど、あの二人の横暴さはひどかった。


その上、あんな風に公爵家に存在を知らせる予定はなかった。

愛人と娘の存在はここぞという時にエミールを脅すための材料だった。

公爵家に知られてしまったら意味がない。


うまく隠せているはずだったのに、

アンヘラがブランカを連れて公爵家に押しかけてしまった。

自分が新しい妻になるから出て行ってくれと。

公爵家の一人娘であるディアーヌ様にそう言ったらしい。


なんて愚かなことを……そのせいでうまくいくものもいかなくなってしまった。

気がついたらそれから十五年も……。

アンヘラが馬鹿なことをしなければ、公爵家はとっくに私のものになっていたのに。


あと二十日。それだけ我慢すればエミールが公爵になる。

そうなったら王宮から派遣されている文官を追い出させて、私の部下を送り込もう。

長年の不作で借金ばかりが増えていったが、それも公爵家の金があれば返せる。


妻は私の野望にはつきあいきれないと実家に帰ってしまったが、

うまくいけば戻ってくるだろう。


雨が止めば……もっと晴れ晴れとした気持ちになるだろうに。

もうすぐすべてを手に入れられるというのに、

雨のせいで重苦しいまま、すっきりすることはなかった。


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