第4話 これから

「話はわかったわ…ここに来るまで一週間あったってことは、

 魔術で考えられる範囲は調べ終わったってことよね?」


「あぁ、俺が考えつくことは全部試してみたが無理だった。

 これは魔術じゃないとなれば、呪いの可能性が高い。

 だからエルヴィラなら俺が見えるかもしれないと思ったんだ」


四大公爵家はそれぞれ、魔術、精霊術、知識、武術を司る。

ここアーンフェ公爵家は精霊術。

直系の者は精霊王の愛し子と呼ばれ、精霊と言葉を交わすことができる。

そこにいるだけで精霊王の加護の影響で、国は栄え安定する。

しようと思えば天候や災害をコントロールし、呪いも浄化することができる。


現在、この公爵家の直系はエルヴィラただ一人だった。

精霊王の愛し子は真実を見抜く精霊眼の持ち主でもある。

アロルドが消えてしまったのが呪いだとしたら、

エルヴィラなら見えるかもしれないと思うのも当然ではある。


「それにしても、急に部屋に入ってくることないじゃない…。

 ここは普段誰も来ないのよ?さすがに驚いたわ」


ここ公爵家の離れには私が一人で住んでいる。

カミラと数人のメイドはいるが、普段は使用人棟にいる。

用事がない限りここには近づかない。

そもそも精霊の許可がなければこの離れに近づくことすらできなのだが、

アロルドは幼馴染ゆえに精霊に覚えられていた。



「悪かったよ。だけど、この離れに来る使用人は限られているだろう?

 誰もいない時にエルヴィラに会ったほうが相談しやすいと思ったんだよ。

 学園だと周りに誰かいて話しかけにくいし、

 俺と話してもエルヴィラが一人で話しているように見えるだろうし。

 …そりゃ婚約者がいるのに見つかったらまずいのはわかっている。

 でもさぁ、婚約者があの状態ならいいんじゃないか?」


「それでもよ。何かあったら全部あなたのせいにされちゃうじゃない。

 もう…誰にも見えないのなら問題ないのかもしれないけど。

 精霊王のところに相談に行くつもりで来たのでしょう?」


「ああ。夜にならないとまずいか?」


「そうね…夜のほうが話を聞いてくれると思うし、

 今から私が会いに行ったら、カミラたちは何か起こったと心配するじゃない。

 夜になるまで待ってくれる?」


「わかった。…じゃあ、夜まで少し休ませてくれないか?

 うちは騎士団がずっと俺の部屋の中を捜索していて…。

 うるさくて昨日の夜は眠れなかったんだ」


「え?そこで寝る気なの?」


「昔はよくここで寝てただろう…誰も見ていないんだし…」


ソファに転がったと思ったら言葉が不明瞭になる。

よっぽど疲れていたのか、置いてあったクッションを枕に寝始めてしまった。

サラサラの銀髪が頬に少しかかっている。

幼いころのように長く伸ばすのはやめて、目にかかるくらいに切られた前髪。

それでも、寝顔は昔とあまり変わらないように見えた。


仕様がない…少し休ませましょう。


気持ちよさそうに眠る幼馴染を前に、中断していた刺繍を始める。

ゆっくりと流れる静かな時間が、まるで昔の頃のように感じていた。




夜が深まるにつれ、外からざわめきが聞こえる。

精霊たちの力が強まり、庭で遊び始めたのがわかる。


「アロルド、起きて」


「ん?」


「そろそろ時間だわ。精霊王に会いに行きましょう」


「あぁ、そうだった。悪い、久しぶりにちゃんと寝たから」


まだ眠そうなアロルドに冷たいレモン水をコップに注いで渡す。

それを飲み干すと、大きく息を吐いた。


「精霊王に会うのも久しぶりだな……」


「そうね。もう何年前かしら」


以前、幼馴染としてお互いの家を行き来していた時は、

アロルドがこの離れに泊まるのもめずらしくなかった。

一緒に精霊王に会いに行き、精霊たちと何度も遊んだ。

最後に会いに行ったのは……多分、八年前。

私がベッティル様と無理やり婚約させられる少し前のことだった。


「行きましょうか」


「ああ」


離れから出ると、暗闇に浮かぶ無数の光。

精霊の幼生たちがふわふわと光のまま浮かんでいる。

今日はいつもよりも光が多い。何か喜んでいるような?


庭の奥に入ると、少しだけ時間が先送りされたように感じる。

あっという間に精霊界へと連れて行かれ、精霊王の住む湖の前に立っていた。


「エルヴィラです。リーンネア様、聞きたいことがあります」


「……ん?エルヴィラどうした?あぁ、アロルドもいるのか。久しいな。

 結婚の報告か?それとも子が産まれたのか?」


「「……」」


そういえばアロルドを最後に連れてきた時、もうすぐ婚約できると報告していた。

私は公爵家の一人娘だし、アロルドも一人息子だった。

四大公爵家の当主同士で結婚することはできず、あきらめていたのだが、

アロルドに弟アントンが産まれたことで、アロルドを婿にもらう形で婚約することになった。


それがうれしくて、婚約が認められる前に報告してしまったのだ。

まさか、王家が横やりしてくるとは思わなかった。

私が知らない間にお父様が勝手に承諾してしまい、

ベッティル様との婚約が成立してしまった。


婚約者ができてしまった以上、

幼馴染とはいえアロルドと一緒にいることはできない。

それ以降はアロルドを連れてくることもなく、

私は年に何度かある精霊を祀る日だけここに来ていた。

だから精霊王が誤解したままなのは、私のせいだ。


「ん?なんだ。アロルド。お前、消えかけているぞ?」


「え?」



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