追放聖女の万物創世記~荒れ地に楽園を創りましょう!~
宮前葵
第一話
追放されました。
王都ところか国外にまで。国境まで護送されて、国境の外に放り出されるという念の入れようです。王国の東の国境の外は荒地というか砂漠というか。そういう地域でございました。そこに私は身一つで追い出されたのです。先日まで聖女だなんだとチヤホヤしていたくせに見事な手の平返しではありませんか。
追放の理由? 私は「偽聖女」なのだそうです。そうであれば十分に追放の理由になろうというもの。納得です。私が本当に偽聖女なのであれば。
私は孤児でして物心付いた時には親はいませんでした。孤児院で孤児仲間と孤児院を管理する先生と暮らしていましたね。孤児院はなかなか賑やかなところでしたから別に寂しくはありませんでしたよ。
で、七歳の時にご加護の儀式というものを受けました。これは人間がどの神様のご加護を受けているかを調べる儀式でして、これによって適性を計られて、将来進む道が決められるという重要なものです。
農業の神のご加護を受ければ農民に、鍛治の神のご加護を受ければ鍛冶屋に、といった具合ですね。もちろん、身分や家柄によってご加護を知ってもその職業に就けない場合もありますけどね。貴族の方が大工の神のご加護があるからって大工にはなれません。
このご加護の儀式で、まれに職業に関わる神ではない神様のご加護が判明する場合があります。例えば方角の神様ですとか、木々の神様ですとか、火山の神様とかですね。
そういう神様は上位神と呼ばれその加護を授かる事は名誉とされます。なのでそういう加護を授かった人が平民だった場合、貴族が先を争って養子にと望むそうです。ただ、高位神のご加護を受けるのは魔力がそもそも多い貴族の方に多いそうで、あまり平民にはいないそうですけどね。
で、高位神の更に上に四大神がいらっしゃいます。土、水、火、風の神様で、この世界を形作る大元の神々です。
こちらの四大神のご加護を授かる者は滅多におりません。それゆえ、この大神のご加護を授かった者をつまり「聖人」と呼びます。女性なら聖女になるわけです。
私はご加護の儀式においてこの四大神の内、水の神からご加護を授かっている事が判明したのです。大騒動になりましたよ。聖女の誕生はなんと五十年ぶりだったそうですから。
高位の神のご加護を受けた者が重要視されるのは、実利もあるからです。職業の神様の加護は職業の適性が高まるくらいの意味合いですが、例えば木々の神のご加護を受けた方は木々の育成、木々を使用した道具の作成、その他木に関わる全ての事に優れた能力を発揮出来ます。つまり高位神の加護は下位神のご加護を包括して授かるようなものなのです。
これが四大神の加護を授かる聖人だと、例えば火の神のご加護を受ける者なら、火に関わる全ての事。つまり鍛冶、炊事、戦争など少しでも火に関わる事に優れるようのなります。魔力によって火を操れるので、普通では扱えない高温も発揮出来ますし、太陽の光を操れるので気候さえある程度操れるようになります。
その価値は計り知れませんよね。私は聖女となった瞬間、いきなり王族に列せられました。それくらい聖女には価値があるのです。豪華なお屋敷に何人もの使用人に豪華な衣装に豪華な食事。昨日まで孤児院暮らしだった私にはその価値すらも分からないくらいの激変ぶりでした。
私は水の聖女として王国のために働く事になりました。そりゃ、働かなきゃいけません。そのために与えられた王族の身分ですから。
水の聖女に出来る事は水に関わる事。一番期待されるのはやはり農業に関わる事でしょう。治水を助けたり、日照りの地に雨を降らせたり。時には井戸を掘る場所を見つけるとか、汚れた水を浄化するなどもしましたよ。
そうやって私はこの七年、聖女として王国中を回って忙しく働いていたわけです。その挙句の偽物呼ばわり。一体どういう事なんでしょうか。
なんでも怒り狂った王太子殿下が断罪するには、私が水の聖女として出向いた土地で行った事に疑義があったという事でした。なんでも、私は水の聖女ですから水に関わる奇跡しか起こせない筈なのに、木々や作物を早く育てたり、寒い夏を暑くしたり、荒地を黒土に変えたなどの事例が確認された、との事でした。
出来ない筈の事をした、つまりインチキだという訳です。
確かにその、私が水の聖女の範疇外の事をしでかしたのは事実でした。それにしても私に一言の弁解もさせる事なく、いきなり国外追放処分というのはどうなのでしょう。元々、王太子殿下と私の仲は悪くて、聖女として名声を高める私を殿下が危険視していたという事情がありました。それで私の疑わしい行動を口実にして、一気に追放処分に踏み切ったのでしょう。
◇◇◇
四日ほど馬車に乗せられ、国境の外に身一つで放り出された私に、同行してくれた兵士たちは大変同情してくれました。でも彼らにもどうにもなるものでもありません。当座の食料をくれるのが精一杯でした。私はお礼を言って、とりあえず荒野を歩き出しました。
何というか酷い土地でした。乾燥して地面には草一本生えていません。こういう土地は昼間は暑くて夜は寒いのです。しばらく歩いても人っこ一人歩いていません。というか、家も農地も、なんなら道もありません。それはそうでしょうね。私も王族になった時に教育で習いましたけど、東の荒地は何にも使えない土地なので、どこの国も領土としていないのです。王国の東の国境が人の住める限界だと学びました。
国境を越えたのは早朝。だんだん気温が上がってきました。暑いです。私は火の神にお願いして気温を下げてもらい、水の神にお願いして水筒に飲み水を増やしてもらいました。
しばらく歩いたのですけど、本当に地平線の彼方まで何もありません。でも国境からはかなり遠ざかりました。ここまで来れば王国の国境からは見えないでしょう。
私は水の神と土の神と風の神にお願いして、自分のいる周囲の土地を過ごし易い環境にしてもらいました。そして持ってきた種子を蒔き神々全てにお願いして一気に成長させます。
適当に選んで持ってきた種子なのでもの凄く雑多な草木が生えてしまいました。中には結構な大木があってそれもどんどん大きくなっていきます。季節を早回ししてバリバリ成長させたものだから、荒地の真ん中にジャングルが出来てしまいましたよ。
私は一本の大木を風の力で切り倒し、更に風の剣でスパスパと切り取って材木にして行きます。火の力で乾燥させ、土の力で地盤を固めます。
私は大神のご加護で身体も強化出来ますので、材木を積み木のようにしてあっという間に組み立てて、当座を凌げる小屋を建ててしまいました。ベッドやテーブルも作り、土を固めて火で焼いて、お風呂やおトイレも作りましたよ。ちなみに汚物は水の力で綺麗にするから問題ありません。
ジャングルの中には食べられる木の実もありましたし、麦もあったのでまぁ、食べるには困らないでしょう。ここまでやって私は安心し、とりあえず疲れたので小屋に入ってベッドに横になって寝てしまいました。ベッドのマットは草を火の力で乾燥させた真新しい藁束です。
◇◇◇
そうなんです。実は私は水の聖女では無いのです。
四大神の全てのご加護を授かる聖女なのです。
というより、実は四大神の上位の神様として大女神がいらっしゃるのですけど、私の加護神は大女神様なのです。
大女神様は最高神です。歴史上まだ最高神の加護を受けた聖人はいません。なので、そんな人間いるわけがないということで、ご加護を調べる儀式では調べられる事が無かったのです。というか大神である水の女神の加護が分かった時点で大騒ぎになってしまって、他の大神の加護は調べられもしませんでしたしね。
私は当然その事は、神々に色々力をお借りしている内に理解して知っていたのですけど、内緒にしていたのです。あまりにも非常識な話でしたし、それにバレたら面倒な事になると思ったからです。
ただでさえ水の聖女として王国を駆け回って働かされていたのですもの。他の大神のお力をお借り出来る事がバレたらより一層こき使われる事になるでしょう。過労死しかねません。
それに水の聖女というだけで王太子殿下に危険視されていたのです。大女神の聖女だなんてバレたらより大変な事になるでしょう。暗殺されかねませんよ。
ということで私は水の女神のお力しか使えない事になっていたのですけど、聖女として向かった先で困窮している町や村に行くと、水の力だけでは解決出来ない場面もある訳です。それでこっそり他の大神のお力もお借りして解決した事があるのです。それがバレて王太子殿下の耳に入った訳ですね。
迂闊な事でしたけど、まさかそのせいで偽物扱いを受けようとは。だって、私がその街や村を聖女の力を使って救ったのは間違い無い訳ですよ。それがインチキによるものだというのなら、一体どういうインチキで救ったのだというのでしょうね?
しかしまぁ、私としてはもう良いわ、というところでした。王族になったからと言って良いことなど一つもありませんでしたから。
贅沢が出来ると言ったって、私はそんなに美食もドレスも宝石も好きではありませんし、しかも贅沢の対価が陰険な教師による厳しい貴族教育と、冷たい目で揚げ足を取る侍女や侍従に囲まれて暮らす事なのですから全然割に合いません。
それに王国各地を飛び回って聖女のお仕事をするので一年の半分くらいしか王宮にはいませんでしたし。旅先では贅沢なんて出来ません。まぁ、孤児の時よりはずっとマシでしたけどね。
で、王宮に戻れば褒められる訳でもなく、王太子殿下辺りは「王都での勤めもせず気楽なものだ」とか言うんですよ。なら自分で行ってやってみたら良いでしょう? と言いたくなりましたよ。
もう良いのです。何もかも忘れてこの荒地でのんびり暮らすとします。大女神様のお力があれば、私が暮らす程度ならこの地を過ごし易くするなど容易い事です。私は大女神様の加護で病気もしませんからね。老いて死ぬまでスローライフを楽しみましょう。
◇◇◇
と私は初日ほどでは無いですが、それから何日も掛けて色々やって住居環境の整備を行いました。ジャングルそのままでは暮らし難いので、林と農地に分け、小屋の横には大きな池を掘りました。水は地下から湧き出させます。
小屋は拡張し、大きなテラスも造り、快適さを追求しました。亜麻が生えていましたから、それから布を作って服やシーツ、カーテンなどを造りました。
私は池に飛んで来た鳥にお願いして魚を獲って来てもらいました。大女神様の加護があると動物と話す事も出来るのです。魚を池で繁殖させ、これで魚肉が食べられるようになりました。肉は元々好まないのでこれで十分です。
農地では麦を季節を早回しして何回か収穫し、倉庫に溜め込みます。これだけあれば後は自然に任せる収穫で事足りるでしょう。絶対に豊作になるに決まっているのですし。木の実が欲しければ森でそこだけ季節を進めて収穫すれば良いのです。
そんな感じで半月もあれば自給自足の体制は整い、何不自由のない生活が送れるようになりました。孤児院レベルでは贅沢過ぎるほどです。強いて言えば嗜好品の類。砂糖ですとか胡椒ですとかそういうものが足りませんし、本ですとか楽器ですとか娯楽がありませんが、まぁ、それは追々考えましょう。
と、そんな事を思っていたある日来客がありました。こんな所に人が来るなんてびっくりです。農作業に精を出していたら、突然その人は馬に乗ってやってきたのでした。
「こんな所にいたのですか! レイミ様! ……って何事ですかこれは!」
私の作ったオアシスに呆然としているこの方は、王国の第六王子のサージャル様です。
サージャル様は国王陛下の末の息子で、王太子殿下を始め、王族の誰もが聖女とはいえ平民の孤児の私が王族入りする事を嫌ったにも関わらず、彼一人だけは歓迎して下さったのでした。おかげで仲良しになり、王族の方の中では最もよくお話をした相手です。
「レイミ様! 帰りましょう! 如何に王太子とはいえ王も認めた聖女を追放する権限などありません! 戻って王に訴えましょう!」
国王陛下は最近あんまり外宮にはおいでにならず、政治は全て王太子殿下が取り仕切っていると聞いています。だから私が王太子権限で追放されちゃったんですけど。確かに国王陛下に訴えれば覆る可能性はあるかもしれませんね。でも。
「もう良いのです」
私は言った。
「もう色々うんざりなんです。私は帰りません。ここで暮らします。サージャル様には感謝を」
「そんな! 聖女である貴女を失ったら王国は!」
「それこそ知ったこっちゃありませんよ。文句は王太子殿下にどうぞ」
私は冷たく言い放ちました。サージャル様が悪い訳じゃ無いんですけど。次代の国王たる王太子殿下が決めた事なんですもの。王族全員が、王国全体が責任を取るべきよね。
とりつく島もない私の態度に俯いてしまったサージャル様ですけど、やがてグッと顔を上げると言いました。
「分かりました。それならば私も帰りません! ここで暮らさせてください!」
えー! と私は驚いたのだけど、サージャル様は跪き、私の手をギュッと握って仰いました。
「聖女のいない王国に未来などありますまい。そして、私はレイミ様がいなくなってから、もう心配で不安で……。それで気が付いたのです。私が貴女を愛している事に……」
……とても私とサージャル様は恋人であったとは言えない関係でしたけど、かたや孤児出身の聖女。かたや王族としては末端に近い第六王子。王族でありながら冷遇された者同士、シンパシーを覚えていたのも確かです。実は婚約の噂もありました。余計者同士をくっつけてしまえ的な意味で。
なのでお互いちょっと意識し合っていたと思っていたのですが、彼の方はもう少しはっきりした想いを持ってくれていたようです。
二人きりで暮らしましょうという申し出を愛の言葉と共に訴えたのですから、これは事実上の求婚でしょう。私は実は人の考えも読めますから、嘘や隠し事は通じません。ですからこの時サージャル様がどれほどの覚悟で求婚してくれたかが分かりました。
一人では少し物足りないと思っていた事ですし、サージャル様は容姿も性格も素敵な方です。パートナーとして不足はありません。私は頷きました。
「分かりました。サージャル様。一緒にここで暮らしましょう」
「ほ、本当ですか!」
サージャル様は大喜びで両手で私の手を握り、何度も大きく上下しながら破顔しました。
早速私はお家を拡張してサージャル様のお部屋を造りました。……まだ恥ずかしいのでお部屋はきっちり分けましたよ。
サージャル様の乗ってきた馬用の厩も建て、改めて新生活のスタートです。
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