第6話 目覚めと激バズ
「フレイヤ様、お目覚めの時間です」
浅い眠りに就いていたフレイヤは、三回のノックとリタの声で意識が浮上する。
「ほら、朝ですよ。最近寒くなってきたからと、お布団にくるまりっぱなしはいけませんよ」
「んぅ……」
軽く揺すられて目を開けてのそりと起き上がり、寝ぼけ眼で起こしに来たリタを見る。
「おはようございます、リタ……」
「はい、おはようございます。本日の朝食はポーチドサーモンとトマトのミントサラダをご用意いたしました。付け合わせはバタートーストとスコーンの二つがございますが、どちらになさいますか?」
「……スコーンでお願いします」
「かしこまりました」
今にもまたベッドに倒れ込みそうなのをこらえながら、リタが紅茶を淹れてくれるのを待つ。
ふわりと紅茶のいい香りが部屋の中に漂う。
「どうぞ。お熱いのでお気をつけて」
「いつもありがとうございます。今日はアッサムとケニアのブレンドなのですね」
「あら、お気付きでしたか。フレイヤ様も、香りだけで紅茶の種類を当てられるようになってまいりましたね」
「毎朝あなたが淹れる紅茶を予想するのが楽しみなんです」
紅茶を受け取って、すっと一口飲む。
確かにまだ熱いが、最近冷え込んでいるのでこの熱さはちょうどいい。
「それとフレイヤ様、おめでとうございます」
「……? 別に、今日は私の誕生日でも記念日でもありませんが」
熱い紅茶を飲んで少し目が覚めてきたフレイヤは、いきなりおめでとうと言ってきたリタに不思議そうな目を向ける。
誕生日は十二月でまだ二か月ほど先だし、何か特別な記念日というわけでもない。リタがロスヴァイセ家、というかフレイヤと出会ってメイドになったのだって年初めの頃だ。
一体その言葉の真意はなんなのだろうと思いながらティーカップに口を付けて一口口に含むと、たおやかな指でスマホを操作したリタが、画面を向けてくる。
何を見せるのだろうとそれを見ると、危うく紅茶を吹き出しそうになる。
そこにはなんと、昨日フレイヤが撒き餌を使おうとしていた男性をシールドバッシュで一撃ノックアウトしてから説教をし、その後にやってきたモンスターの大軍を一撃で消し炭にした動画が映されていた。
あの時は慌てていたため日本語ではなく母国語でかなり早口でまくし立てていたが、しっかりと字幕が付いている。
「え!? な、なんですかこれ!?」
「昨日、フレイヤ様が気絶させた男性は一等探索者の御影ジンという人物で、フレイヤ様同様下層をソロで潜って上域のボスを一人で倒すことができるだけの実力者です。また、たびたび犯罪すれすれの迷惑行為を繰り返しており、この時も国が明確に使用を禁止している撒き餌を使って呼び寄せたモンスターを一人で全て倒す配信を決行しようとしていたようです。もっとも、フレイヤ様の乱入によってその企画は粉微塵に打ち砕かれたわけですが」
「再生数七百万って、なんです!? 何があったんですか!?」
ベッドの近くにある台に紅茶を置いて、リタのスマホをひったくるように掴んで凝視する。何度確認しても、再生数は七百万だ。それどころかまだ再生され続けているのか、更新するたびに再生数が伸びている。
「この御影ジンという迷惑系配信者のチャンネル登録者数はおよそ五十万人で、最上位の迷惑行為を行おうとした昨日の配信で一万六千人ほどの視聴者が集まっていました。フレイヤ様の配信もカメラだけが切れていたようで、付いたままの音声だけの配信と御影様の配信が一致したこともあってフェイクでも何でもないことが確定し、一等の中でもかなりの上位にいる彼を一撃で倒した挙句モンスターパレードも一撃で葬り去ったのが余程衝撃的だったのか、瞬く間に拡散されて行きました。そして配信が付きっぱなしだったためにアカウントは即特定され、その結果がこれです」
言いながらフレイヤの手からスマホを取り上げて、さっと操作してまた見せてくる。
配信開始の告知用や適当な呟き用のツウィーターのアカウントのフォロワー数が、五十人から百七十三万人とあり得ない伸び方をしている。
もう意味が分からないと硬直していると、更にリタがスマホを操作して再び画面を見せてくる。今度こそ頭がパンクしそうだった。
配信活動を始めたばかりで、チャンネル登録者数がいつも配信に来てくれる十人くらいしかいなかったのが、八十万人まで跳ね上がっていた。
頭の中が真っ白になり、ただ口をぱくぱくと開閉することしかできない。
「驚くのはまだ早いですよ。御影様の特上の迷惑行為を止め切ることはできませんでしたが、その後のモンスターパレードを瞬殺したため、被害が一切出なかったために賞賛の嵐です。あと、あの翼型移動デバイスのアルタイルとフレイヤ様のセットが余程美しく映ったのでしょうね。ツウィーターのトレンド一位に『女神フレイヤ』が君臨しております」
「なぜ女神!?」
「フレイヤ様は美人ですし、あの翼もよく見れば機械的ですがぱっと見は純白の翼ですし、神々しさを感じたのでしょう。ともあれ、チャンネル登録者八十万人突破、おめでとうございます」
「こつこつやって伸ばしていくものだとばかり思っていましたから、実感が……」
「こういうのを所謂『バズった』というのでしょうね。ここまでとんでもないことになるとは思いませんでしたが」
色んな理由で眠気が消し飛んだフレイヤは、充電されている自分のスマホを手に取って、自分のものでチャンネルを確認する。
やはりリタのスマホで見たのと同じように、チャンネル登録者数が八十万を超えている。先ほどよりも一万ほど増えているあたり、まだまだ伸びていくのだろう。
過去の配信アーカイブや切り抜き動画の方も、一晩ですさまじい伸びを見せており、まさかと思って収益化ラインを確認しに行くと全てに緑のチェックマークが付いている。
まだ始めて一週間なのにと冷や汗を流しながら、しかし申請してそれが通れば、日々頑張って働いてくれている両親に恩返しすることができるし、前からリタと二人で考えている計画も大幅に前倒しできるようになるかもしれない。
「それよりもフレイヤ様」
「なんですか?」
計画の前倒しはできるかもしれないが、それにしたっていきなり伸びすぎて夢なのではなかろうかと考えていると、リタが話しかけてくる。
「淹れたお紅茶が冷めてしまいますので、早く飲んでしまってください」
「あぁ、ごめんなさい。もう色々と追い付かなくて……」
リタは何よりも、淹れた紅茶や料理を残されるのを嫌がる。
体調不良やどうしたってわけがあって食べ切れない場合は仕方なく許してくれるが、特に理由もなく残してしまえば笑顔のまま鬼が降臨する。
彼女がそこまで食べ残しや飲み残しを嫌うのには、フレイヤと出会う前の過去が関係しているため、それを知っていると彼女の怒りももっともなのだ。
少しだけ熱さがなくなった紅茶を飲み干し、空になったカップをリタに渡し、部屋から出て行ったのを確認してから着替えの下着と制服を持って風呂場に行き、さっとシャワーを浴びてから着替えて荷物を持って一階に降りる。
ダイニングに着くとすでに朝食がテーブルに並べられており、焼き立てのスコーンのいい香りが朝の空腹のお腹を刺激する。
鞄をリビングのソファの上に置き、食卓に着く。
「今日はきっと、学校中の生徒からの注目の的でしょうね」
いつの間に制服に着替えたリタが二人分のティーカップとブレックファストティーを持ってきて、それを淹れながら言う。
「そう考えるだけでもう頭が痛いです……」
「元々フレイヤ様は学校で人気者ですからね。今回の件でそれに拍車がかかっただけと思えばよろしいかと」
「探索者をやっていることは公言していますからね。あなたの言う通りにそう受け取ることにします。……あぁ、紅茶のいい香りで癒されます」
少しだけ遠い目をして、出された紅茶の香りを楽しむ。
身内の同情でチャンネル登録や再生数を伸ばしたくないからと、リタ以外誰も知らなかったことが、たった一週間で思わぬ形で露呈することになった。しかもあの服装と移動デバイスの翼を加えて。
今から気分が沈みそうになるが、リタの絶品朝食を食べ始めるとなんだかどうでもよくなってきたので、その時のことはその時考えようと思考放棄する。
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