第2話 迷惑系配信者ボコ&怪物狂宴一掃

 男性と思しき人物は比較的広い広場のような場所に立っており、何かに向かって右手を伸ばしながら話している。


「他探索者への迷惑を考えろ? ハッ! 俺様を何だと思っているわけ? 二十歳で一等探索者になって、下層上域ボスをソロで倒した輝かしい実績がある御影みかげジン様だぜ? んなもん、寄ってきたモンスターどもが他探索者のところに行く前にワンパンしまくって片付けるっつーの。この俺様でも怪物狂宴モンスターパレードくらい一人で倒せるんだってことを証明してやる。そんじゃ、早速これを割って呼び寄せていくぜ!」


 そこには男性一人しかいないが、恐らく彼も配信者か何かなのだろう。何か視聴者を楽しませる企画でもやっているのだろうが、あのせせら笑うような、人を馬鹿にするような話し方はどうも癪に障る。

 いい気分で戻っていたのに、嫌なものを見たなと少し気分が沈みそうになりながら踵を返して出口の方に向かおうとするが、壁から突き出ている魔光石という大気中の大魔マナを吸うことで光る鉱石に、彼の右手に持っているものが照らされて動きを止める。


 彼が右手に持っているのは、握ればすっぽり覆われてしまうほどの大きさの丸薬のようなもの。

 それがただの丸薬ならよかったが、特徴的な青紫色のそれは、ダンジョンの中で使用が明確に禁止するようにと探索者ギルドが発行しているルールブックに記載されている、モンスターを大量に呼び寄せる撒き餌だ。


 ただ呼び寄せるだけならよかったのだが、あの撒き餌はダンジョン産の特殊な薬草などを調合することで作るのだが、その薬草にモンスターを興奮させ狂暴化させる効果がある。

 そんなものを煮詰めて効果を上げた状態にしたうえで撒き餌にするので、普通にその薬草を使う時よりもモンスターが狂暴化する。

 その際に発生するのが、怪物狂宴というダンジョン内で発生する怪物災害だ。


 最も有名なのがスタンピードという、何かしらが原因で興奮する、あるいは何かに恐怖して逃げ出したモンスターを別のモンスターが追いかけ、それを見た他のモンスターもまた追いかけてと規模が大きくなっていくモンスターの大移動だが、モンスターパレードもそれに負けず劣らずの災害だ。

 しかもそれはどこかに向かって走っていくのではなく、複数のモンスターが一か所に揃って一斉に襲ってくるため、下手すればスタンピードよりも厄介だ。


 そんなモンスターパレードを人為的に引き起こすことができる丸薬を、あの男性は割ると言っていた。

 フレイヤはそれが今にも割られようとしているのだと理解した瞬間、


「なにを、やっているのですかあなたはああああああああ!」

「はっ? ごはあああああああああああああああああああああああああ!?」


 腰に反重力機能の付いた浮遊用の翼型デバイス、背中には大量の羽を重ねて作り一枚一枚にスラスター機能を付けた高速移動用翼型デバイス、そして左手に大魔を取り込んで生成するエネルギーシールドを展開して、超高速で突進しながらシールドバッシュを叩き込んでいた。


 ドグシャアッ! と、おおよそ人の体からなるようなものではない音を鳴らして吹っ飛んだ男性は、その勢いのまま壁に叩きつけられて力なく白目を剥いて地面に倒れる。

 フレイヤは背中の翼のスラスターを全力で吹かして近寄り、逆噴射して急停止してランスを地面に突き刺し、翼をそのままに倒れた男性の胸倉を掴み上げる。


「あなた、一体何をやろうとしているのか理解しているのですか!? モンスターを呼び寄せる撒き餌はギルドが禁止するようにとルールブックに明記してあるでしょう!? まさか、あんなに重要なものを読んでいないのですか!?」

「…………」


 がくがくと揺さぶりながら説教するが、当然意識を失っているため返答はない。

 しかし少し気が動転しているフレイヤはそれに気付かずに、無視を決め込むなとより激しくシェイクする。

 そもそも少し気が動転していることもあって思い切り英語で言っているので、恐らく仮に意識があったとしても何を言っているのか理解されなかっただろう。


「ちょっと! 人の話を聞いているのですか!? どうしてあなたは下層なんかでこんな危険なものを───」


 叫ぶように説教している途中で、何かが大勢一気に近付いてくる気配を感じる。

 それがモンスターの集団だということを察知したフレイヤは、どうしてだと思うが、すぐにその答えを見つける。

 白目を剥いて気絶している男性の右手。その中に握られている撒き餌が、割れている。

 確かに割られる前にシールドバッシュをしたはずだがどうしてだと首を傾げるが、それが自分の叩き込んだ一撃で割れたのだと理解する。


 ───ぐるるるるる……


 四方八方からモンスターの低い唸り声が聞こえてくる。頭の左側に着けている髪飾り型の索敵デバイスで数を確認すると、七十以上も集まっている。

 撒き餌の臭いはかなり強烈で、すぐ近くにいるフレイヤはその臭いに嫌悪感を示す。


「邪魔をしないでください。まだこの方に、説教をしている最中なのです」


 砕けた撒き餌を拾い上げて広場中央に向かって投げながら言う。

 呼び寄せられた臭いが強くなったからか、より興奮したように声を上げるモンスター達。

 人の言葉を理解できるとは思っていないので、フレイヤは地面に刺したままのランスを抜き、それをしまってからフレイヤ以上の大きさの紅色の大剣を取り出して肩に担ぐように構える。


「邪魔をするなら、こっちから消します!」


 担いだ大剣型の魔導兵装を起動させ、大量の大魔を取り込んで組み込んである機構が猛烈な唸りを上げる。

 剣身の根元から赤い炎が吹き荒れて、思い切り振り抜く。

 それだけでフレイヤの前方の広場全てを埋め尽くすほどの炎が放出されて、炎の津波となってモンスターに襲い掛かる。


 一瞬で手を出してはいけないものだと本能で理解したのか、撒き餌の効果があるにも関わらずに逃げの態勢を取り始めていたが、行動の移すことを許さずに炎が飲み込んで広場に充満していた撒き餌の臭いごとまとめて焼き尽くす。

 炎が消えて残っていたのは、真っ黒に焼け焦げたダンジョンの床や壁と、モンスターが倒されて消滅する際に落とす核石やそのモンスター由来の素材だけだった。


「さて、これで邪魔者はいなくなりました。説教の続き……あら?」


 大剣をしまって振り向きながら言うが、ここでやっと男性が意識を失っていることに気付く。

 それによく見なくても、足や腕が変な方向に折れ曲がっているし、だらーっと血が流れている。

 十人が十人、この男性を見れば瀕死の重傷と判断するだろう。


「い、いけません! 少しやりすぎてしまいました……!」


 さっと顔を青くして、自作した回復薬を一本丸ごと飲ませて、自己回復速度を大幅に促進させる。

 しかしそれでも意識が戻らないので、撒き餌を使用していたのを目撃した時以上に気が動転し始める。


「ど、どうしましょう……!? 今の一撃で気を失うほど弱い方だということは、きっと視聴者をたくさん集めるために無茶をしてここに潜り込んだということなのでしょう! あぁ、いけません、本当にやりすぎてしまいました!」


 もう男性が配信していたことなんてどうでもよくなり、飲ませた回復薬で折れた腕と足が治っても一向に目を覚ます気配がない男性を小脇に抱えて、腰のデバイスでふわりと浮いてから背中のデバイスでスラスターを吹かせて一気にダンジョンを駆け抜けていく。

 道中でモンスターと遭遇するが、それらは正面に張ったエネルギーシールドで轢き殺していく。


 三十分足らずで下層からダンジョンの出口付近まで高速移動し、出入り口にいる守衛に事情を説明する。

 しかしどれだけ素直に全てを話しても適当にあしらわれてしまい、意識を失った男性は呼ばれた救急車に運ばれて行き、フレイヤはお咎めなしでそのまま返された。

 むしろ最初は純白の翼型デバイスがそのままだったので、ダンジョンに変なコスプレをして潜る変人だと思われフレイヤの分の救急車まで呼ばれそうだったが、それをしまうことでフレイヤ共々病院に運ばれるなんてことはなかった。


「まさかフレイヤ様の分まで救急車が呼ばれそうになるとは思いませんでした」


 帰宅後、ぼーっとリビングのソファに腰を掛けて白い天井を見上げていると、同い年の幼馴染メイドのリタが紅茶を持ってやってくる。

 百七十六センチとフレイヤより十二センチほど背の高いリタは、同い年だというのに大人顔負けの抜群のスタイルをしていて、色香に溢れていて同性なのに思わずどきりとしてしまう。

 そこにアシンメトリーにした前髪で顔の左半分を隠しており、色っぽさと妖しさのあるルビーのような瞳はミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 繰り返すがリタはフレイヤと同い年の十七歳で、成人女性ではない。


「そ、そんなに笑わなくなっていいじゃないですか。いくら私でも、同業者を気絶させたら慌てます」

「だからといって、あの移動用デバイスを展開したまま地上に出るのは、冷静さを欠きすぎているかと」

「うっ……」


 リタの淹れてくれた紅茶を受け取りながら、優しいお叱りに言葉を詰まらせる。


「ともあれ、回復薬を飲ませてその後救急車で無事に病院に送られて行ったとのことですし、その後のことは後々考えましょう。さ、もうすぐ夕飯の支度が終わりますから、それまでにお紅茶を飲んでしまってくださいな」


 そう言ってリタはキッチンの方に消えていく。

 彼女の言う通り、今考えても分からないことはひとまず置いておいたほうがいいだろう。

 そんなことより今一番気になるのは、リタが作ってくれた夕飯だ。彼女の料理はいつも絶品で、毎日が楽しみで仕方がない。

 いい匂いがリビングまで漂ってくるので、空っぽの胃が刺激されてくぅ、と小さく鳴る。


 もうじき支度ができるのは本当のことのようなので、渡された紅茶を飲み干してからそれを持ってキッチンに向かい、それを洗って棚にしまってからタイミングよくできた夕飯をダイニングテーブルに持っていく。

 今日の夕食は最近凝っているらしい和食で、非常に色彩豊かで美しく食べるのが少しもったいないくらいだ。

 どれも濃すぎず薄すぎず程よい塩梅の味付けで、ほっとする優しい味だ。




 だが、自宅でリタの作る美味しい夕飯に舌鼓を打っている間、フレイヤは全く気付いていなかった。


”なんじゃ今の!?”

”え、ソロでダンジョン下層を探索できる一等探索者最強格の御影がワンパン?”

”あの翼は一体なんだ!? いや左手の盾もだけど!”


 撒き餌を使って人為的にモンスターパレードを引き起こそうとしていた男性は御影ジンといい、数多くの迷惑行為を繰り返して幾度となく炎上している迷惑系配信者として有名で、カメラが浮遊カメラだったこともあってばっちり撮影されていたこと。

 人為的にモンスターパレードを引き起こしてそれを一人で倒そうとする配信で、一万六千人を超える同時接続者数を獲得しており、フレイヤのシールドバッシュでワンパンと寄ってきたモンスターの一撃一掃がその一万六千人以上にばっちり見られたこと。

 その配信そのものと、切り抜き動画がすぐさま一千万回近く再生されてバズりにバズりまくり、フレイヤの方も切ったのは配信ではなくカメラだけだったこともあって、速攻でチャンネルが特定されてネット上でお祭り騒ぎになっていることも。


 幼馴染メイドのリタの絶品和食に舌鼓を打ち、幸せな気分に浸っているフレイヤは、今ネットでどんなことになっているのか知る由もなかった。

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