第41話 最強の助っ人

「じゃあ影山くん、この調子で頑張りましょうか」


 今日は生徒会長の瀬戸宮若葉先輩とビラ配りの日。昨日の不安はどこへやら、今日は遥かに順調に進んでいた。


 まるで異世界の聖騎士や戦乙女ヴァルキリーがそのまま制服を来て現世に具現したかのような美貌は、男女関係なく人目を引く。獅堂のような多少の近寄りがたさはあるものの、物腰も柔らかい。そのおかげで俺の所に全く人が集まらないが、それはまあ仕方のない事だろう。


 流石は学園の生徒会長。誰でも分け隔てなく公平な瀬戸宮先輩は、ド緊張していたこんな俺にもとてもにこやかに接してくれていた。



 …常に俺との距離を3mは保ちながら。


 わけわからんって?俺もです!でも俺が話そうとして隣を見たらいつも遠くにいて、今なんか道路の両端同士で大声で会話するという非常に奇妙な状態。なんだこれ。おかげで会話するのも一苦労なんだ。


 あれ?俺…なんか会長に嫌われるような事したかな??


 流石にずっとこれだとやりづらすぎてしょうがない。非常に聞きづらいが、思い切って俺は道路の反対方向にいる会長に直接聞いてみる事にした。


「会長会長!」

「何かしら?影山くん」

「もしかしなくても俺の事、めっちゃ避けてません??なんかものすごーく距離を感じるというか…物理的に」

「き、気のせいじゃないかしら」


 あくまでにっこりと柔和な笑みを崩さない会長様。まあいいや、会長がそう言うなら遠慮なく一歩お近づきに――


 と思ったが俺が一歩歩くと、会長も一歩下がる。俺も負けじとどんどん近づこうとするが、会長もその分だけ離れていく。



「あ、そうだ!手分けした方が早いし、私は向こうの方で配ってくるわね!ごめんなさい!影山くんはそっちの方をお願いね?」

「あ、会長ー!!」


 静止する間もなく、会長は慌ただしく向こうへ行ってしまった。


 …うん。絶対嫌われてるな、これ。心がポキっと折れる音が聞こえてきそうだ。


 知らないうちに何かよくない事をやってしまったのだうか。今日ちゃんと喋ったのすら初めてなんだけどなあ。

 

 まあ考えても分からないなら仕方がない。会長はそんな人じゃ無いと思うけど、ただ何となく生理的に嫌いって事もあり得ない話ではないからな。一応会話はできてるし、別に問題ないのかな。


 そう割り切って暫くビラを配った後、ふとよく無い事を思い出した。


 いや、待てよ。会長がさっき行った方向って、地元でも有名なヤンキーの集まる高校がある場所ではなかったっけ?


 噂でしか聞いた事がないが、男子はカツアゲされたり女子はしつこくナンパされたりととにかく治安が悪いと言う噂が絶えない。


 学園の生徒はよほどの事が無い限りその場所へ行かない事が暗黙のルールだ。


 そんな治安の悪い所に女の子一人で…。しかも超が付くほどの美人…。


 足りない頭で想像し得る最悪の事態が一瞬頭をよぎる。


 気づけば俺は会長の行った方向にダッシュしていた。幸い離れてからまだあまり時間が経っていない。杞憂に終わってくれればいいが。


「マジかよ…」

 

 願いも虚しく、ヤンキー高校の前で今まさガラの悪そうないかにもな三人に囲まれている会長の姿がそこにあった。


 その中でも一際大きい大男が強引に会長の手を引っ張って連れ出そうとしている。


「やめて!離しなさい!」

「そんな事言うなよ。悪いようにはしないぜ?俺ってこんなナリでも超優しいからさ。すぐに俺が気持ちよくしてやるよ。な?いいだろ?」

「嫌…っ。離して…っ。お願い…」

「へっ、たまんねえなぁその顔」


 いつも凛とした雰囲気を崩さない会長の顔が、余裕を無くしてどんどん弱々しくなっていく。


 他のヤンキー二人はその様子を見てヘラヘラと笑っていた。


 …下衆野郎共が。


「おい!その手を離せ!クズ野郎!!」

「あぁ?誰だテメェ?」

「影山くん…っ」


 大男が俺に気づいてこちらを見る。会長も俺に気づいて助けに来てくれた安堵感と、申し訳なさが入り混じった複雑な表情を浮かべていた。


「見ろよコイツ!震えてやがるぜ」


 大男がガハハと下品に笑うと、他の連中も口々にだせえなあと言いながら俺を嘲笑う。


 当たり前だろクソが。こっちは喧嘩もまともにした事ねえんだよ。人を殴ったのだってこの前伊集院にやったのが初めてなんだ。


「お前はこの女の彼氏か何かか?…て、んなわけねーか」


 コイツ…俺を上から下まで一瞥して嘲笑いやがった。完全に舐め腐ってやがる。


 大男は心底めんどくさそうにしながら聞いてきた。


「それで?何しに来たんだよ。まさか俺たち三人とやろうってのか?」


 正直な所、後先なんて全く考えていない。勝てるわけがないし、俺がサンドバッグになってる間に会長を逃す事が出来れば御の字だろうな。


 もうどうにでもなれ。コイツらだって流石に殺したりはしないだろう。俺は震える足を何とかしながら、わざとヤンキー共を挑発する事にした。


 今はどうにかして、会長から奴らを引き剥がして俺をターゲットにさせるしかない。


「ああそうだよ。お前らみたいなカスは俺一人で充分だ。俺がまとめて相手してやるよ。三人まとめてかかってこい」

「ガハハ。言ってくれるじゃねえか!…おいお前らぁぁ!女を逃げられないようにしっかり捕まえてろよ?このバカは俺がぜってーぶっ殺す」


 クソが…!それじゃ意味が無いんだよ。会長を逃すにはどうしたらいい?近くに人影も無く、絶対絶命かと思った時――


 静かだが、凄まじい怒気が含まれた声がヤンキー高校から聞こえてきた。


「てめえら、一体ここで何をしてやがる」


 見ればそこには、170センチの俺よりも少し背が低いくらいの男子がいた。サラサラの金髪で男にしてはかなりロン毛の部類で、とんでもなく美少年。何故か俺たちと同じ高校の制服を着ている。


 驚いた事に、その美少年の存在に気づいた途端ヤンキー達の身体がプルプルと震え出した。あれほど威勢の良かったリーダー格の大男でさえ、顔から冷や汗を大量に流している。


「なんで隊長がここに!??あの…いや…これは…その…っ!」

「はあ。黙れ言わなくていい。見れば大体分かるよ。本当に悪かったな二人とも。おいお前ら!早く女を離せ!!」

「「は、はぃぃぃ!!」」


 ヤンキー達は揃いも揃って明らかにビビり倒していた。


 突如現れた美少年の一声で、すぐさま会長が解放される。会長は泣きそうになりながら、俺の後ろに隠れるようにピタっとくっついてきた。


 …こんな時なのにその様子が可愛いと思ってしまった俺は異常なのかな?でもさっきまで凄く避けられていたので、どうしてもそのギャップにグッときてしまう。普段の凛とした会長を見ていた分、余計にだ。


「へ、へへ。じゃあ、俺たちはここここれで。お、おおい!行くぞお前ら!」

「待て。まさかこのまま帰れると本気で思ってるのか?」


 何事もなかったかのように、そそくさと逃げだそうとする三人。だけど謎の美少年がそれを決して許さない。


「当たり前だがお前らは破門。どうしてもと言うから昨日渋々チームに入れてやったが、昨日の今日でこの有様か…。とんだゴミ屑を入れちまったもんだ」

「そんな…破門だなんて…それだけは…」

「「あんまりですぅ…」」

「黙れ。俺のチームに漢の風上にも置けねえクソ野郎はいらねえんだよ!!二度とこんなくだらねえ事出来ねえようにしてやるから、歯あ食いしばりやがれッ!!!」

「「「ひぃ…」」」


 次の瞬間、大男の身体がワンパンで吹っ飛んで壁まで叩きつけられた。続けて残る二人もワンパンで戦意を失わせて、許しを乞う三人をボコボコに。


 あの…流石にやりすぎでは??こちらが引いてるのをお構いなしに、ボロ雑巾になるまで美少年は容赦なく殴り続ける。


「二度とこんな事すんじゃねえぞ?分かってるよな?」


 コクコクとただ頷くヤンキー達。足を引きずりながら、見るも無惨な姿で三人は逃げて行った。

 

「おう二人とも。待たせたな。本当にすまなかった。それはそうと男のお前、いい根性してんじゃねーか。俺は阿久津玲あくつれい。お前は?」

 

 さっきまでの殺伐とした光景が嘘のように、ニカっと人の良さそうな笑みを見せる美少年。こうしてみると、全然悪そうな人には見えない。


 えっと、阿久津玲?どこかで聞いた事があるような…。あっ、ふと前に聞いた早乙女の言葉を思い出す。


 目の前の救世主でとんでもなく腕っ節の強い美少年は、俺の会ったことのない学園で有名な最後の一人――阿久津玲その人だった。

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