第12話 初配信前
ついに来た日曜日。
配信時間は夜の8時から一時間の枠らしい。
blancのときは枠を付けることが無かったので、新しい感覚だ。
ゲーム部屋の機材をそのまま使うことにした。
借りた物を壊してしまったら大変だからだ。
いただいた機材はそのまま、ダンボールにしまって部屋の端に置いてる。
「よし、これで準備できたかな」
今は夕方の4時になったところだ。
まだ準備には早い気もするが、備えあれば憂い無しと言うだろう。
一応夜音にも確認してもらったし、大丈夫だろう。
そんな夜音は俺の家で勉強している。
強制的にさせているわけではなく、ただしているだけ。
なぜ俺の家でするのかよく分からないので聞いたら、
「え?幼なじみだし…」
と返された。
余計に分からなくなったが、めんどいので考えるのはあきらめた。
「そろそろご飯を作るか」
部屋から出て、夜音に聞こえるように声を出した。
「今日の夜ご飯は何?」
「そうだな、どうしよっかな」
全く考えていない。
栄養的には大丈夫だろうが、何を作るのか考えることが少ない。
「何か食べたいのある?」
基本俺は常識の範囲内なら何でも作れると思う。
今、俺は食べたいのが無いので夜音に相談したら何思った。
「んー、うどんとか?」
「麺類好きだよね…分かった」
先週はラーメンを食べた。
一昨日は焼きそばを食べた。
彼女は麺類が好きなようで頻度が多くなる。
冷蔵庫から必要なものを取り出して、作り始める。
野菜を切っていると、
「今日の配信、緊張してないのすごいよね…」
夜音が勉強を止めて、こちらを向きながら感心した様子で見ている。
今まで、配信をよくしてきたので緊張する部分はほとんど無い。
していないと言えば嘘になる。
感情が少し表情に出にくいタイプだか仕方ない。
「私が初配信した時は、緊張しすぎてたな~」
何か懐かしそうな声が聞こえ、もう一度彼女の方を向くと、目を瞑っていた。
「もうあれから結構経つのか…」
「思ったより前からやってたんだな」
よく考えてみると、あの頃夜音は自信を持ち始めていた気がした。
「そうなんだよね…最初は私も凄い不安だった。」
「登録者も増えなかったんだよね…だから少しずつ喋りやすくなってさ、案外やっててよかったな~なんてね」
「どうやってHESKALに入ったの?」
VTuber界の大企業とも言える存在だ。
正直登録者が少ないと入れてくれないのも当然だ。
「募集してたの、ちょっと面白くてね。それで応募したの。」
「私、尊敬してる配信者が居るんだ。」
耳だけを傾けつつ、鍋に水を入れて沸騰を待った。
「その人を参考にしてきたから今があるんだ」
俺は配信を始めると同時にVRゲームも始めた。
【world war】も五年くらい経つゲームだが、俺はそのゲームの配信日からやっている。
つまりblancという存在と【world war】は同じ日に誕生した。
夜音の話を聞きながら、自分も回想していた。
「いつか、その人とコラボ出来たらなって思ってさ。それが目標」
彼女は誰にもほとんど見せないが実は努力家だ。
勉強も俺が家で教えるときは真面目じゃない感じを出しているがおそらく、彼女自身は俺の居ないところで頑張っている。
そう感じるときがよくあるからだ。
「そうなんだ」
昔の俺は目標は決めるまでもなかった。
世界一、これを取るというのが暗黙の了解と言ってもいい。
だが、今は何のために配信しているかよく分からない。
色々な人が見てくれているので止めるわけにはいけないという気持ちはあるが、それ以上に何かを求めている気がした。
「そのためにはさ、ゲームで上手くならないといけないからさ」
おそらくゲーム配信者でかなりの腕前のようだ。
事の発端となった【end world】でランクマッチ的な事をしていたのは分かった。
流石にやったこと無いゲームなのでランクが何とかは分からなかった。
「その人はそんなにゲームが上手いんだ」
俺はすでに麺を鍋のなかに入れたのであとは、盛り付けるだけだ。
「昔世界一になってたんだよ」
俺と境遇が似ている、
「blancさんって言うんだけど」
盛大に蒸せた。
何かそんな感じはしていた。
けれど、本当にそうだとは思わなかった。
「そ、そうなんだ」
あと少しで食器を落とすところだった。
言わないが、言ってやりたかった。
「ここに居ますよ」と。
二人でうどんを食べ終わり、家でゴロゴロしていた。
「blancさん、凄くゲームが上手いのに現役から退いたんだよね…何でなんだろうね」
やっぱり視聴者目線だとそういう人が多いのかなと思った。
確かに急にしばらく大会は出ないと言われたら大体の人は困惑しそうだ。
「その人にDMでも送ってみたら?」
もしかしたらblancという名の別のゲーマーが居るのでは?
「怖いから止めとく~」
確認は出来なさそうだ。
まぁ逃げているだけで、たぶん俺だろう。
「あ、今日の配信見とくね」
夜音が見ることは予想内だが、改めて言われると少し恥ずかしい。
「たぶん失敗するけど、頑張るよ」
時間は大体7時を回っていて、そろそろ準備しないとなと思っていた。
座っていた椅子から立ち上がってゲーム部屋の方へ向かった。
「一つ聞きたいことがあってさ」
前々から疑問だったことがあった。
夜音はソファに座りながら振り返った。
「何~?」
「結局、俺は何のためにVTuberをやるんだ?」
夜音の配信に映りこんだ事は秘密。
ならばやらなくても良い気がした。
もうやるとは決めたので今さら引き下げないが、
「やりたいことを見つける旅?かな」
夜音はソファから立ち上がり歩いて家を出ていった。
彼女の言っている意味。
その答えを見つける、これが俺の目標だと思った。
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