第39話 そそくさと帰っていったあの子は…

 アリスが帰って休憩も終わり、もう一踏ん張り呼び込みをしようと外に出ると、すっかり暗くなっていた。着ぐるみを着ていてもカイロを持っていないと辛いくらい寒さが増していた。

「ただ君、お客さんも減ってきたし今日はもう上がってもらっていいよ。」

 呼び込みを再開してから1時間程経っただろうか、夕食前のピークを過ぎて客入りも落ち着いてきた頃に店内から声が掛かって、本日のアルバイトは終了した。

「はい、アルバイト代ね。そうだ、これもアルバイト代ってことで。お家で食べて。」

 そう言われてやや小さめのデコレーションケーキを渡される。毎年、4人家族の我が家で食べるのに丁度良いサイズのものを用意してくれている。家でも一応買ってはいるが、食べ盛りの我々子ども達には嬉しいプレゼントだったりする。

「いつもありがとうございます。失礼します。」

「こちらこそ。来年も良かったらよろしくね。」

 外に出ると少し風も出てきて一層冷え込んでいたが、臨時収入で暖かくなった懐に浮かれながら歩道橋を登って家路に着く。と思ったら、歩道橋の手すりに寄りかかりながら寒そうに震えて立っている人影があった。

「おっ来た来た。そろそろ終わりかなーって思ったんだよね。」

 アリスがこちらの姿を見つけて近寄ってくる。

「どうして…もしかして、ずっと待ってた?」

「いやいや、さっき来たばっかりだよ。あれよ、晩御飯の準備してたら買い忘れたものあったから。その買い出しのついでに寄っただけよ。」

「…鼻、赤くなってる。コートも冷えてるし…これ、さっきまで着ぐるみの中で持ってたから。」

 着ぐるみの中での生命線だったとも言えるカイロを手渡す。

「ありがとう。えへへ、あったかい。」

 そう言いながらアリスは冷えた顔にカイロを押し当てる。

「あっ、ずっと持ってたからちょっと臭いかも…」

「うーん…臭いっていうか只男の匂い?」

「ちょっ…まっ…あんまり、嗅がないで…」

「ごめんごめん。っていうか、ケーキ買ったんだね。」

「買ったというか、毎年貰えるんだ。」

「そうなんだねぇ。チョコのじゃないやつ?」

「そう、デコレーションケーキ…あー…その、食べる?」

「いいの!?やったー!」

 食べ…くらいのタイミングでパッと顔を輝かせて食い気味に返事が返ってきた。

「じゃあ、どうぞ。」

 ケーキの箱を手渡そうとするが、アリスは受け取ろうとする気配がない。

「うーん…いや、一緒に食べよ。ほら、あそこ。」

 アリスの指差す先には、ショッピングセンターの明かりが煌々と光っていた。確かに、あの中だったら座って食べられそうだ。

 ショッピングセンターの中で使い捨てカトラリーセットを買い、フードコートの窓際に陣取る。

「ではでは、拝見しましょうか。」

 アリスに促されて箱の中からケーキを取り出す。

「おぉー、めっちゃ美味しそうー。いただきまーす。」

 アリスが楽しそうにケーキを頬張る。

「おん…ぃしいー!チョコじゃないやつも最高だね。」

 あんまり美味しそうに食べるもんだから、見ているこっちまで幸せな気持ちになれる。

「んー…あれっ?只男は食べないの?」

「いや、前にケーキを独り占めしてみたいって言ってたから。」

「あら!そんなのよく覚えてたね。でも…やっぱり、ケーキは独り占めするよりも一緒に食べる方が美味しいよ。」

 アリスは掬い上げたケーキをこちらに向けて差し出してくる。これは、食べろってことか。一瞬周囲の様子をうかがってから口を開く。それと同時に、アリスの手が引っ込んで自分でケーキを食べてしまった。

「へっへっへー引っかかったー。」

 悪戯っぽく笑いながら美味しそうに頬張っている。

「このやろ。」

 ホールケーキの4分の1程を割り取って口いっぱいに放り込む。

「えぇ…そんなにいっぱい一口で…いいな!私も!」

 アリスも残ったケーキの半分弱をフォークに乗せて大口を開けてかぶりつく。

「ふぇーふぃふぉふぁふぉふぃふぁひっふぁい。」

「ふぉふぉふぁふぇふぁたふぉいいふぇ。」

 互いに何を言っているか分からないまま会話をしながら、なんとか口を動かしてケーキを喉の奥に流し込む。アリスも同時にごくんっと喉を鳴らして飲み込んだ。

「ふぅ、窒息するかと思った。」

「何言ってんのか一つも分かんなかったし。こんな食べ方もう二度とできないな。」

「それ。ケーキの香りでいっぱいになって幸せだったけど、もういいかな。」

 2人で笑い合いながらケーキの残りを食べていると、正面の大きな窓の外では大粒の雪が舞い始めていた。

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