第23話 海水浴帰りの電車ではつい…

「只男はそっちの端持って。長名ちゃんと広井さんは浮き輪の空気抜いてもらって。パラソルは最後でいいから。」

 スイカを食べ終えた後そろそろ帰ることになったが、栄一は何もなかったかのように普通に振る舞っていた。こういうところは図太いんだよな。栄一が元に戻ってくれたおかげもあり、誰かさんの荷物が大幅に軽くなったこともあり、撤収作業は思ったよりも早く終わった。おかげで予定より1本早い電車に乗ることができ、帰宅ラッシュと重なることなく横並びで座ることができた。

「遊び尽くしたねぇ、海。」

「アリスちゃんがスイカ取り出したときはびっくりしちゃった。」

「うむ、じゃなくて、そうそう。スイカを持参するのは聞いたことがないな。」

「栄一、まだ武士語が残ってるし。」

 今日の思い出話に花を咲かせていると、アリスが何かに気づいて中吊り広告を指差す。

「ねぇねぇ、お盆の後に花火大会があるらしいよ。」

「そう書いてあるな。」

「花火大会も仲良い人と行ったら楽しいんだろうね。」

「そりゃそうだろうな。」

「私、花火大会とか最近行ってないなぁ。」

「そうなんだ。」

「どんな感じか気になるなぁ。」

「そうか。」

「………はぁ」

「ん?」

「…もう!こういう時は普通誘うもんでしょ!」

「ええ!?」

「一緒に行かないか?でしょ!私、めっちゃ行きたい人みたいになってたじゃん!」

「そんな…怒るんなら自分から誘えば…。」

「ほんっとうに女心が分かってない!そんなんじゃ将来苦労するよ…」

「何で将来まで心配されてるんだ?」

「何でって…何でもよ!」

 いきなり叱られた上に将来まで心配されてしまった。

「…ほら、何て言うの?」

「あぁ…えっと、一緒に行かないか?」

「えぇ?どうしよっかなぁ?」

「言わせておきながら!」

「あはは、うそうそ。行きましょ。」

 いつの間にか次の予定を決まってしまったが、不思議と嫌な気はしない。アリスの人柄のおかげなのだろう。

「2人の会話って本当に聞いてるだけで楽しいね。」

「こんなに堂々とデートの約束するんだから大胆だね。そうだ!長名ちゃん、俺たちもデートに行こうか?」

「えっ?栄一君とデート?あ…まぁ…」

「ちょっと待って!デートなんかじゃないわよ!みんなで!また4人で行きたいねって言おうとしてたの!」

「…そんなに全否定しなくても…デートじゃないのか…」

「そこでショックなふりしないで!話がややこしくなるでしょ!」

「うふふ。確かに4人でならとっても楽しくなりそう。」

「長名ちゃんがそう言うなら仕方ない、花火は4人で行ってあげよう。デートはまた別の日にしようね。」

「え…まぁ…」

「こーら、清香を困らせないの。」

 この4人なら電車での普通の会話ですら笑いが絶えない。花火大会もきっとにぎやかになるはずだ。いつもなら家でダラダラして残り日数を数えるばかりの夏休みが、今年はまだまだ楽しく過ごせるような気がする。


「…仲良しね。青春よねぇ…」

「…私達にもあんな頃が…」

 疲れからいつの間にか寝てしまったようだったが、正面に座るマダム達の話し声で目が覚める。

――……これは、皆で寝てしまったやつだ。……このままだと乗り過ごすことに…ねむ…

 そこに車内アナウンスが流れ、まだ目的の駅の手前であることが確認できた。アナウンスに刺激されて頭が冴えてくるとともに、左肩に違和感を感じる。何か重いぞ。

 そっと静かにそちらに目を向けてみると、アリスが寄りかかってきている。アリスの頭の重さだったのか。その向こうでは栄一と長名が互いに支えながら仲良く寝ている。

マダム達はこれを見て話していたのか。きっと寝ている間はアリスに寄りかかっていたのだろう。意識すると頭から耳を通って顔中に熱が伝わっていく。冷ますように頭を振ると、アリスが居心地悪そうな声を出したので即座に硬直する。アリスはやや体の向きを整えて再び寝息を立て始めた。まだ目を覚ます様子がないようだし、このまま寝たふりを続ける。降りる駅が近づいたら、そこで起きたふりをしてみんなを起こせばいい。そう思ってもう一度目をつぶった。

 次に目を開けた時には聞いたことのない名前の駅に停まっていた…やっぱり乗り過ごしてる!急いで寝入っている3人を起こし、閉まりかけたドアの隙間から飛び出す。いまだに寝ぼけ眼の3人と顔を見合わせると誰かか突然笑い出し、それに釣られてみんなで笑い合いながら反対のホームに向かったのだった。

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