ファンタスティック・ノイズ

O.T.I

第1話 妖精事件

 人はありえないもの・・・・・・・に遭遇したとき、どんな反応をするのか。

 その答えは、いま僕を見ている人がいたのなら容易に知る事ができただろう。


 だけど僕の周りには誰もいない。

 だからこれは想像するしかないのだけど、きっと僕は驚きのあまりものすごく間抜けな表情を晒してるに違いない。


 じゃあ、なんでそんなに驚いているのかというと……もちろん、いま目の前にありえないもの・・・・・・・がいたから。



 蝶の様な翅を背中に生やした、僕の掌くらいの大きさの、ワンピース姿の可愛らしい女の子。

 少し透けているような……

 翅を羽ばたかせ空中にふよふよ浮きながら、こちらを興味深そうな目で見ている。

 要するに、そいつは……


「よ、妖精……?」


 そう、妖精だ。

 おとぎ話に出てくるようなイメージそのものの。

 あまりにも非現実的な存在に遭遇した僕は、呆然と呟きを漏らした。



『うふふ……』


 それに反応したのか、彼女は楽しそうに笑い声を上げて……

 そして、空気に溶けるように姿を消してしまった。






「…………いったい何だったんだ、今のは?」


 どれくらい呆けていたのか。

 僕はようやく我に返る。


 夢……それとも幻?


 そう思ったけど、今さっき見たものは到底現実の出来事とは思えなかったものの、さりとて夢や幻と言うには余りにもリアルだった。



「…………あ、ヤバ!?遅刻する!!」


 そうだ、今は学校に向かう途中だった。

 いつもギリギリの時間に家を出るから、それほど登校時間をかけられない。

 急に現実に引き戻された僕は、先程の不思議な出来事をいったん頭の隅に追いやって、慌てて走り出すのだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 さて、朝っぱらからそんな不思議体験をした僕の名は『神永かみなが友希ゆうき』と言う。

 まあ、どこにでもいる高校二年生だ。



 どうにか校門が閉められる直前に学校の中に滑り込んだ僕は、その勢いのまま教室へと向かった。



「あっ、ユウキ!!おはよ〜!」



 教室に入った僕に声をかけてきた女の子は、『森瀬もりせ 鈴美香すみか』。

 彼女とは家が近所で、幼稚園から小中高まで……それも、クラスまでずっと一緒だった幼馴染だ。


 スミカは、パッチリとした目に通った鼻筋、腰まである艷やかな黒髪をポニーテールにした美少女だ。

 あまり人付き合いが得意でない僕と違って、明るく活動的な彼女は男女問わず友人も多く……まあ、自慢の幼馴染と言える。


 今も友人の女の子たちとお喋りしてたみたいだったけど、僕が教室に入ってきたのを直ぐに見つけて挨拶に来てくれたんだ。



「おはよう、スミカ。いや、危うく遅刻するところだったよ」


「だからもっと早く出なさい……っていつも言ってるじゃない。いっつもギリギリなんだから……」


 スミカの家は僕の家の近所にある。

 前は一緒に登校してたりもしたんだけど……彼女は真面目だから僕よりもかなり早い時間に家を出ているはずだ。



「いや、家はいつも通り出たんだけど……ちょっと、途中でね……」


 そこで僕は言葉を濁した。

 流石に『妖精に出会った』なんて……ちょっと頭がおかしいと思われてしまう。


 そう思ったんだけど……



「ふ〜ん…………もしかして、『妖精』にでも会ったのかしら?」


「えっ!?」


 彼女の口から『妖精』と言う言葉を聞いた僕は、驚きのあまり固まってしまった。



「あら、その反応……ユウキもあれを見たんだ……」


「ユウキ『も』って……じゃあ、スミカも……?」


「あ!先生が来たみたい。……その話はまた後でね」


「え、あ……うん……」


 彼女から詳しい話を聞こうとしたタイミングで、ちょうど担任の先生が教室に入ってきてしまった。


 しかたない……彼女の言う通り、詳しい事は授業が終わってからにしよう。



 そして授業が始まる。

 いつもと変わらない退屈な一日。

 何の変哲もない日常の光景だ。


 そんな時間を過ごしながら、僕は今朝方に遭遇したいつもとは違った光景を思い出し……何かが始まりそうな予感に、ほんのちょっとだけワクワクしていた。


 



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 キーン……コーン……カーン……コーン…………



 終業のチャイムが校内に響き渡る。

 今日の授業は全て終わり放課後となった。

 もうすぐ夕方になろうかと言う時刻だけど、夏の太陽はまだ空に高く燦々と輝いている。



 僕は少し離れた席にいるスミカの方に視線を向けた。

 すると彼女もちょうどこちらを見たところだった。


 それから彼女は一つ頷いてから、テキパキと鞄に教科書や筆記用具を片付けてから、席を立ってこちらにやってきた。



「おまたせ。じゃあ、行こっか」


「え?行くって……どこに?」


 てっきりここで今朝の話の続きをするものだと思ってたんだけど。

 別に人目を気にするような話でも無いと思うのだけど……



「何言ってるの、あの話しをするなら……アイツがいた方がいいでしょ?」


「アイツ……?あぁ、レンヤか。確かに、この手の話は詳しそうだね」


「そゆこと。じゃあ行きましょう」


 女の子らしく柔らかな、少しひんやりとした感触が僕の手を包み込んだ。

 そして彼女は僕を席から引っ張り上げ……僕たちは教室から出ていく。





 『レンヤ』と言うのは……スミカと同じく小中高と同じだった、もう一人の幼馴染である『首藤しゅとう連矢れんや』。

 スミカとは違って割とクラスは別々になる事があり、今年は僕たちとは別のクラスだった。



 眉目秀麗、品行方正、スポーツ万能、成績優秀……天は二物を与えずというが、彼にそれは当てはまらない。 

 しかし、やはり誰にも欠点はあるもので……いや、それを欠点と言ってしまうのは些か問題なんだけど、モテ要素満載な彼に彼女の一人も出来ないのは、多分それが原因なんだと思う。

 他の男子生徒から変に反感を買わないのも、多分そう。


 実は彼は……重度のオタク気質なんだ。

 マンガ、アニメ、ゲームはもとより、『オタク』という言葉から想像できそうなジャンルは、ほぼ網羅してると言ってもよいだろう。

 その割に内向的なわけでもなく、むしろ陽キャの部類だ。

 まあ、学校内では変人扱いされてるんだけど。


 そんな彼がいま一番ハマってるのがオカルト。

 その知識量も半端ないので、今回の話を聞いてもらうにはうってつけの相手と言う事だ。



 そんなわけで、僕たちは彼が居るはずの場所……オカルト研究会に向かうのだった。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「おじゃましま〜す」


「こんにちは……」



 ガラガラ……と入口のドアを開き、スミカは元気よく、僕は遠慮がちに挨拶をしながら部屋の中に入った。


 窓には黒いカーテンが引かれ、外からの光を遮っている。

 その上、照明も薄暗く、そこかしこに怪しげなアイテムが雑然と散らばってるので……部屋の中はどこか不気味な雰囲気が漂う。


 部屋の主……件のレンヤは、椅子に座って分厚い魔導書のような怪しげな本を読んでいた。

 僕たちに気付くと顔を上げて、ニヤリと笑って言う。


「何だ二人とも。ようやく俺と一緒に神秘を追求する気になったのか?」


 ……実は、僕とスミカはオカ研に籍を置いている。

 彼一人だけだと部屋が確保できないから……と、彼に頼まれて協力したんだけど、彼に用事が無い限りここに顔を出すことは無い。

 オカ研の三人のうち、二人が幽霊だというオチ。


 なので、僕たちが部屋を訪れるたびに彼はそう言うんだ。



「違う……と、いつもは言うところだけどね。今回に限っては、あんたが言う『神秘を追求』する話を持ってきたのよ」


「お!マジか!何だ何だ?幽霊でも見たか?UFO?心霊現象?未確認生物?それともトラックに轢かれて異世界にでも転生したか?」


 思いがけないスミカの言葉に、彼は嬉しそうに食いついてきた。

 予想通りの反応かな。



「いや、異世界転生したら、ここに居る僕たちは何なのさ……」


 一応、そう突っ込んでおく。

 彼のオカルト趣味も、ジャンル問わずだね。

 異世界転生はオカルトと違うと思うけど。



「どれも違うわよ。……ほら、これ見て」


 そう言ってスミカは自分のスマホを取り出して少し操作してから、画面をレンヤに見せる。

 ……というか。


「え?写真撮ったの?」


「うん、もちろん。こんなの言葉だけで説明したった信じてもらえないでしょ。まあ、写真だって合成と言われると思うけど」


 事もなげに彼女は言うけど、良くそんな機転がきいたよなぁ……僕なんか呆然としてただけなのに。



 彼女のスマホの画面には、通学路の住宅街を背景にして『妖精』がハッキリと写っていた。

 ここは……僕が妖精を見た場所と近いね。

 姿もそっくりで……もしかしたら同じ個体なのかも知れない。



「ほぅ、これは……妖精か?」


「そう。言っとくけど、フェイクじゃないからね。ユウキも目撃したって言ってるんだから」


「うん、僕もこの目で見たよ。場所も大体同じ。呆然としてる間に消えちゃったから、写真に撮ってはいないけど……」


「別にお前たちが嘘をつくとは思ってないさ。しかし、これは……ふ〜ん?」


 レンヤはスマホの画面を見ながら思案に暮れた様子。

 やがて考えがまとまったのか、僕たちに顔を向けて言う。



「二人とも、『コンティグリー妖精事件』って知ってるか?」


「何よ。やっぱり捏造だって言いたいの?」


 僕は何のことか分からなかったけど、その返しからするとスミカは知っているようだ。



「僕は知らない。なんなの、それ?」


「昔、イギリスで騒動になった事件さ。今回のお前たちみたいに、二人の少女が妖精を目撃して写真に撮った……てな」


「へぇ……同じだね。でもインチキだった?」


 スミカの反応からすれば、そういう事なのだろう。


 だけど……



「そう……とも言い切れないんだ、これが。当時の著名人やアメリカのフィルム会社なんかも巻き込む大騒動だったらしいんだけどな。後年になって二人は写真は捏造だって暴露したんだ」


「なんだ、やっぱり……」


「まあ待て、話には続きがある。……写真は全部で5枚あったんだが、そのうち4枚は切り絵を使った単純なトリックが使われていた」 


 まあ、子供ができる事なんてたかが知れてるだろう。

 それで大人たちの目を欺いたのであれば、よほど出来が良かったんだろうね。

 でも……


「5枚のうちの4枚……ということは、残りの1枚は?」


「それが問題なのさ。残りの1枚は他のものと比べて明らかに毛色が異なる。単純なトリックで撮影出来るものじゃなかったらしい。そして少女の一人は、その写真だけは『本物』だ……と、最期まで主張していたそうだ」


 1枚だけは本物……?



「へぇ〜、妖精事件の話はちょっとだけ聞いたことがあったけど、5枚目の写真の事は知らなかったわ。じゃあ、私達が見た妖精と同じだったのかも知れないわね」


 スミカが感心したように言う。

 僕もスミカも実際にこの目で目撃したのだから……きっと、その5枚目の写真は本物だったんだ、と信じる事ができた。



「結局、その5枚目の真相は不明なんだが……お前たち二人が実際に目撃したってんなら信ぴょう性がありそうだよな。……ふふふ、いいぞ。まさに神秘。面白い」



 あ、スイッチが入ったっぽい。

 こうなると彼はとことん追求せずにはいられない性格だ。

 次に何を言うのかは、容易に想像できる。



「よし、事件は現場にあり……だ。その目撃場所に案内してくれないか?」


 やっぱりね。

 まあ彼の言う通り、とにかく僕ももう一度目撃現場には言ってみたいとは思っていた。



「この写真の場所は……あの辺りか」


「ええ、『千現神社』の近くの住宅地よ」


「だね。僕が見たのも参道入口から直ぐのところだった」



 神社に妖精って、ミスマッチのような……いや、むしろ神秘的な場所という点では合っているのかな?



 ともかく。

 僕たちは薄暗い部屋を出て、太陽が輝く夏空の下に飛び出していく。







 僕たちの一夏の冒険譚は、こうして始まるのだった。

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