67話、初めての料理作り

「よし、十二時になったわね」


 五分前から時計をずっと見ていたけど、ようやくなってくれた。待っていると、一分ですら長く感じるわね。

 待望のお昼になったので、携帯電話を取り出しながら立ち上がる。耳に当てて台所に向かい、お目当ての物がある棚の前まで来ると、ちょうど留守電サービスに繋がった。


「私、メリーさん。今、『サッポロ皆伝、味噌味』を作ろうとしているの」


 昨日から溜めていた言葉を、留守電サービスに託し、携帯電話を浮かせて耳付近に待機させた。インスタントラーメン。これが、私が初めて作る料理になる。

 いきなりお味噌汁を作るのは、流石に無理だと悟り、まずは火加減の調整を習得する為に、インスタントラーメンを選んだ訳よ。

 材料は、もやし、バター、缶詰のコーン。あらかじめハルに用意してもらっていたので、各々のある場所は知っている。

 そして、バターとコーンは最後に盛り付けるから、実際調理に使うのはもやしのみ。乾麺と同じタイミングで、沸騰したお湯に入れればいい。なので、本当にただ茹でるだけだ。


「う~ん、楽しみだわぁ」


 早速料理するべく、棚の中から『サッポロ皆伝、味噌味』。冷蔵庫から、もやし入りの袋とコーンの缶詰、バターを手に取り、コンロの元へ歩いていく。

 三つの物を空いている場所に置き、キッチンの収納スペースから厚底の銀色鍋を出し、その鍋をサッと水洗いした。


「あら? この鍋、中に『ラーメン一杯』って書いてあるじゃない」


 鍋の内側の中腹辺りに、溝らしき線が引かれていて、その横に『ラーメン一杯』と。線の上に『五百』という数字が記されている。更にその上にも、同じく線があり、そこには『約千ml』とあった。


「へぇ~、分かりやすい。じゃあ『ラーメン一杯』の部分まで、水を入れればいいのね」


 念の為、『サッポロ皆伝、味噌味』の袋に記載された『おいしい召し上がり方』を見てみるも。『お湯五百mlを沸騰させ、麺を入れてほぐしながら三分間ゆでてください』と書いてある。

 この鍋、すごく便利じゃない。どうしよう、作る前から気に入ってしまいそうだわ。とりあえず、水を五百ml注ぎ、コンロに置いてっと。


「まず最初は、強火でいいわね」


 つまみを奥に押し込んで、『強』の部分まで回してみれば。コンロから『カチッ』という音が鳴ったとほぼ同時、炎の『ボゥッ』という噴射音が後を追った。


「点いた! わあ、感激」


 火を点けただけなのに、もう料理をしている気分になってくるわね。いえ、実際にしているのよ。お湯を沸騰させるのも、立派な調理工程なのだから!


「お湯を沸かせてる間に、菜箸を用意して。コーンの缶詰を開けて、中の水分を取り出してっと」


 ハルの様に、空いた時間を有効活用しないと。壁に設置された網にぶら下げてある、菜箸を取り。全体を軽く水洗いして、布巾で水気を拭き取る。

 次に缶詰の蓋を、コーンが飛び出さない程度に開けて。缶詰の中にある汁を、全て排水溝に流し込んだ。この方法、インターネットでたまたま知ったのよね。

 何も知らないままでいたら、たぶん汁気を切る前に、蓋を全部開けていた可能性がある。いや、絶対にやっていた。そして、途方に暮れていたかもしれない。


「お湯の方は~……、もうちょっと時間が掛かりそうね」


 鍋の底に泡が立ち始めているけども、水面はまだ静かだ。ならば、先にもやしを洗ってしまおう。ザルを用意して、その中にもやしを一掴み分だけ入れる。

 もやしは、あまり多くなくていい。欲張って入れ過ぎてしまうと、もやしから出る水分のせいで、味が薄くなってしまいそうだからね。

 もやしを折らないよう、水を当てながら触れる程度の強さでかき混ぜていく。洗い終えて水を止め、ザル全体を上下に振って水気を切った。


「さてと、いい具合に沸いてきたわね」


 さっきまで波紋すら立っていなかった表面が、今では鍋底から昇ってきている大きな泡により、ボコボコと暴れている。よし、ちゃんと煮立った証拠だ。


「で、火の強さを中火にして。今の時間は、十二時七分ね。八分になったら、麺を入れよっと」


 本当は茹でる時間を短くして、麺をやや固めにしたいっていうのが本音なのだけれども。初めての料理は絶対に失敗したくないので、茹で時間をしっかり守っておこう。

 中火にしたのは、吹きこぼれが起きないようにする為。強火のまま茹でていくと、あっという間に泡だらけになり、鍋から盛大に零れてしまうのよ。

 しかし、中火でも吹きこぼれが起きる時は起きてしまう。なので、茹でている間にも油断せず、火の調節をするか水を継ぎ足して、鍋から溢れ出さないようにしないと。


「よし、八分になったわね」


 目安の時間になったので、袋からかやくを取り出して、鍋の中に乾麺を投入し。空いているスペースに、もやしを入れた。


「あとは、三分茹でれば完成ね」


 中火にしたので、白い泡があまり増えていない。これなら、吹きこぼれの心配は無さそうだ。茹でてから一分もすれば、固かった麺が菜箸で簡単にほぐれていき、鍋の中一杯に広がっていく。

 よしよし。もやしもほんのり半透明になってきたし、ちゃんと火が通ってきたわね。

 菜箸でもやしを持ってみるも、しならずピンとしている。うん、シャキシャキとした歯応えが期待出来そう。


「十秒前。九、八、七、六、五、四、三、二、一、ゼロ!」


 きっかり三分経ったので、素早く火を止める。かやくを全体に振りかけて、お湯に溶かせば。透明だったお湯が瞬く間に濁っていき、味噌の芳醇な匂いが漂ってきた。


「わぁ~っ、良い匂いっ」


 しかし、これで完成じゃない。出来立て熱々の味噌ラーメンを、零れないよう気を付けながら丼ぶりに移し。中央にコーンを盛り付けて、その盛り付けたコーンにバターを添えれば……!


「出来た!」


 私が頭の中で描いていた、味噌ラーメンの完成よ! すごい、私でもちゃんと作れた! なんだか、ものすごくおいしそうに見えるじゃない。

 匂いだってそう。食欲を刺激してくる味噌の香りが、本当にたまらないわ。早く食べたくて、口の中にヨダレが溜まってきちゃった。


「ふふっ、早速食べようかしらね。でも、その前に」


 顔の近くに待機させていた携帯電話を、耳に当てる。そのままハルに発信するも、本人は出ず。代わりに、留守電サービスセンターに繋がった。


「私、メリーさん。今、『サッポロ皆伝、味噌味』をちゃんと作れたの。これでよしっと!」


 さあ! 丼ぶりと、ハルが作ってくれた二つのおにぎりを、お盆に乗せていつもの部屋に持っていって、私が初めて作った料理を食べるわよ!

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