武器の強化
前作「俺得?仕事中に転移した世界はゲームの魔法使えるし?アイテムボックスあるし?何この世界、俺得なんですが!」の番外編です。
異世界に転移して7年目の頃、ダンが17歳の時の話です。
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俺はカオ。
ある日仕事中に突然気を失い、気がついたらこの世界へ転移をしていた。
職場の皆と一緒に。
この世界はゲームのような世界だった。
魔物がいて、そいつらと戦う冒険者がいて、冒険者ギルドがあってと、ネット小説でよく読んだようなテンプレの世界だった。
そんな世界でも俺らは何とか働き、戦い、安定した毎日を送れるようになっていた。
俺は街で仲間と一緒にやまと屋という弁当屋をやっている。
一緒に転移してきた職場の仲間や、昔やってたゲームの仲間(偶然彼らもこの世界に来ていた)、それとこの世界の孤児達と、かなりの大所帯で暮らしている。
この世界に来てもう7年か。
幼かった子供達もどんどんと成長していってる。
そう、こちらは15歳で成人だ。
「ダンがさぁ、来年、年明け早々に王都へ行くって言うんだよ」
ダンと言うのは、俺がこの世界、この街に来てから一緒に住んでいる子供のひとりだ。
7年前、この街に来た当初に、当時10歳のダンと8歳のアリサ、2歳のマルクの3人と一緒に借家で生活をスタートさせたのだ。
その後も教会やスラムの孤児達と生活を共にするようになったが、ダン、アリサ、マルクの3人は自分の子供のように思える。(結婚してないけどな)
「女神像のクエスト? 収納鞄とミスリルはもう終わってたよね?他の女神像が開放されたん?」
夕食後にリビングで寛いでいたリンさんが俺の愚痴に付き合ってくれるようだ。
リンさんは、昔やってたLAF(ラインエイジファンタジー)というゲームの仲間で、王都でばったり会った仲間のうちのひとりだ。
現在は王都から離れたここムゥナという街の、俺の店やまと屋で一緒に生活している。
もちろんリンさんの家族も一緒だ。
リンさんは7年前に王都の近くの街に転移をしたそうだ。
旦那さんとお子さんたちはその近くの街に同じように転移したそうで、割と早い段階で家族が合流出来たそうだ。
リンさんの3人の子供も、現在はかなり大きくなった。
子供と言う言い方は失礼だな。
上のお嬢さんの凛ちゃん、確かもう19歳だったか?その下の珠州(スズ)ちゃんは確か凛ちゃんの2歳下だったはずだから17歳くらいか。
一番下の子が男の子で大雅(タイガ)君、えぇと12歳か?大雅君なんて会った時はまだ5歳だったからな、子供の成長って本当、速いよなぁ。
「いや、クエストは終わってる。んだけどさぁ、ダンの冒険者パーティが王都近辺に活動拠点を移すらしい。この街は死霊の森ダンジョンがあるけど、言い換えるとソレしかないからなぁ」
「ああ、なるほどねぇ。冒険者として本格的にやってくつもりなら、王都近辺で鍛えるのは必要だねぇ」
リンさんは3人の子持ちには見えないくらいサバサバしたカッコいい女性だ。
旦那さんとは若い頃からのバイク仲間だったらしく、出会いも結婚も早かったそうだ。
こちらの世界にはバイクは無いのでふたりでたまに馬を走らせているようだ。
そんなところも格好イイな、俺のような陰キャボッチ親父(爺さん?)とは大違いだ。
「で? カオるんパパとしては、ダンが親元を離れるんで寂しいってか?」
リンさんがケタケタ笑いながら言った。
まぁ、半分はそうだけどさ。
「違うぞ。…寂しいは寂しいけど。いや、だからな、王都に行く前に武器の強化をしようかと思ったんだ」
「武器強化?ダンは今、何を使ってるの?」
「今はショートソードだ。それとシルバーソード」
「短い武器か。初心者には扱いやすいけど、これからも冒険者をやってくなら、長いのを持たせた方がいいんじゃない?」
「うん。それでSLS、シルバーロングソードを強化して渡そうと思ってる」
「そうね。いんじゃない?アンデッドにも使えるしね。SLSは使い勝手がいいよね」
ダンが来年早々に王都へ向けて立つ前に、シルバーロングソードを強化して渡したいと思っている。
問題は強化スクロールを持ってない、という事だ。
俺はゲームではウィザードだったので、戦いは常にサモン(召喚獣)任せだった。
なので自分用として強化したSLSは持っているが、武器の『強化』自体はあまりやってこなかった。
SLSも他のプレイヤーが不要になったのを購入したものだ。(もちろんゲーム内でだ。リアルマネーじゃないぞ)
だからこの世界に転移した時に、アイテムボックスにも倉庫にも強化スクロールは入っていなかった。
今回、ダンにSLSを渡そうと考えた時に、ふと『強化』しようかと思いついた。
「確か、死霊の森ダンジョンの地下で、強化スクロールが出たよな?」
「ああ、2Fのデスだね。デスが強化スクロールを出すって聞いたよ。他のフロアでもスクロールはたまにドロップするけど、ゆうごが調べた情報によると強化スクロールはデスのみって言ってたな」
「ゆうご君の情報なら間違いないな。2Fかぁ。サモン連れのソロで行けるかな」
「大丈夫だよ。デスは鎌を担いで見た目怖そうだけど実は柔やわだったから。1Fがセーフティだしメダルで飛んですぐじゃん」
そう、俺たちはボスを倒してメダルをドロップした。そのメダルはダンジョン内のセーフティゾーンへと飛べるのだ。
リンさんは目の前の空間見つめて何かを考え込んでいた。
ああ、ステータスを開いてアイテムボックスでも確認しているのか?
ゲームでは強化スクロールを使用するとプラス6までは安全に強化が出来た。
そこから先はOE(オーバーエンチャント)と呼ばれる失敗ありきの強化だ。
とりあえず何枚強化スクロールをゲットすればいいか……。
俺もアイテムボックスの中を見ながら考えていたら、突然リンさんが立ち上がった。
「決めた。うちも行くよ」
「え?どこに?」
「デスやりに」
デスやりに?その「やる」は『殺る』ですか?
「リンさんも武器強化するんか?もう強化済みだろ?」
「うちのじゃなく、娘らの。ちょっとパラんとこ行ってくる」
リンさんはそう言うとやまと屋の三階へと上がっていった。
やまと屋の3階にはパラさん一家が住んでいる。
パラさんもゲームの時の仲間だ。
しかし、いったいパラさんに何の関係が?
実はパラさんは強化名人とか言うんじゃないよな?(いや、もしそうなら是非SLSの強化をお願いしたい)
程なくしてパラさんが3階から降りてきた。リンさんと一緒に。
「カオるん、強化スク獲りに行くんだって?」
「ああ…」
「俺も行くわ」
「おう?」
何故?
「ねぇ、折角だから強化する本人たちも連れて行こうよ。うちんとこは凛(りん)と珠州(すず)ね。パラさんちは?」
「そうだな。自分で獲って自分で強化する方が有り難みはあるな。うちは、結月(ゆづき)と結愛(ゆあ)だな。カオるんはダンも連れて来いよ」
リンさんちの凛と珠州、パラさんちの結月と結愛は冒険者の依頼を受ける時は4人でパーティを組んでいるそうだ。
クイーンズかプリンセスズか、そんなパーティ名だったか?
本格的に冒険者になるわけでは無いので武器もあるものを使わせていたそうだが、今回の話を聞いて4人の武器も強化する事にしたそうだ。
ダンにその話をしたら大喜びだった。
「嘘だろ!やったぜ、死霊の森の地下ダンジョンだ!しかもパラ師匠と!」
……ん?
今、パラ師匠って言った?
そりゃあパラさんは前衛の星、高レベルナイトだから憧れるのは解る。
けどさ、お父さん、ちょっと複雑。
リンさんにポンポンと肩を叩かれた。やめて、余計に悲しくなる。
あっちゃんや山さんにもこの事を話すと、やまと屋を1週間ほど夏季休業にしてはどうかと提案された。
皆大喜びである。
従業員はバラバラではあるが季節ごとに休暇はあった。
だが店ごとの長期休業はやった事がなかったので、「一緒に出かけられる」と喜んでいた。
うち(やまと屋)はギルドと密着した関係なので、翌日にはゴルダに相談をし、休業日を決めて来た。
店内やギルドに休業日の知らせの貼り紙をしたり、お得意さんに伝えたりした。
俺たち8人(俺カオ、ダン、リンさん、凛、珠州、パラさん、結月、結愛)は、ダンジョンキャンプの準備をした。
ダンジョン1Fへはボス討伐で貰えるメダルでテレポートが可能だ。
やまと屋では毎年、成人を迎えた子を連れて、死霊の森ダンジョンの「上下ボス討伐ツアー』を行なっているので、今回のメンバー全員がメダルは持っている。
やまと屋の残った面々も、色々な計画を立てているようだ。
「街の外で薬草採り大会!」
「王都にショッピングに行きたい」
「海、海に行く!」
「あ、うみ、うみ、うみ行く!」
「ダルガに海水浴、いいねぇ」
「海鮮三昧する。イカ焼き、お母さん醤油忘れないでね」
そんな喧騒の中、ひとりだけ浮かない顔でチラチラと俺を見るマルク。
「ダメだぞ。今回はマルクはダンジョンには連れて行かない。パーティは8人でいっぱいだからな」
「わがって…る、もん」
ああぁ、マルクの目に涙が盛り上がってきた。
だが、俺よ、耐えろ。
バチン!
いきなり後頭部を平手で殴られた。
頭を押さえつつ振り返るとあっちゃんだった。
「マルクが泣くのを堪えてるてのに、何でカオっちが泣いてるのよ!」
慌てて顔を拭った。
「汗だ、これは汗だぞ、ズズズビッ マルク、ごめんな。マルクは今度連れて行くからな」
「ヴン…うん。わかってるー」
「全く親父はマルクに甘いなー」
ダンが笑いながらマルクの頭を撫で、アリサは背中を撫でていた。
ふたりだってマルクには甘いだろ。
それに…。
「俺は、ダンにもアリサにも甘いぞ!」
俺は胸を張って宣言をした。
ダンもアリサも恥ずかしそうに顔を伏せた。
「カオるんは大概甘いけどな」
「そだねー。大甘だねw」
何故か皆が大笑いしていた。いいけどね。
なんだかんだと準備をして、店は夏季休業に入り、俺たち8人はダンジョンへと飛んだ。
ダンジョンの1F(セーフティゾーン)に6日間篭る予定だ。
メダルや帰還スクロールで帰ろうと思えば毎日帰れるのだが、そこはあえて6日間戻らずキャンプをする。(帰ってもみんなはダルガに泊まりがけの海水浴に出かけている。警備しか残っていない)
このダンジョンが発見された7年前は、このフロアはまだ閑散としていた。
ここまで降りてこられる冒険者がほとんどいなかったのだ。
今では幾つかの冒険者のパーティが野営をしていた。
俺たちも空いている場所に持ってきたテントを張った。
今回の目的は強化スクロールの入手だが、死霊の森ダンジョンの地下(21〜2F)はドロップがランダムだ。
金貨、宝石、鉱石、魔石、魔法書、テレポートスクロール、その他に武器や装備が落ちる事もある。
2Fのモンスターはデスのみだが、デスからのドロップもマチマチだ。
なので今回のキャンプでのドロップ品は一度全てを回収してから分配をする事にした。
初日はパラさん、リンさん、俺(のサモン)がデスと対峙して安全に倒す方法を教示した。
いや、主にパラさんだが。
「デスは動きが緩慢だ、特にあのデカイ鎌を振り上げた時がチャンスだ。臆さずに踏み込め!戸惑ってると上から鎌が落ちてくるぞ!」
「ヒールで一瞬足止めして攻撃、ヒールはデスに効くからね」
パラさんの横でリンさんも助言をしている。
俺はもっぱら、皆の回復役だ。
パラさんが弱らせたデスに止めを刺させたりしてデスに慣れさせていった。(ついでに俺もデスに慣れた)
2日目からは大人とペアで組み、戦わせた。
俺は杖、マナスタッフを持った。マナスタッフは叩いた相手からMPを吸う特性がある。(殺傷能力は低いがWIZには嬉しい特性だ)
まず俺がデスを叩き、デスの注目を自分に集めているうちにダンにはデスの後ろから攻撃をさせた。
ダンの方へ向き直ろうとするデスをボカボカと殴った。
MPもチューチュー吸えてヒールも使いまくりだ。
「ヒールオール!ヒールオール!」
ヒールオールはパーティを組んでいる仲間全員を同時に回復出来る魔法だ。
「カオるん、誰も怪我してないからw」
「MP満タンだけどチューチュー吸えるから使わないと勿体無くてさ」
「何だよ、それw」
パラさんもリンさんも笑いながらデスを斬り伏せていた。
3日目、4日目になると、ダンたちもだいぶ慣れてきた。
そこで5人で戦わせる。
大人達は下がって警戒のみだ。俺はヒールもしない。
子供らにヒールスクロールを持たせているからだ。
5日目になると、子供らは危なげもなくデスと戦っていた。
この世界にきた俺たち(ダン以外)にはステータスが見えるのだが、ゲームと違ってステータスには数字が表示されていない。
パラさん曰く、デスはレベル40くらいだったそうだ。
デスを倒せるという事は子供らのレベルはもっと上なのだろうか?
その日の夜、セーフティゾーンのテントの前で夕飯を食べながらそんな話をした。
「んー、どうだろな?レベルが上がり強くなったんじゃないと思うぞ」
パラさんがコーヒーを飲みながらボソリと呟いた。
「集中してデスのみを倒しているから、単に慣れってのが大きいな」
「そうだね、相手の癖とかもわかってるからね」
「それと、一般の冒険者に比べて、結月達の武器も防具も性能がかなりいいだろう?ゲームの製品だからな」
「そうなのか?」
「カオるんが持ってた武器や装備を大量にギルドへ卸したでしょ?あれで、ムゥナの街の冒険者のランクは一気に上がったからね。特に今は死んだり大怪我をする若い冒険者はかなり減ったね」
「俺たちだって武器装備を、街で売ってる物にしたら倒すのにかなり苦労すると思うぞ」
「そっか、そうなんだ」
俺たちはこの世界に来て、いつも神さまに助けられていたのか。
6日目はキャンプ最終日として、とにかく全員がひたすらデスを狩まくった。
何なら俺がそこら辺をウロツキ、デスを引いて来たくらいだ。
俺たちはデスキャンプを終えて、やまと屋へと戻った。
ドロップを回収すると、強化スクロールは53枚出ていた。
金貨や宝石、鉱石、魔石は等分に分けた。
余った半端分は、あとでジャンケンにするそうだ。
魔法書もヒール2冊、ライトが1冊出ていた。
そして「デスの鎌」という武器が出ていた。
魔法書と鎌はギルドに売って金貨にするよりも、いつか何かに使うかもしれないと、とっておく事になり、リンさんに預けた。
肝心の強化スクロールは53枚。
これはダン、凛、珠州、結月、結愛の五人で分ける事になり、ひとり10枚、余り3はダンが貰う事になった。
早速子供達は自分の武器を強化し始めた。
ダンにSLSを渡すと、6段階まで強化をしたようだ。
嬉しそうにSLSを頭上に掲げたり、手に持ったりとしている。
ダンが貰ったスクロールは13枚だ、あと7枚残っているはずだ。
「ダン、残りの7枚はどうするんだ?成功率は低いがオーバーエンチャントも出来るぞ?それとも装備を強化するか?」
ダンはSLSを大事そうに鞘に戻してから俺たちに頭を下げた。
「父さん、パラ師匠、リンさん、みんな、ありがとう。俺スクロールを多く貰ってあと7枚あるけど、これ俺のパーティの仲間に使っていいか?装備も強化したい思いはあるけど、自分ばかり強くなって安全になるのも、なんて言うか…甘いのかも知れないけど、違うかって思って…」
俺は何も言えなくなってしまった。
ダンが、ただ単純に喜ぶだけじゃなくてこんなに色々と考えていたのかと思うと、もう子供じゃないんだとハッキリと認識してしまった。
何て言っていいのかわからなくなっている俺の代わりにリンさんが口を開いた。
「ダン、若い頃のパーティはもっと大人になると変わるかもしれないよ?今の仲間に貴重なスクロールを使ってもいいのかい?」
ダンは少し考えてから答えた。
「いつだって今が大事だ。自分ひとりが先に強くなるより皆でゆっくり強くなりたい。父さんはずっとそうだった。惜しげもなく周りにバラまく、自分の分が無くなっても何か幸せそうだった。俺は父さんの子だからな」
ダンは、リンさんでなく俺向かって、俺の顔をしっかりと見つめていた。
俺の涙が止まらなくなってもしかたないじゃないか。
俺はダンに抱きついて泣いた。
王都に旅立つ時はちゃんと笑って送り出すから、今だけ泣いてもいいだろう。
良かった、あっちゃんやマルク達が留守で。
「まぁた、泣いてるの?カオっちー」
「何で泣いてるの!誰が父さん虐めたの!俺がやっつける!」
ぎゃあああ、みんなが戻って来たあああああ。
完
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