第17話
「なんですアイリス、来客中ですよ」
老女の視線に促され、アイリスは初めて私とミミに気が付いたらしかった。
慌てて居住まいを正すと、軽く会釈をした。
「お邪魔してしまってごめんなさい」
老女と同じこげ茶の瞳の少女だった。
年のころ十六~七と言ったところだろうか、おそらくこの家の娘なのだろう。
老女はアイリスの後を引き継ぐようにつづけた。
「こちらは私の孫のアイリス。
アイリス、こちらはジュールのところのお嬢さんよ」
「エマです」
私はそう言うと小さく会釈をした。
続いて、眠たげに目をこすりながら身体を起こしたミミが嬉しそうに声を上げた。
「アイリスお姉ちゃん!」
駆け寄るミミにアイリスが微笑みかける。
それからこちらに視線を合わせるように屈みこんだ。
「ジュールのところの? ということはあなたが小さな魔女さんね」
「ま、魔女?!」
思わずぎくりとして声が裏返る。
「ふふふ、ミミちゃんから聞いたわ。森に魔女のお友達がいるって。
二人とも魔女伝説が好きなのね」
私はミミに抗議の視線を向けたが、ミミは意にも介さず照れたように笑っている。
それからアイリスは思い出したように老女の方に向き直った。
「それよりも。おばあ様、これを見てください」
そう言ってアイリスが老女の膝に広げたのは新聞だった。
見出しには「クリフォード家の長男、アイリス嬢と結婚!」という見出しが躍っている。
老女は一瞥すると、アイリスに向かってほほ笑んだ。
「めでたいではないですか」
「めでたくなどありません! 私は、こんな、政略結婚なんて!」
アイリスは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
老女は素知らぬ顔でお茶を啜る。
不穏な空気を感じ、私はそっと二人から離れた。
「あの……、私たちはそろそろ……」
恐る恐る声をかけると、老女はこちらを向きすまなそうに目じりを下げた。
「バタバタしてしまってごめんなさいね。またいつでも遊びに来て頂戴」
「おばあさま! 私の話を聞いていらっしゃるのですか?!」
ヒートアップするアイリス嬢と、泰然自若とほほ笑む老女を後に残し、私はミミを連れて邸宅を後にした。
◆◆◆
すっかりと長居をしてしまったせいで、日はだいぶ傾いていた。
夕刻ということもあり、市場はにぎわっている。
「ね、せーりゃくけっこんって何?」
ミミがこちらを見上げるようにして尋ねた。
「政治経済的目的のために取引のひとつとして行われる結婚のことだ」
「よくわかんない」
「……本人が望まない結婚ってことだ」
「そっか……。アイリスお姉ちゃん、可哀そうだな」
ミミはそう言うと小さな口を尖らせた。
「クリフォードさんって、私知ってるよ。
こーんなおひげで、アイリスお姉ちゃんよりうんとおじさんなんだから」
ミミは「こーんな」のところで顔の前で大きく両手を開いた。
どんなおひげなのだか。
森の入り口が見えてきた。
町の中心を離れたため人通りも減り、辺りには私とミミしかいない。
ミミは調子づいて道の前に踊りだすと続けた。
「それでね、クリフォードさんっていっつも怒ってるの。
ここんところにぎゅってしてるんだよ」
ミミは自分の眉毛と眉毛の間を指さすと思い切り皺を寄せて見せた。
私は思わず吹き出す。
「そんなやつがいるか」
「ほんとだもん! クリフォードさんなんてアイリスお姉ちゃんには似合わないよ……」
「あ、おいミミ!」
後ろ向きで歩いていたミミがどんと、しりもちをついた。
丁度森の入り口のあたりに立っていた人物にぶつかってしまったのだった。
「ミミ! 大丈夫か」
私は人影の前で立ち上がれずにいるミミに駆け寄った。
かなり大柄な男が、ミミを見下ろしている。
右手にはミモザの彫り込まれた銀の懐中時計を持っており、軍服に包まれた左手は背中に回していた。
「ミミ?」
呼びかけると、ミミはしりもちをついたまま、気まずそうな顔でこちらに振り向いた。
「えっと、あのね。
エマ、こちらクリフォードさん……」
帽子の下に隠れた男の鋭い視線がこちらに向けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます