004 謎の資料
それはタンスの一番下の段にあった。
ホチキスで止められた古ぼけたA4用紙の束がたくさん。
ファイリングされておらず、無造作に入っていた。
「ずいぶん年季の入った資料だ」
とりあえず適当に掴んだ物をちゃぶ台に置いた。
「何か書いているよ!」
真向かいから伊織が覗き込む。
紙が反対を向いているため文字が読みにくいようだ。
インクがかすれているのも関係しているだろう。
「何かの台本みたいだ」
ページをめくってみる。
脚本形式で何やら文字が書いていた。
「もしかしてここ、映画で使われたのかな?」
「そうかもしれない」
中のページは文字が鮮明で読みやすい。
古臭いフォントで膨大なセリフや状況説明が載っている。
それを見ていてピンときた。
「セリフがずっと一人だな」
「それになんかドラマや映画ぽくないね。こことか『カメラにアップで映るように』とか書いているし」
「ドラマや映画じゃなくて番組の台本っぽいな」
「たしかに!」
俺たちは無人島サバイバル番組の台本だと結論づけた。
かつてここでその手の番組が撮影されており、この小屋は当時の遺物だと。
「他の資料も確かめよう」
タンスの中をひっくり返し、ほこり臭い資料を片っ端から見ていく。
それによって、俺たちの結論もとい仮説が正しいと確信した。
「見て雅人君、地図があるよ」
「おお!」
伊織が周辺の地図を発見した。
二枚あるが、どちらも紙質が他の用紙と異なっている。
おそらく地図帳から目当てのページだけ切り取ったのだろう。
「アナログの地図を見るのは人生初だな」
「そういえば私も!」
今までネットの地図サイトしか見たことがなかった。
そのため勝手が違って見にくい。
「たぶんこれが現在地だよな」
「私もそう思う」
俺たちが分かったのは、離島の一つに赤丸が付いていたからだ。
それがなければこの地図は何の役にも立たなかった。
「仮にこの赤丸が現在地としたら、俺たちは静岡の南にいるわけだ」
北に50kmほど進むと浜松市がある。
「海難事故に遭遇したのもその辺を航行していた頃だったから、赤丸はこの島で間違いないと思う!」
伊織の意見に「同感だ」と頷いた。
「現在地が分かったのは大きいな。救助が来なくても自分たちで脱出できる」
「え、イカダを作るってこと?」
「最悪の場合はね。もちろん可能なら避けたいよ。でも、緊急時の対応としてそういう選択肢が出てきたのは大きいと思う。今まで島を脱出しようにも進む方角が分からなかったわけだし」
「そっか! 現在地が分からなかったらこの島で過ごし続けるしかなかったんだ! 闇雲に海に出ても絶対に死ぬもんね」
「うむ」
現状は変わりないが、それでも急速に安堵感が広がった。
「でも不思議だよね。なんで島にライオンがいるんだろ? 日本の無人島にライオンがいるなんて話は聞いたことがないよ」
伊織の疑問は当然のことだ。
俺も資料を漁り始めてすぐの時に同じ事を思った。
「推測だが、それなりに納得できる説明がある」
「ほんとに!?」
俺は頷いた。
「この島で撮影がされていたってことは、この島はテレビ局が所有しているわけだ。それは間違いないだろ?」
「うん」
「おそらくテレビ局は撮影用に手を加えまくったんだ。ライオンはその一環だろう」
もっと言えば、小屋までの道中に生っていた果樹もそうだ。
猿やシマリス、他の動物も同様である。
「テレビ局がライオンを!? そんなことありえないでしょ!」
ないない、と笑う伊織。
だが、俺はそれに釣られて笑いはしない。
本気だからだ。
「たしかに現代ならありえない」
「え?」
「ここで撮影がされていたのはきっと俺たちが生まれる10年以上前――昭和だ。正確には日本が未曾有に好景気で盛り上がっていたバブル期だろう」
「――!」
父親に聞いたことがある。
バブル期のテレビ番組に放送倫理などというものは存在しなかった、と。
ゴールデン番組に全裸の女が出てくることも日常茶飯事だったらしい。
「バブル期は今と違ってネットが発達していなかったし、テレビの勢いは今の数十・数百倍もあったという。視聴率を稼ぐために潤沢な予算で島を丸ごと開発したわけだ」
「バブルの崩壊によって島も放置されちゃったってことね」
「もしくは視聴率争いに勝てず番組が打ち切りになったか。どちらにせよこの島は約30年も放置され、その結果、独特の生態系を形成するに至ったわけだ」
資料から昭和時代の遺物と推測するのは容易かった。
スマホはおろか携帯電話というワードすら出てこないからだ。
当時はまだ普及していなかったのだろう。
「やっぱりすごいなぁ、雅人君は」
ポツリと伊織が呟いた。
「何がだ?」
恥ずかしくて声が上ずってしまう。
「ここにある資料だけで色々と分かっちゃうんだもん」
「推測だから確証はないよ」
「私は当たっていると思うよ。説得力があるもん!」
「そ、そうかな? へへ」
我慢できずにニヤけてしまう。
「もしこの島に漂着したのが私だけだったら、ずっと海辺で泣いていたと思う。雅人君が一緒だからここまで来られたんだよ。だから私、雅人君って本当にすごいと思う!」
「ま、まぁ? そう言ってもらえたならよかったかな?」
もはやニヤけるのを隠しきれないでいた。
「頼りにしているね! 絶対に生きて帰ろうね!」
ニコッと微笑む伊織。
あまりにも可愛くて、俺は爆発しそうだった。
「あ、ああ! 必ず生還しよう!」
俺は何が何でも生き抜く覚悟を決めた。
あの学校一の美少女・二階堂伊織と親密な関係になれたのだ。
人生で一度あるかないかの機会だから大切にしないと。
「それではリーダー、次の指示をください!」
座ったまま敬礼する伊織。
「リーダー!?」
「そりゃそうでしょ! ここでは雅人君がリーダー! 私はその指示に従う隊員A!」
俺は「責任重大だ」と笑った。
「ならとりあえず――」
最初に見た台本を手に取り、パラパラとページをめくる。
そして、ある単語を指しながら言った。
「――穴を掘るか!」
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