第34話

 カーテンから、漏れ出た朝日が顔にあたり、ロゼッタは目を覚ました。起き上がって周囲を見渡したが、見覚えのない部屋だ。

 聖女宮の寝室ではないし、領主館の部屋とも違う。


「あら?私どうしたのかしら、ここはどこ?さっきまで私……」


 アロンツォに馬車へ押し込められ、連れて行かれたが、エルモンドたちが、助けに来てくれたこと、アロンツォに剣で刺されたことを、ロゼッタは思いだし、刺されたはずのところを確認した。


「確か、ここを刺されたのよね?傷がないわ。夢でも見たのかしら、エルモンドとジェラルドは、どこへ行ったの?アリーチェ?」


 誰の返事もない。ロゼッタは状況が分からず、誰か分かる人を探そうと思い、ベッドから出て、パジャマのまま部屋の外へ出た。


「すごい神殿ね、王都の神殿より、大きくて荘厳。だけど、どうしてかしら、ここに来たことがある気がする——おでかけすることなんて、あまりなかったから、来たなら覚えているはずなのに」


「それは、其方そなたの生まれる前の記憶だ」


「わっ‼︎驚いてしまいましたわ——」ロゼッタは、背後から突然声をかけられ、飛び上がった。誰に声をかけられたのか、その顔を見て気がつき、さらに驚き、腰を抜かしそうになった。「まあ⁉︎エキナセア様?」


「ロゼッタ、お前はの血を分けた子だ。人として生まれる前、ここにいたことがある。だから、潜在意識の中に、この場所が刻まれているのだろう」


「私が、エキナセア様の子供?まさか、私のお父様は、ピエトロ・モンティーニで、お母様は、グレタ・モンティーニです」


「其方の母は、其方を産みはしたが、血の繋がりはない。もちろん父親とも、血は繋がっていない。あの夫婦は、清らかな魂を持っていて、余の子を育てるのに値すると思い、託しただけだ」


「私は神の子ということですか?」にわかには信じられず、ロゼッタは訝しんだ。


「神の子であり、其方自身も、神なのだ」


「私が神⁉︎」ロゼッタは目を丸くして驚いた。


「余の子を人に育てさせるのは、人の心という物を、知って欲しいからだ。神とて、人の心までは、分からんからな」


 ロゼッタは、合点がいったことがあり、興奮して早口になった。「では、300年に一度、神聖力を持って生まれる子供がいるのは……」


「ああ、そうだ。あれらは皆、余の子だ」


 だとすると、一つの疑問が生まれた。

「それではなぜ、魔族の大陸、ヘリオトープには、神聖力を持った人が現れないのですか?」


「ヘリオトープを治めている神々は、子を産み、育てようなどと、考えもしないのだろう。あいつらは、怠惰だからな」


「そんな理由で、魔大陸は、瘴気があふれているのですね……」ロゼッタは呆れたように笑った。


「余は、人の心など分からん。知りたいとも思わん。だから、其方たちを人に預け、余の代わりに、人の心を知ってもらいたいのだ」


「私の父は?誰なのですか?」


 エキナセアは、面倒な物を追い払うように手を振って、答えを濁した。「厄介な男神だ。そのうち姿を見せたときに、紹介する」


 神といえども、男女の厄介ごとは、人と等しく、あるのだなと思い、ロゼッタは面白がるように笑った。

「エキナセア様、私——剣で刺された気がするのですが、死んだのでしょうか?」


「コロニラは、余の子を殺めた罪を、背負うことになるだろう」


「そんな……悪いのは、ヴェルニッツィとモディリアーニだけです。他の人たちは、何も悪くないんです」


「全てを綺麗さっぱり片付けて、やり直せばいいだけだぞ。何をそんなに、慌てることがある?」


「綺麗さっぱり片付けない方法は、ないでしょうか?罪のない善良な人々まで、巻き添えには、したくありません。例えば……エキナセア様は、私を育ててくれた両親の魂は、清らかだと言いました。彼らを助けなければなりません。我が子を育ててくれた、恩がありますでしょう?」ロゼッタはエキナセアを説得しようとした。


「其方は人が好きなのか?」


「難しいですわね。相手によりますし、人という大きなくくりで言うと、好きなのでしょうけれど、どの程度好きかと聞かれたら、さほど好きではないと、答えるでしょうね」ロゼッタは、困ったように笑った。


「何だそれは、結局どっちなのだ?」


「人とは、曖昧な生き物です。全てのことに、白黒つける必要はないってことです」


「よく分からんが、まあよい、ついて来い、よいものを見せてやろう」エキナセアは、外へ向かって歩き出した。


 説得は上手くいっただろうかと、ロゼッタは不安に思いながら、エキナセアについて歩いた。


 宮殿の外へ、ロゼッタは一歩足を踏み出した。そこは、広大な草原が広がり、聖獣たちが寝そべったり、走ったりしている。頭上では、精霊たちが飛び回って遊んでいた。


 その中に、見知った聖獣たちを、ロゼッタは見つけた。

「マルーン、ゴールデンロッド!シンバも、ドジャーも、無事だったのね」召喚できなくなってから、ロゼッタは聖獣たちを、ずっと心配していた。


 ドジャーはロゼッタの頭上を、楽しそうにくるくる周り、マルーンとゴールデンロッドは、ロゼッタに飛び乗り、シンバは、鼻をロゼッタの腰に回して、擦り寄った。


「其方は、聖獣に好かれているな」


「私も聖獣が大好きですのよ」


「人は、さほど好きではないと言い、聖獣は、大好きだと言った。そんな其方に、精霊の王は、適任だと思うのだが、精霊女王にならないか?」


「精霊の王⁉︎私には務まりませんわ。それに、精霊王様なら、すでにいらっしゃるのではなくて?」


「余の愚息——其方の兄だな——精霊王を辞めたいと言い出した。あれは、人界が好きでな。理解できんが、引退して、各地を巡る旅がしたいのだそうだ。それで、其方を、次期精霊女王にと思っている」


「そんな大役——自信がありませんわ」


「其方は、聖獣にも精霊にも好かれておるではないか、それだけで、王の素質がある。人を好きではないというのも、また、重要な素質だ」


「なぜでしょうか?」


「人が好きならば、誰も彼も、愛し慈しみたくなるだろう?だが、全ての人を助けるなど、無理な話だ。ならば、無関心の方がよいということだ。精霊女王、引き受けてはもらえないだろうか」


「——少し考えさせてくださいませ」


 両親が、実の親ではなく育ての親で、私は、女神エキナセアの子。自分が死んでしまったことが、どこかへ吹き飛んでしまうほどの衝撃だ。


 その上、精霊女王にならないかと提案された。突然に色々なことが起きて、処理しきれない、落ち着いて、じっくりと考える必要があると、ロゼッタは思った。


 それに、死んだことを嘆く時間が、自分には必要だ。エルモンドに、もう会えないのだと思うと、胸が痛んだ。


「神殿の中は、どこでも自由に、見学するがいい」エキナセアは、神殿の中へ消えていった。


 それから1か月、ロゼッタは神殿の中で寝起きし、昼は聖獣や精霊たちと過ごした。


 そして、ロゼッタは決意した。

「エキナセア様、私やります、精霊女王。精霊の皆さんも、聖獣の皆さんも、私に女王になってほしいって言いますし、私も、皆さんを守りたいと思うんです」


「そう言ってくれると思っていた。では、頭をこちらへ」


 ロゼッタはエキナセアの手の下に頭を差し入れた。


なんじロゼッタは、精霊に礼を尽くし、よき指導者になると誓うか?」


「誓います」


なんじロゼッタは、聖獣の尊き命を慈しみ、敬うと誓うか?」


「誓います」


「では、其方は本日をもって、精霊女王となる」


「ありがとうございます。エキナセア様」


「ロゼッタではなく、これからはローズと名乗れ」


「ローズ——精霊女王ローズ」


「気に入ったか?」


「はい、気に入りました」


「其方に宮殿を、建ててやらねばな」

 エキナセアが手に石を乗せ、神力を込めると、ただの石だったものが、みるみる大きな宮殿へと変わっていった。


「すごい!宮殿だわ!」


「其方も練習すれば、できるぞ。其方の神聖力は、神力の初期段階だからな」


「私に神力が⁉︎では、私も精霊みたいに、神術が使えるのですか?」


「神の神力は精霊の神力より強いぞ、国1つ潰すことなど、わけないわ」


「コロニラを崩壊させないで済む方法は、ありませんでしょうか?」ロゼッタは、この1か月、コロニラに対する天罰を、軽くしてくれないだろうかと、慈悲に訴え続けたが、エキナセアは、なかなか頷いてくれなかった。


 そもそも、人の心が分からないと言っているのだから、慈悲なんて、あってないようなものなのかもしれない。今まで、自分は無駄なことをしてきたのかもしれないと思い、ロゼッタは頭を悩ませた。

 この神は、良くも悪くも、厳しい神だった。


 いずれコロニラは衰亡する。家族のことは、エルモンドたちに任せておけば大丈夫だろうけど、聖女宮の侍女たちは?その家族は?ロゼッタは、親切にしてくれた皆の力になれたらと、考えていた。


「精霊女王、其方が考えよ」


「私がコロニラを救う方法を、考えてよいと——何をしてもよいのでしょうか?」


「其方がしたいと思うことをすればよい。神の力は偉大だ。実現不可能なことなど、何もない。ついて来い」


 エキナセアは、新しくできた宮殿へ向かった。


 広い宮殿の中に、大きな水瓶が置いてある。そこでエキナセアは立ち止まった。

「会いたい者の顔を、思い浮かべて覗いてみよ」


 ロゼッタはエルモンドの顔を思い浮かべた。

 水瓶の中を覗き込むと、そこにエルモンドが現れた。

「エルモンド!エルモンド!」


「こちらの声は聞こえぬ。今日は其方の裁判の日らしい」


「私の、裁判……エルモンド」


 水瓶に映るエルモンドは、生気を失ったように見え、まるで幽霊だと、ロゼッタは思った。


 打ちひしがれているエルモンドを、ロゼッタは愛おしく思った。自分の死を、そこまで悲しんでくれていると思うと、申し訳ないような、嬉しいような、複雑な気持ちになった。


 初めての恋人、ショッピングとか、ランチとか、観劇とか、夢を見ていたことは、たくさんあったのに、何一つ叶えられなかった。

 唯一の素敵な思い出は、舞踏会の日、一緒に踊ったことだ。


「見学するがいい。コロニラを救う方法が思いつくかもな」エキナセアは、ロゼッタを残して宮殿を出ていった。


 それからロゼッタは、連日開かれる裁判を、傍聴し続けた。

 最初は、エルモンドの顔が見られて嬉しかったが、暗く沈んだエルモンドの顔を見ているだけで、何もしてあげられないことが辛く、励ましてあげられないことに、苛立ちを覚えた。


 最終弁論が終わり、いよいよ判決だという日に、ロゼッタは、エキナセアに頼んだ。

「エキナセア様、向こうの世界へ行くには、どうすればよいのでしょうか?」


「其方の神力はまだ弱い、向こうの世界にはいけない」


「こちらに来ることは、できましたわよ」ロゼッタが、にやりと笑った。


 エキナセアは苦い顔をした。「それは、余が一緒だったからだ」


「エキナセア様が、一緒に行ってくださるなら、向こう側へ行ける、ということですね」


「其方は憎らしい。あの男に会いたいのか?連れてくることはできないぞ、あれは、ただの人だからな」


「分かっていますわ。私だってエルモンドには、生きていてほしい。私のことを忘れないでいてくれたら、嬉しいですけれど、それ以上に、自分の人生を歩んでほしいんです」


「では、何をしに行くのだ?」


「私の裁判なのですから、私が罰を下してもよいのではないでしょうか?」


「なるほど、コロニラへの罰も、自分で決めると?」


「はい、その通りですわ」


「よいだろう。何やら面白そうだし、連れて行ってやろうではないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る