第七話 武士の風上にも置けない戦い方

「待ちやがれ!」


 追跡してきた賊が怒気を帯びた声で言う。


 それがしは義平が戦っている地点から背を向けて駆け出していたのだが、やはり賊が追いかけてきたのだ。


「そ、それ以上近づくと痛い目に遭うがいいのか!」


 肩越しに出鱈目でたらめを言うと、


「逃げてる癖に何言ってやがる!」


 賊は持っている太刀を振り上げて斬りかかろうとしていた。しかし、


「くそ! 妙に足が速い!」


 背後からそんな声が聞こえる。


 このまま走れば逃げ切れると、そう思っていると道が二つに分かれる。一方は先程までいた本堂に続く階段、他方は本堂の裏を回って山の頂上へと続く道。本堂の付近では僧兵と賊が戦っておる。ゆえにとるべき道は一つ。


 躊躇ちゅうちょせずに山の頂上へと続く道を走り抜こうとするが――、


「そいつが義平か? なんだが噂と違うな」


「落ち延びている最中に人相が変わったとかじゃないのか?」


 前方から二人の賊が現れたので某は驚きを隠せなかった。


 また二人は他の野盗同様、直刀の太刀を持っておった。


 まさに前門ぜんもんの虎後門こうもんの狼。

 

「そいつは義平じゃないぜ、ただ野郎と一緒に行動してたから源氏に所縁ゆかりあることには違いない」


「そりゃあ、逃す手はないな!」


 三人の野党はほくそ笑みながら某を見据える。


 関係ないのに……僅かな間だけ武士になっていた農民なのに……! 


 なんでこんな目に合わなければならんのだ!


「よっ、よく聞けいいいいいっ‼」


「「「⁉」」」


大声を出すと賊達は瞠目どうもくする。


「某は義平公よしひらこう……いな、義平に剣技を教えた師であり、源氏一門を鍛え上げた人物でもある! そんな人物に戦いを挑むというのなら止めはせん!」


 抜き身の刀を掲げてべらぼうにまくし立ててみた。


 これで賊達は嘘に踊らされて容易に攻撃することはないだろう――


「でまかせ言ってんじゃねぇぞ!」


「ひぇぇぇ! すみませんでした!」


 前方にいる賊が二人同時に向かってきた!


 某は刀を地面に置き、目の前まで近づいてきた賊に対して両手と膝を地面につけてこうべを垂れてみせる。


「ぎゃははは、情けねぇ!」


「それでも武士かよ」


 二人の不埒者はそんなことを言う………いかん、しゃくに触ってきた。


「ほれ! もっと頭を地面に擦りつろよ!」


「…………」


「さっさとっ、ぎゃぁぁぁぁぁあああ!」


 不快感を覚えた某は地面に置いた刀の柄を掴み、無言で賊の一人の下腿かたいを横薙ぎに斬りつけた。斬られた者はすねを抱えて転がる。


「こいつ!」


「卑怯な野郎だ!」


 前後にそれぞれいる賊が言う。


 まさか、こんな連中に卑怯と言われる日が来ようとは。


 某は挟撃されそうになる。


 とりあえず背後にいる者より、目の前にいる賊をなんとかするべきだろう。


「あ、あれは⁉」


「ん⁉」


 某が目線を横に逸らし、その方向に向かって指をさす。ちなみに道の両側には草木が広がっているだけで何もない。


 賊は一瞬だが、某が指をさした方向を見る、その間に!


「ふんっ!」


「ぐうぇっ……」


 両手に持った刀を相手の腹部に突きつけた。


 僧侶からもらったこの刀は切先両刃造きっさきもろばづくり(切っ先のみ両刃となっている刃の造り)となっていて斬撃だけではなく刺突も有効なので賊に深々と刺さっていた。


 この者はもう長くは持たないだろう。


「よくもよくも‼」


 背後にいる賊が怒気を含ませた声で叫ぶ。


 某は急いで刀を賊の腹部から引き抜く!


 その賊が呻きながら倒れるのを聞きながら――


「そっ、それ以上近づくではない! お主達の仲間がどうなってもよいのか!」


 下腿を斬りつけられて転がっている賊の首に血濡れた切っ先を向けた。


「ひぃ!」


 刀を突きつけられて怯える賊。


「くっ……この下衆げすめが!」


 仲間を案じ某を罵倒するもう一人の賊。


 というか誰が下衆だ! 


 先に襲ってきたのはお主達の方なんだが。


 しかしこの状況、完全にこっちが悪者ではないか。


「仲間に手を出すな! 俺は今から去るがお前の顔は覚えたぞ! 腐れ外道!」


 と言って一人の賊は去って行った。


 にしても、なぜあんなことを言われなきゃいけないのだ。


 何はともあれ、なんとか場を切り抜けた某は刀を鞘に収める。これで一安心だ。


「さっきは……」


「ん?」


 声がする方向を振り向くと転がっていた賊が立ち上がって太刀を持っている。


「よくもやってくれたなぁぁぁぁ!」


「うわああっ、気を抜いてしまうた! 義平公お助けを!」


 滅多やたらに太刀を振るってくる者から逃げるために来た道を走って戻ることにした。

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