夏の名残の薔薇
水玉猫
誰が殺したクックロビンおれだよとカワセミが言った
駒鳥は洋上のコンテナ船に一人潜入した。
ありふれたコンテナ船にカムフラージュされていたが、内部はバイオテクノロジーのトップ企業ソール・オリエンスの研究開発本部だった。
ソール・オリエンスは情報戦を制し世界経済を思いのままに操るために秘密裏にある計画を進めていた。
コードネーム
情報部工作員。0728LB
駒鳥は幾重にも敷かれた警備を難なく突破し、アラートが鳴り響く中、船の深層部
難なく?
そう、この船の警備は甘すぎたのだ。罠だ。百戦錬磨の駒鳥がそれに気付かないはずはない。駒鳥は冷酷非情。これまでどれだけの数の仲間を切り捨て見殺しにしてきたのか。それなのに——。
駒鳥は
コードネーム
同工作員。0120AO
駒鳥と共に血と火薬と金属の焼ける匂いが鳥籠に入ってくる。駒鳥の背後には警備員や研究者たちの残骸が累々と転がっているのだろう。駒鳥の仕事振りは相変わらず問答無用だ。情け容赦もない。ヒューマノイドがどれだけぶっ壊れようと、どこのどいつが死のうと知ったことではない。
翡翠は駒鳥を見上げたまま片頬だけで薄く笑う。
「なにしにきたんです?」
駒鳥は答えずナイフを取りだすと、翡翠の肩を乱暴に掴んだ。黒髪が揺れる。駒鳥はその髪が切れるのも構わず翡翠の拘束衣を切り裂いて行く。幾筋もの髪と共に拘束衣が床に落ち、翡翠のしなやかな裸体が現れると、駒鳥の眉が微かに動いた。
翡翠のなめらかな皮膚の上には二つのメスのあとが大きくクロスしている。
すぐに駒鳥は表情を収め平静を装ったが、内心ではひどく動揺していた。くそばばあ、おれの相棒になにをしたんだ。
翡翠は駒鳥の動揺が手に取るようにわかった。何事にも動じないはずの駒鳥が、手術跡を見て狼狽えるのがひどく面白かった。
「さあ、行くぞ」
駒鳥が翡翠の腕を掴んだ。駒鳥の体から硝煙と煙草の匂いがした。煙草の匂いを嗅ぐのはどれだけぶりだろう。駒鳥はヘビースモーカーだ。翡翠も駒鳥とバディを組むようになってから喫煙量が増えた。雇われスパイから昇格して正規の工作員になって給料が上がり煙草代を気にする必要がなくなったのもあるが、何より駒鳥の影響が大きかった。翡翠は駒鳥を尊敬し憧憬し、自分自身も駒鳥になりたかった。翡翠は夜も日もないほど駒鳥を愛していたのだ。
「煙草、ください」
唐突な翡翠の要求に、駒鳥は今度は露骨に眉を顰めた。
「バカか、おまえは」
「煙草、ください」
「この船から逃げる方が先だ」
「捕まってから、おれ、2ヶ月禁煙してたんです」
「逃げるのが先だって言ってるだろが、ボケ」
「
「船に何が仕掛けてあるかわからないだろう。命と煙草とどっちが大事だ」
「煙草、ください」
駒鳥は翡翠の横っ面を張り倒した。
翡翠はまた可笑しくなった。この人はいつだってこうだ。翡翠は駒鳥の手袋の下の武骨な指を思い描いた。翡翠の頬を撫で、クロスするメスの傷など無かった体を愛撫し、黒髪を巻き付けた駒鳥の長く冷たい指を。
「おまえは——」駒鳥はフッと息を
「ふふふ。あなたはいつだって、おれの言うことを聞いてくれます」
「だから、おれの言うことも聞け!」
「あなたの怒った顔は好きです。あなたはいつだって、おれを助けに来てくれます」
翡翠は駒鳥が脇に置いたナイフを握ると、躊躇いもなく彼の腹に突き刺した。
駒鳥は何が起こったのかわからず、翡翠を見た。完全に油断していた。翡翠は愛おしそうに駒鳥を引き寄せ、さらに深くナイフを刺し通す。
駒鳥は口を開いたが、口から出てきたのは罵倒ではなく血だった。ゴボゴボと吐きでる血が翡翠に掛かった。赤い血が黒髪を伝い降りる。
翡翠は駒鳥を横たえた。駒鳥の唇が微かに動く。翡翠は悲しげな目で駒鳥を見下ろした。
「あなたにわかるでしょうか。おれがあなたの罵声が聞けないことを今どれだけ寂しく思っているか。だから次に会うときはあなたの気のすむまで、おれを大声で罵って殴ってください。おれのこと、殺したってかまやしません」翡翠の髪を伝う血が、ポタポタと駒鳥の上に帰っていく。「だけど、おれのこと愛してくださいね。おれがナイフを突き立てながらあなたのことを愛したように。ちゃんと愛してくれなければだめですよ」
駒鳥の目から、急速に光が消えていく。
「おれ、もう
翡翠は束ねた黒髪を駒鳥の上に置き、ナイフで彼の体に刺し止めた。
「
彼は駒鳥の口に口づけをし、落ちていた煙草を駒鳥の唇の間に挟むと火を付けた
「おれ、必ず、あなたを見付けますから。それまで一服して待っていてくださいね」
数分後コンテナ船は木っ端微塵に爆破され、駒鳥と共に海の藻屑となって消えた。
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