夜の毒蝶~男を信じれない遊女と感情を知らない諜報員~

孤月

第1話 【花街】

夜に騒がしいこの街はやっと気だるい朝を迎えていた。昨夜までは提灯の中や障子の間から妖しい光が踊っていたはずが今はすっかり色あせていた。


「おや、孤蝶。昨日は茶引きのはずだったのじゃなかったかい?」

1人の遊女が豪奢な着物を脱いでいると、その店のやり手が声をかける。

「このはずだったのでありましたが、仕事が入ったので…」

この店で恐れられている人物に違いないやり手の前でもこの遊女は着物を脱ぐ手を止めることはない。

「孤蝶花魁や、また仕事が入ったのかい?今週で5度目だよ?」

そしてやっとその遊女は振り返った。

漆黒の絹のような髪がどこか濡れた印象のある輝きを放ち、その目は化粧で彩られているせいか、余計に際立って見える。まつ毛の長さと鋭い視線があいまって威圧的な雰囲気を与えるであろう目が今は伏せ目がちで艶めかしい。

「最近はどうもお盛んな方が多いようで」

そう言いながら陶磁器のように白く細い指を髪の上に滑らせながら、ついと飾りを取っていく。

「花魁である私がこんなにも仕事をしてはみっともないと噂されるでしょうか?」

孤蝶はやり手の方をじっと見つめる。その視線に耐えかねたようにやり手は視線を外して

「いいや、そういう訳じゃあないが、1度でも関係を持った殿方を殺すのは少しは心労になるんじゃないかと思っただけさ」

孤蝶はふっと鼻で笑う。その仕草すらやけに艶めかしく男を興奮させるのだろう。

「男相手に私が神経を使う必要がありません死体の処理をきちんとして頂ければそれで」

やり手は当然の如く頷く。

「それはやっているけれども、私の時代はこんなにも殺すことはなかったのにね」

「時代は変わり人も変わります」

孤蝶はそれだけいうと鏡に向き直り髪を櫛削りだした。

「そうかもねぇ。そんじゃ、先に湯を沸かしとくから入りなよ」

「はい、ありがとうございます」


例えばだが、男の夢の園とも言える花街が国の諜報機関だったらどうするだ ろうか。


また、その花街で傾国の美女と称えられる花魁がその諜報機関中でも優秀な諜報員だっ たとしたらどうだろうか。


国にとって有益になる情報を聞き出してから、もう用がなければ、裏通路から帰らせる。 そして、その人物を射殺する。


そして、その射殺までも花魁が請け負っていたとすればどうするだろうか。

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