ベレンズ王(2)

「こっ、国王陛下にお会いした!? ごほっ」

「デュレイ、何つっかえてるんだよ、落ち着けって」


 席を立って手を伸ばし、ゼルは向かいに座る友の背を叩いてやった。口に入れたばかりの米を、上手に喉に引っかけてしまったようだ。


「あ、ありがと、ゼル。でもすごいなあ、さすがは大貴族だ。新兵全員の代表なんだね」


 目元ににじんだ涙をこすって、デュレイはやっと顔を上げた。ゼルもほっとして、腰を下ろして夕食を再開する。メンクの宿と同じように部屋で楽しんでいる食事は、王都ということもあってか品数も豊富だ。


「ぼくもびっくりしたよ。フェルティアード卿と顔合わせしたと思ったら、その次に国王陛下とだなんて。おかげで早速目をつけられたみたいだし」

「うん? 何かあったのか?」


 ゼルはデュレイに、フェルティアードの部屋でのやり取り、そして国王と対面した時の一件を、少々恥ずかしかったが事細かに教えた。国王と握手を交わしたことは、またデュレイがむせることになりそうだったので、彼の手が止まるのを見て、思い出したように付け加えておいた。


 聞き終えたデュレイは、予想通り握手の話で、血の気が失せてしまったように見えた。その衝撃で前半の話を忘れたのではないかと思ったゼルは、そっと彼に問いただしてみた。


「デュレイ、大丈夫か? 今のでぼくの話、吹っ飛んでないよな」

「えっ、ああ、大丈夫だ忘れてないよ。いや……すぐには信じられないや。その点では、フェルティアード卿のところじゃなくてよかったと思うね」

「きみがその場にいたら、卒倒してたんじゃないか?」

「ほんとだよ」


 苦々しげに笑ってから、デュレイは話を戻した。


「でもさ、顔を覚えられたってことは、いいことをしてもすぐに気付いてもらえるんじゃないか? あの方だって何にでも厳しいわけじゃないだろうし」

「それにしたって、あの言い方はどうかと思ったぜ。こっちのやる気が削がれるじゃないか」

「まあ、そうだけど……」


 言葉の矛先が大貴族に向いていることに、デュレイはたじろいでいるようだ。


 フェルティアードの話になって、ゼルはふとあることを思い出した。そう言えば、フェルティアード卿は自分のことをル・ウェールと――出身地名で呼んでいたな。

 見知った村や町にしか行かなかったゼルにとって、村の名が自分を指すことには違和感があったのだ。上か下のどちらか、あるいはゼル、と親しみを込めて呼ばれることしかなかったのに。


 ベレンズでは、遠方から来る人は地名で呼ばれる傾向でもあるんだろうか。ゼルがフェルティアードに村の名で呼ばれたことを教えると、デュレイは、意外そうな顔で答えを返してきた。


「へえ、きみのことそう呼んだのか。地名を呼称にすることはあるけど、一般的には下の名前かな」

「ふうん。なんでおれのこと地名で呼んだりしたんだろ」

「多分、ウェールって名前が珍しかったんじゃないかな」


 確かに小さい村だし、名を轟かせるような特産品もない。あの時のフェルティアード卿も、ウェールと聞いて詳細を尋ねてきたんだっけ。

 しかし、“ル・ウェール”は“ウェールの者”という意味を持つだけだ。ジュオール・ゼレセアンという一個人ではなく、ただの“その地から来た人間”としか見られていないようで、ゼルとしてはいい気分ではなかった。


「物珍しいからだなんて、こっちとしちゃたまったもんじゃないよ」


 呆れて、だらしなく椅子の背にもたれかかる。あくまでぼくの想像だぞ、とデュレイが言ってきたので、わかってるよ、と軽く返した。


「そうだ、ゼル。きみもこれから下宿を探すんだろ?」


 この白鳥亭に世話になれるのも、あと数日になっていた。それまでに、これから自分が暮らす場所を探さなくてはならないのだ。


「ああ、そのつもりだよ。でも明日明後日は探す時間ないだろうな。もう王宮に通わなくちゃならないもんね」

「じゃあさ、ぼくが住む予定の下宿屋の人に、空きのある所がないか聞いてみるよ。なるべく早いうちに決まったほうがいいもんな」


 それを聞いた瞬間、夕食を楽しむために押さえ込んでいた焦りが、すっと軽くなっていった。ここを出なくてはならない期日になるまで、下宿か新しい宿かを見つけられなかったらどうしようか、と思っていたのだ。ゼルは勢いよく跳ね起き、


「本当か! お願いするよ、デュレイ」

「ああ。うまくいけば、最初の休日までに見つかるかもしれないから、その日になったら教えるよ」

「ありがとう」


 生活するための不安の種を消し去ってくれたデュレイに、ゼルは手をつけていなかった揚げ物を、彼の皿に乗せてやった。

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