第184話 水の中の遺跡
「これがその遺跡……ですか」
「ああ。この辺りでは一番古い遺跡らしい」
コウとエルフィナは、オリスネイア湖の北岸にいた。
バストゥリア河が、オリスネイア湖に注ぐ辺りである。
帝都を出て、徒歩では四日ほどの距離だ。
もっとも、オリスネイア湖はバストゥリア河の途中にできた超巨大な三日月湖なので、注ぐというと少し語弊があるかも知れない。
バストゥリア河自体も非常に巨大な大河で、この辺りは湖なのか河なのかはっきりしないが、その幅は
日本人としては、これで十分湖だと言いたい。
問題の遺跡は、その場所の――水の下にあった。
しかも、非常に天気が良く、光の差し込む方向がよくても、かすかに見える程度。
それも光が揺らいで、幻だったかと思うことがほとんどだろう。
おそらく水深
川の流れというのは、当然だが一様ではない。
長い年月の中で、あるいは雨などの影響で水が増えたりすれば、当然流れは変わる。湖だって、地球の場合は確か大抵の湖は数千年から数万年でなくなると聞いたことがある。
ただ、このオリスネイア湖は少なくとも一万年前には存在した。
それは間違いない。
ただ、その湖の大きさや位置は一万年の間変動しなかったということはなく、また、河の流れも幾分変わってきているはずだ。
そうした中で、当然湖に沈んだ場所もあるのだろう。
あるいは、一万年より前に湖に没してる可能性もあり、そうなると『空白の一千年』で廃棄されなかった遺跡という可能性もある。
この遺跡に関しては、八千年以上前の記録でも、この遺跡の存在を記述したものがあった。故に、存在は知られているらしい。
その時点で水の中にあったということは、エルスベル時代の、それも一万年より前の遺跡である可能性もあり得る。
ただ、調査は今までまともに行われていなかった。
何しろ水の中だ。
水中呼吸を可能にする法術は存在するし、それを可能にする
だが、当該法術の効果時間は、さほど長くない。
地球の潜水道具の様に一時間近く潜っていることなど出来ない。せいぜい
しかも水深
ただ、コウとエルフィナは別である。
というか、エルフィナの
しかも、水圧すら無視できる。
ただ、今回は水中行動は前提としないことにした。
水中呼吸を可能にし、さらに水圧を無視しても――濡れるのは防げない。
そして今は、真冬と言っていい二月。
水が凍っていないので、氷点下ということはないだろうが、それは流れているからでもある。
無論寒さも緩和することは出来るが、それでも冬にずぶ濡れにはなりたくない。
かといって、夏になるまで待つつもりはないので――。
コウとエルフィナは、それぞれ必要な
発動させたのは、コウが自分達を包む空気膜を作る法術と飛行法術。
そしてエルフィナのものは――。
川底近くまで来たコウは、さすがにやや呆れ気味に上を見上げた。
そこには、水の屋根を見上げる遺跡がある。
正確には、空気のドームで覆われた遺跡がある状態だ。
エルフィナは、水と風の精霊の力を使って、遺跡の周囲に空気のドームを作りだし、それで遺跡に入れるようにしたのである。
「……改めて思うが、凄いな。どのくらい持つ?」
「そうですね……精霊に任せてますから、その気になればいくらでも。私がここから離れたらダメですが」
「法術でもできなくはないが、維持にかかる魔力を考えたくないな……」
実際のところ、コウであれば同じものを付与法術として発動させれば、数日は同じことができるとは思うが、それでもこれを軽々と行い、かつまだ余裕があるのは
精霊は、自身の力を維持するだけであれば、術者への魔力消費は、現界にかかる魔力だけで十分なのだ。
そしてエルフィナは、精霊の現界を維持するだけなら、眠っていたとしても問題はない。その魔力量はコウのそれに匹敵する。
さすがに川底はぬかるんでいるので、そのまま飛行法術で地面すれすれを移動する。
ちなみにドーム状態にしたのは、もし上から見られても、これなら気付かれる可能性はほとんどないからだ。
また、風の防護幕を張っている理由は、建物内にはまだ水が残ってる可能性があるので、それを被ることがないように、という理由だ。
遺跡の大きさは、ほぼ正方形で、一辺は大体
入口は正面の一つだけで、壁には長年水の中にあったからか、苔むしたところは多いが、よく見ると、建物自体はほとんど損壊していない。
というよりは――。
「この建物の材質、バーランドにあった遺跡に似ていませんか?」
「ああ。多分……同じものな気がする」
石でも金属でもない、謎の構造材。
それはつまり、これがあのバーランドの遺跡と同時代の物であることを意味する。
「入口は……完全に閉ざされてますね」
「入り方が分かればいいんだが」
とりあえず入口の前に立つ。
だが、何も反応がない。
「もう稼働してないってことでしょうか」
「可能性はあるな。なんせ下手すると、一万年以上水の中にあった遺跡だ。本来の機能は分からんが、壊れていたとしてもさすがに不思議はない」
ドルヴェグの遺跡にあったような、触れると反応しそうな場所もない。
二人であちこちを触ってみたが、やはり何の反応もなかった。
「さすがにこれは……せい!!」
エルフィナが
ガチ、という音がして、扉の構造材はわずかに欠けたが、さすがにそれ以上は壊れなかった。
「あのドルヴェグの遺跡ほどの強度はないですね。私の剣で傷つくのなら」
「……やってみるか」
コウが刀を抜いて扉の前に立つ。
そのまま、大上段から振り下ろした。
ガツ、という先ほどより大きな音が響き、刃が扉に食い込むが、そこまで。
むしろ――。
「くっ……この!!」
扉に踏ん張って無理矢理引き抜く羽目になった。
一応刃を見てみるが、どこも傷はついていない。
さすがヴェルヴスの力を宿した刀だ。
「コウでもダメですか。となるとあとは
「いや、もう一つ試したい。これだけの強度ならいいだろう」
「もう一つ?」
「
それを自らの肉体の中で魔力を高め、武術で魔力に意味を持たせて放つのが
なので、実はすでに極めて小さな魔力での実践は、成功している。
指先から、指弾めいた魔力の塊を放つなどだ。
威力を極限まで絞ってやってみたところ、それでも拳銃弾程度と思われる威力は発揮できている。
一発撃つのに多少の集中が必要なので、正直
そしてここなら、思いっきり力を揮ったところで、周りに迷惑をかける心配はないだろう。
「……それは良いですけど、折角の遺跡を粉々にしないでくださいね」
「いくら何でもそんな威力は……」
「コウ、フェルゼンでやったこと忘れてないですか。コウの力は、だいたいにおいてコウ自身の想定を超えるんですから」
「う……」
コウには返す言葉がない。
確かに想定以上になる可能性は否定できない。
「分かった。つまり範囲を絞るようにすればいいんだな」
「まあ……私は
「エルフィナも魔力は多いからな……弓とかならできるんじゃないか?」
「弓に?」
「矢に魔力を籠めるイメージとか、そういうのはありだろう」
言われてエルフィナがしばらく思案している。
「……確かに。それならなんとなく想像できますね。ちょっと今度試してみますが……とりあえず今はこの扉ですね」
「とりあえず、やってみよう」
コウはそう言うと、剣を構えて切っ先を扉に向ける。
その状態で、魔力を認識する。普段、
イメージするのは、武器を拡張する力。
刀の外側に、もう一つ大きな魔力を形成し、刀の力を増幅するイメージだ。
魔力が練り上げられる。
そしてその魔力が、明らかに変質し、刀の『形』をとるのが分かった。
これならば――。
「はあ!!」
刀を突きだす。
その刀と共に伸びるのは、魔力の宿った刃。
刀の威力そのものを増幅する力を宿したそれは――。
ギン!!
金属めいた音は響いたが、それでも何の抵抗もなく、その刃は扉に突き刺さった。
その威力を確認すると、コウは刀を一度引き抜き、今度は円状に揮う。
先ほどと同じ金属音めいた音が響くが、コウは構わず刃を振りぬいた。
そして――。
「あ、やっぱり……コウ!!」
エルフィナの声を受けて、コウがその場からはじけるように飛びのいた直後、扉の一部が円形に吹き飛んで水が噴き出した。
「やっぱり、中にも水が満載だったか」
水は凄まじい勢いで吹き出している。
エルフィナの
そして密閉されている遺跡に見えたが、そうはいっても少なくとも八千年前から水に沈んでいた施設である。
水がわずかに入り込む余地があったら、それだけの月日が経てばさすがに中にも水が満たされてしまうだろう。
しばらく見ていると、やがて水の勢いが弱くなり――水流が止まる。
中は
「それにしても、ホントにあっさり成功させますね……コウ」
エルフィナが呆れたように、感嘆したようにそう言う。
「なんとなく……コツはわかったかな。使いようによっては、法術より便利なこともありそうだ」
「コウが言うと本当に規格外すぎる気がしますね……。さて、それはともかく」
「ああ。とりあえず何かある可能性は……あまりなさそうではあるが」
二人は、まだわずかに水が流れ出している穴に目を向けると、どちらともなく歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます