第160話 思わぬ来訪者

「これは……」


 渡されたその布包みを開くと、出て来たのはわずかにそった形状の剣――というより。


「ほとんど刀、だな」

「それよ。カタナだっけか。いいモノ見せてもらったからな。再現しようと思ってやってみたんだ。どうだい」


 言われて、コウはその刃を抜く。

 刃渡りは三十五センチ七セテスほどか。

 短剣というには少し長いが、この位なら取り回しは良い。

 ただそれより驚くべきは、少なくとも見た目には、ほぼ日本刀の刃といっていいような作りになっていることだ。

 刃文まで再現されている。

 柄の作りこそ違うが、ほとんど脇差だ。

 握って、軽く振ってみても、その重心を含めて違和感がない。

 ほぼ完璧な日本刀だ。


「……見ただけで再現したのか?」

「あの時に法術も使って徹底的にさせてもらったからな。正直作り方は想像だ。ここ半月ほとんどそいつのことしか考えてなかった。と言っても、俺でもその小さい刃を鍛えるのが限界だった。あんたのその刀を鍛えたやつは、凄いと思わされたよ」


 日本刀を一本作るために必要な時間は、確かに二週間くらいとされている。

 ただ、これは確か地金がすでにある場合で、そんなものがあったとは思えず、そこからとなると遥かに時間がかかるはずだ。

 しかも作り方も分からずにこの短期間で作ったというのは驚異的といえる。いくら法術という技術があるとはいえ。


 それに、コウの持つこの刀は、すでにヴェルヴスの力を宿した別物だ。

 おそらく現代の日本に持って行っても、異様な存在になるだろう。


「この刀はそれ以外にも……色々あるらしいんだが」

「だろうな。法術じゃないが、なんか特殊なモノなんだというのは分かってる。だが、刃それ自体だけでも、俺にとっちゃ十分業物だった。礼を言うぜ。これでもドルヴェグ随一とか言われて、鍛冶を極めたつもりになっていたが、まだまだ目指せる高みがあると分かった」


 仮に法術で構造などが解析できたとしても――洞妖精ドワーフはそういうのが得意だ――製造方法は分かるはずがない。それにこの短時間でたどり着くだけでも、彼の並外れた技術と経験が分かる気がした。


「というわけで、これが頼まれた武器ってことになる。ああ、霊鋼クィルス、というか、上級霊鋼レイ・クィルスで作ってあるし、柄に宝石も入れてある。法術は強度強化以外は籠めなくていいってことだったが、いいのか?」

「ああ。法術は俺も得意でね。再付与を考えたら、自分でできる術を籠めておきたい」

「なるほど。了解だ」

「しかし、そんな苦労したんなら、金貨十枚では……」

「いらんいらん。それだけもらえれば十分だ。儂にとっては、新しい可能性が見えただけで嬉しいくらいじゃ」


 そういうと、ヴァングはニカっと笑う。

 その表情が、何か新しい夢を見つけた若人のように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。


 ある意味、『刀』という新しい技術をこの世界に持ち込んでしまったのかもしれないが、そこは仕方ないと思うことにした。


「わかった、ありがとう、ヴァングさん」

「礼を言いたいのはこっちだってくらいだ。また機会があったら是非来てくれ。きっとその頃には、あんたの様な刀も作って見せるからな」


 ヴァングが嬉しそうに笑う。

 ひとしきり礼を言った二人は、ヴァング鍛冶店を後にした。

 今から戻れば、ちょうど待ち合わせの時間に戻れそうだ。


 軌条馬車タイレルミグールの停車場を目指して大通りの道を歩く。

 あちこちから聞こえる槌の音。

 それに、それぞれの工房で働く者達が使いのためか、街路を走っていく光景は、いかにも忙しい朝の職人街、という気がした。

 

「この剣……お父さん、どこで手に入れたんでしょうか。というか、どこにそんなお金が……」


 エルフィナが不思議そうに首を傾げる。

 ただ、話の通りだとすれば、冒険者だった可能性は否定できない気がしている。

 そして冒険者であれば、運次第だが金貨数百枚の財を手にすることだって、ないわけではない。

 まして、森妖精エルフであるのならば、その活動期間は人間のそれとは比較にならないだろう。

 そのうち、会うことがあったら話を聞いてみたいと、コウは思ってしまうし――あるいは、ちゃんと話すべきという事態だって、まだ可能性はあるのだ。

 この世界に留まるにせよ、帰るにせよ。


「そのうち……エルフィナの故郷にも行ってみたいな」


 思わずそう呟くと、エルフィナが嬉しそうに、しかしどこかからかうように笑う。


「お父さんに『娘さんくださいっ』ってやってくれるんですか?」

「どこでそんな知識を……って、俺か」


 なぜかエルフィナは地球の、というより日本の創作物の話を聞くのが好きなので、折に触れて色々話している。

 コウ自身、そんなに好んで読んでいたつもりはなかった――実際図書館で借りる本はどちらかというと自然科学系の方が多かったはず――だが、今思えば友人がよく貸してくれた本は大半がそういう本だった。

 いつの間にか刷り込まれていたらしい。


「コウの世界は面白いですね。でも、ああいうのはこの世界の人間社会でもあるとは思いますけど……私達森妖精エルフはともかく」


 そもそも結婚という概念が違うみたいだから、同列には語れないだろうが。

 ただそれでも、やはり会ってはみたいと思える。

 それは、彼女を育ててくれたことにも礼を言いたいし、そして彼女を送り出してくれたことにも感謝したい。


 もしエルフィナに会っていなければどうなっていたかと考えても、コウはあまり想像ができない。

 エルフィナがいなければ、ドパルは潜入したあの時に焦土と化したらだろうし、おそらく、あの王都で死にかけた時にそのまま死んでいただろう。


 ただ、そんなこと関係なしに、コウはエルフィナがいることに感謝している。

 自分に好意を抱いてくれたことも、そして共に在ると言ってくれたことも。


「コウ、なんですか?」


 コウが無意識にエルフィナを見ていたのに、気付いたらしい。

 不思議そうに首を傾げる様子が本当に可愛らしく、そして美しいと思えた。


「いや、なんでもない」

「変なコウですね」

「そうかな」

「そうです。でも、私を見てくれるのは、嬉しいですよ」


 そういうと、エルフィナは本当に嬉しそうに微笑んだ。


「私もずっと、貴方を見ていたいですし」


 そのまっすぐな言葉に、思わず動悸が早くなるような錯覚すら覚えて、思わず顔をそらしていた。

 ただこれは、言った方も照れくさかったらしい。

 エルフィナの耳の先が少し赤くなっていたが、コウはそれに気付いてはいなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 軌条馬車タイレルミグールの停車場から降りて、のんびり歩いていると、すぐガルズの屋敷が見えてきた。少し違和感を覚えたが、それが、門が開いているためだと気付く。

 敷地に入ると、屋敷の前に見たことがない馬車が止まっているのに二人は気付いた。つくりはかなり大きく、豪奢だ。

 ガルズの馬車と比べても遜色ないというより、さらに立派なものに見える。

 前に聞いたガルズのことを考えると、国のお偉いさんが来ているのか。


「誰の馬車でしょう、これ」

「さあな。けどこれが、朝にガルズが言ってた『客』じゃないか?」

「あ、そうですね。そろそろ時間ですし」


 十二時を報せる鐘が響いてから、もうかなり経っている。

 おそらくそろそろ十三時のはずだ。

 屋敷に入ると、ディネイラより先にガルズが現れた。


「おう、戻ったか。ちょうどいい。客もさっき来たところだ。すまんが、荷物置いたら応接室に来てくれ。ディネイラ、頼む」

「かしこまりました」


 とりあえず二人は荷物を部屋に置くと、ディネイラの案内で応接室に向かう。

 ディネイラが扉を叩くと、中から「おう、入ってくれ」とガルズの応じる声が響き、ディネイラがゆっくりと扉を開く。


 応接室はかなり広い部屋で、その中心に大きなテーブルがある。

 そしてそれを囲む様に四つ、三人掛け程度のソファが配置されていて、そのうち二つのソファに一人ずつ人が座っているのが見えた。

 一人はガルズで、もう一つのソファに座っている洞妖精ドワーフは、少なくとも見覚えはない。

 彼が客なのだろう。

 見事な髭をたくわえているのはいかにもだが、体格も大きい。洞妖精ドワーフとしてもやや背が高い――コウほどではないが――と思える。

 服の誂えも明らかにいいもので、身分が高いことは容易に見て取れた。


「おう、来たか。紹介する。こっちはグライゼル・ディグワーズ。ま、要するにドルヴェグの国王だ」

「は?」「え?」


 突然言われた言葉に、コウとエルフィナは酷く礼を失した返答しか出来ていなかった。

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