第152話 ドルヴェグの街並み
翌朝。
昨夜言っていた通り、ガルズは早朝から出かけているらしい。
コウとエルフィナが起きたのも六時過ぎだったが、その時点ですでにいなかった。
朝食はガルズが言っていた通り用意されていた。
やはり香辛料を使ったものだが、コウが驚いたのはお粥に近い料理だったこと。
聞いてみたら、やはりフェルゼンから
香辛料をふんだんに使ったお粥というのは、コウは初体験だったがとても美味しかった。
その後、一休みすると、二人は街に出ることにした。
外に出ると、やはり物珍しそうな視線を向けて来る者が幾人かいる。
どちらかというと人間であるコウが珍しいのだろう。普段と逆だ。
冒険者ギルドはガルズの館からは、中央通りを挟んでほぼ逆側。
とりあえず二人は街見物がてら、東に向かって歩いていく。
「すごいですね、この街。街全体が一つの工芸品みたいです」
「確かにな……この世界でここまで整備された街は初めてだ」
建物はどれも洗練されたデザインと装飾を持ち、どれもきれいに保たれている。おそらく定期的に手入れしているのだろう。
雨が滅多に降らないらしく、それも街がきれいな理由の一つだろう。
ただ、水は山からの湧き水が豊富にあるらしく、道の脇にあるのは日本で言えば側溝の様なものがあって、この中を水が通っていて、各家に配水されているという。
この街はその構造上井戸がほとんど存在せず、代わりにこのような形で水を街中に行き渡らせているのだ。
側溝の幅は
ちなみにこの水路は上下二段の構造になっていて、上が家に引き込まれる水、下が家からの排水を流しているらしい。
といっても、各家庭に必ず水質浄化の
集められた排水は再度
地球的に言うなら、徹底的にエコな設計だ。
地球だとフィルタの目詰まりなどもあるからどうやっても不可能だが、これが魔法的な力の利点だろう。
無論、水道設備が整った都市に限る話だが、それこそフウキの村のような相当な辺境でもない限り、
そしてもう一つ、この街で非常に特徴的なのが――。
「あれですか、
この世界に来て初めて見る、
地球においても昔、馬車鉄道というのがあったと聞いたことはあるが、こちらの世界ではこのドルヴェグだけにあるらしい。
それだけであれば普通の馬車でも良いのだが、
さらに、アルガスで乗った馬車の様な、いわゆるサスペンション機構も備えているらしい。
そのため、乗り心地が段違いに良いのだ。
この
そのため、御者は速度の制御以外はほとんどやらなくていい。方向転換は終端に来た時だけなのだ。
ドルヴェグの大通りの幅は最低でも
これを境に、事実上左側通行的に馬車などは通行するルールらしく、そのため馬車同士がぶつかりそうになることもほとんどないらしい。
もっとも、それほど馬車が多いわけではないが。
これで法術の動力装置があれば鉄道の完成だよな、などとコウは思ってしまうが、その法術の動力装置がどれだけ難しいかはよく知っている。
いっそ地球のエンジンを教えたくなってくる――最低限の機構くらいは学校でやった――が、それは多分余計な知識だろう。
ちなみに、ドルヴェグの街では
それがどうしても日本の踏切音に聞こえてしまうのは、コウだけだろうが。
ちなみに
「せっかくだし、乗って行ってみるか」
「そうですね」
街に着いた時は、ガルズは自前の馬車があったので、それで屋敷まで行った。
その際は
斜めに行く場合は当然乗り換えなければならないが、乗り換えはどこでも一回でいい。なので、銅貨二枚で街のどこでも行けることになる。
日本円で大体六百円。街の広さを考えたら、日本のバスより安い気がする。
さすがに速度はそこそこだが、歩くよりは早い。
二人は銅貨を払って東行きの
「う……天井、低いな……」
天井に頭がぶつかるほどではない。
だが、圧迫感はすごい。
対してコウは、
この差は大きい。
「私はちょうどいいんですけど、コウには低いですね……」
「頭擦るほどじゃないからいいけどな」
これが庶民の足だというのだから、恐れ入る。
馬車の大きさはかなりあり、地球でいえばマイクロバス程度はある。
詰め込めば三十人くらいは乗れそうだ。
ここからは一つ北にずれるだけだから、歩いていくことにする。
「なんか……美味しそうな匂いが……」
「おい、エルフィナ……」
ふらふらと吸い寄せられるように歩くエルフィナを、とりあえず手を繋いで捕まえておくことにした。
エルフィナは不満そうにしつつも、手を繋いで歩いているのは満更でもないので、とりあえず匂いに引っ張られるのは我慢できたらしい。
「……なるほど、確かに小さいな」
建物のほとんどが総じて二階建てだから、それが同じなのはいいとしても、横幅も
とはいえ冒険者ギルドであることは間違いない。
扉を開けると、内装は確かに冒険者ギルドの入り口――酒場めいた構造で、カウンターのところが受付――の様相を呈していた。
「おや。依頼人……という感じではないな。誰じゃ?」
当然と言えば当然だが、受付も
見たところ、六十歳にはなってないように見えるが、
「俺はコウ。こっちはエルフィナだ。よそから……というか、東から来た冒険者だ」
「おお、お前さんらがそうか。帝都に行くもんかと思っておったが、こっちに来たのか」
「その様子だと……話は聞いているのか」
「うむ」
そういうと、その
気持ち低い気がするのはもはや慣れるしかないか。
「わしはドルアーグ。ここのギルド長兼受付じゃ。知ってるかどうか知らんが、ここは一国の王都とはいえ、冒険者ギルドは小規模でな。所属する冒険者も十人もおらん」
「話には聞いていたが、本当に冒険者が少ないんだな」
「うむ。まあこれには、この国特有の事情がある。しかしお主ら、よく街に入れたな。紹介状もなしには基本入れんのじゃが……」
「俺もそう思っていたんだが……」
「ガルズさんという
すると、ドルアーグは驚いた様な顔になる。
「なんと。ガルズ殿か。なるほど、それなら納得だ」
その言葉に、コウとエルフィナは思わず顔を見合わせる。
「大きな屋敷を構えていたが、どういう人物なんだ?」
「知らんで一緒に来てたのか。まあ、彼もあまりそういうことを言う方ではないが……そうじゃな。それなりに身分のあるお立場じゃよ」
「……なるほど」
おそらくこの国の貴族か、あるいは王家に関係する人物なのだろう。
それであれば納得もできる。
逆に言えば、そういう立場の者と知り合えたことは、とても幸運だったといえるだろう。
「この街は非常に貴重な遺跡が多く眠る場所でな。この街からしか行けない遺跡には多くの宝物や貴重な資料が眠っているとされている。だから、特に認められた冒険者でなければ入れることはないのだが……ガルズ殿が認めたのなら、大丈夫じゃろう」
そうは言っても、ガルズは情報を引き換えにここの入国を持ち掛けてきたような覚えがある。あの時点でこちらの実力を見抜いていたのかは――あるいはロンザスを越えてきたというだけで充分だと判断したのか。
「んで、お前さんらが来たなら伝えろと言われた情報だ。いいか?」
ドルアーグの確認に、二人とも頷いた。
「ま、予想してるかもしれんが、帝国の返答は『そんな奴は知らん』だそうだ。要約するとな」
「予想通りだな」
「ああ。ついでに言うなら、そんな偽造した紋章を見抜けないのか、という文句付だったがな。とはいえ、帝国側も一応足取りは追ったらしいが、期待はできんだろう」
おそらく帝国は嘘を吐いてはいない。
本当に知らないのだろう。
だとすれば、もはや足取りを追う方法はない。
手掛かりはほぼなくなったようなもので、無理に西側に来る必要はなかったといえるが、まだ何かやれることはあると思ったから来たのだ。
「あと、もう一つ報告がある。フェルゼン大湿地帯であったことだが……」
「フェルゼン……ああ、あの大爆発か?」
やはりドルアーグも知っていたらしい。
「とりあえず、実は俺たちはあの近くで
そう切り出して、コウは簡単に説明した。
といっても、さすがに自分の法術でそうなったとはさすがに言えない。
法術よって相手が爆発したことにした。
実際、あのため込まれた膨大な魔力が溢れた場合、あの程度の爆発が起きても不思議はない。
「……
「まあ多分あれは終わったと思う。ただ、別の地域でまた現れたら、厄介だからな」
ドルアーグは大きく頷いて、それから少し雰囲気を崩した。
「ま、せっかくこっちまで来たんだ。しかも
「その誘いは嬉しいが……いいのか?」
「構わん。お前さんらの実力は報告を受けてるからな。強力な魔獣が厄介で調査出来てなかったところとかをお願いしたいくらいじゃ」
「可能なら、最も古い遺跡を調査したいんだが」
「古い?」
ドルアーグが意外そうな顔になる。
「ああ。いつできたのか分からないくらい昔とかそういう遺跡だ。可能なら、一万年以上前」
その言葉に、ドルアーグは少し驚いたように目を見張り、それから納得した様に頷いた。
「なら、おあつらえ向きのがある。途中、魔獣が数体いて、まともに奥まで調査されていない遺跡があるんだ。かつて一度だけ最奥までたどり着いた連中もいたんだが、その先が進めなかったというやつがな」
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