第59話 王族との会合
執事の嘆きをよそに、急遽待合室――だったらしい――で王との謁見となってしまった。謁見というよりはもはやただの雑談といった方がいい。
もっとも、執事も侍女らもこの展開を予想していたのか、手早くお茶の準備が整ってしまう。
どうやらいつものことらしい。
「さて、あらためて。ようこそアルガスへ。新たな英雄殿。このルヴァイン、貴公の来訪を心より歓迎しよう」
差し出された手を握り返しかけて、コウは怪訝な顔になってその手を止めた。
「……英雄?」
「なんだ、自覚がないのか。まあ、王都に着いたばかりでは知らないのも無理はないか……」
ハインリヒの言葉に、コウは嫌な予感がした。
「だが噂は私の耳にまで届いているぞ。可憐なパリウスの新領主を助けて悪辣な僭主を打倒した若き冒険者。さらにはパリウスに十年以上潜んでいた闇を暴き出し、パリウスを救った立役者。しかし、本人はその功を誇ることなく、一介の冒険者として旅を続ける、新たな英雄候補」
ルヴァインが楽し気に語るのを聞いて、思わずコウは頭を抱えた。
国王からこのようなことを言われては、恐縮するしかない。
クロックスのことがないのは、一般には伏せられたからだろう。
「ああ、パリウスの若き新領主との恋物語も吟じられているぞ。もっとも、英雄殿が冒険者を続け、彼女は領主となって、お互いに別れてしまう、という内容だが」
間違ってないが根本的なところで間違っている。
横でエルフィナが必死に笑いをこらえているのが見えた。
多分こんな場所でなければ、転げまわって爆笑しているに違いない。
「一体いつ誰がそんなことを……」
「君がのんびり王都を目指している間に、だ」
「ははは……本人には初めて会うが、まあ、あまりにも突飛な内容になってるから、本人だと気付かれることはないさ」
曰く、ただ一人で悪辣な僭主からの刺客を壊滅させた。
曰く、ただ一人で僭主とその護衛を一挙に捕縛し、罪を認めさせた。
曰く、ただ一人で王国に対する重大な背徳行為を看破、難攻不落に等しかった拠点を壊滅させた。
曰く、ただ一人で凶悪な法術士を含む敵の軍勢を壊滅させた。
そこまで聞いて、コウはさらに頭が痛くなった。
厄介なことに、大半が合っている。エルフィナは笑いをこらえるのが限界、という感じで、わずかに声が漏れている。
エルフィナにはラクティとの旅のことは話したことはないはずだが、エンベルク滞在中にでもラクティから聞いたのだろう。
違うところといえば、アウグストの捕縛はメリナの手助けがなければ難しかったこと、背徳行為の看破は事前に調査していたアルフィンと、過去の書類から看破したラクティの功績の方が大きいこと。
そして、軍勢壊滅はコウだけではなく、横にいるエルフィナの功績でもあるくらいだ。
「ははは……まあ気にするな。パリウス新公爵のデビューがなかなかに鮮烈だったので、吟遊詩人どもが色々な話を総合して、一人の人物像を作り上げたという
ハインリヒはそういうが、彼はおそらくわかっている。
分かってないのは、せいぜい軍勢壊滅の方法くらいだろう。
「それに、民衆はこういう物語を好むものだ。気にせず、他人の物語だと思っておけばいい」
そう開き直れるなら苦労はない、と、思わず恨みがましい目をハインリヒに向ける。
が、やはりというか、まったく気にした様子はない。
とりあえずコウがやったことは、差し出されたまま止まっていた国王の手を握り返すことだった。
「あらためて……コウです。国王陛下には色々お耳汚しな話が一人歩きして届いているようですが……まあ、いたって普通の冒険者です」
「エルフィナと申します、陛下。コウが普通であるかは議論の分かれるところで、私としては否定的な意見もありますが、それはそれとしてよろしくお願い致します」
ようやく笑うのを収めたエルフィナが、思いっきり余計なことだけ言いつつ国王の手を握る。大体、人のことを言えたものではないだろうに。
「君が……なるほど。噂以上だな」
「でしょう、兄上」
エルフィナと握手をしたルヴァインが、何やら納得した様に頷く。
「あの……なんでしょう?」
「いや、先の『英雄』殿には女神の化身とされる美しい女性が付き添ってるという話になっていてな。なるほど、そういわれるのも納得だと思って」
「ふえ!?」
今度はコウが笑いを堪える番になった。
エルフィナは真っ赤になりながらコウを睨む。
「ハインリヒがそういわれるのも納得できる容姿だったと何度も言うから、どれほどだと思っていたが、正直想像以上だった。君たち二人なら、詩人たちも自然と
コウはエルフィナ以外の
「その、わ、私は普通の
「限りなく説得力ないな。いろいろな意味で」
コウが発した言葉にエルフィナが顔を真っ赤にして睨んでくるが、それこそ本当にお互い様だ。
国王がアクレットから報告を受けているかはわからないが、正直弓の技量だけでも十分規格外なのがエルフィナだ。間違っても『普通』ではないだろう。
「さすが、アクレットが認めた冒険者だけあるな、本当に。その様子だと、巷での歌は大半が真実か?」
「詳細は避けさせて下さい。しかし……国王陛下もアクレット殿をご存知なのですか?」
「知ってるも何も、彼と私は、学生時代からの友人さ。そして、かつては部下でもあった。二十年前の話だがな」
「『トリエンテスの業火』ですね」
国王の言葉を、エルフィナが引き継いだ。
疑問符が浮かび上がるコウに、国王が言葉を続ける。
「そうだ、二十年前の、アザスティン、バーランド連合の我が国への侵略に対して、アクレットはその法術を用いて、敵軍、とくにその背後に控えていた帝国軍へ決定的な打撃を与え、我が軍の勝利を引き寄せてくれた。エルフィナ嬢は良くご存知のようだ」
「直接見たわけではありませんが、森に来る商人が興奮して話してくれたのを、よく覚えています」
どうやら、アクレットが自重しないで法術を叩き込み、軍勢を壊滅させた、というところか。
「彼の活躍もあり、我が国はあの戦いに勝利することができた。もっとも、講和の結果、アクレットは軍を去ることになってしまったが……」
前に聞いた、アクレットが最前線から離れることが講和条件になった、というやつだろう。
その時に、軍を退いたということか。
「その彼が、自分以上に頼りになる、と連絡を寄越してきたのが君なのだ。ならば、挨拶しておかなければなるまい?」
「恐縮です。もっとも、今の話すら知らぬ世間知らずでもありますが……」
「ふむ、彼以上の力、という点は否定はしないのだな。少なくとも、
さすがに一国の王だけあって、抜け目なかった。
コウは観念したように、肩をすくめる。
「詳しくは伏せますが……確かに、その通りです」
「ぜひ我が軍に、と誘いたいところだが……それはアクレットも望むものではあるまい。敵ではなく、協力的であることだけでも感謝するとしよう」
「感謝します、陛下」
実際、国に取り込まれては、帰るための手段を探すという旅の目的を果たしにくくなる。それはやはり都合が悪い。
国のバックアップがあると色々便利なのは間違いないが、かといって国に縛られるのは、少なくとも現状では不都合だと思える。
「冒険者としての範囲であれば、できるだけ協力するのはやぶさかではありませんが」
「ああ。それは是非頼りにさせてもらいたいところだ……ああ、そうか」
ルヴァインは何かを思いついたようにした後、少し思案顔になった。
気付くと、ハインリヒも同じような顔になっている。
「……兄上。彼ならあるいは、と思うのですがいかがでしょう」
「そうだな。私もそう考えていた。年齢的にもちょうどいい」
何のことかわからず、コウは少しだけ訝し気な表情になってしまった。
「コウ殿。貴公がこの街に来たばかりなのは承知だが、一つ依頼を請けてはもらえぬだろうか? 無論、報酬はお支払する」
王家、それも国王直々の依頼。
コウとエルフィナは、思わず顔を見合わせた。
一体何を頼まれるというのか。
「無論、時間があれば、ということになる。依頼の内容の都合上、おそらく拘束期間が長くなる。そうだな……三ヶ月くらいの見込みだ」
三ヶ月というのは確かに長い。
少し考えたが、少なくとも王族とのコネクションというのを確立しておくことは、今後を考えるとプラスにこそなれ、マイナスにはほぼならないだろう。
「内容次第ではありますが、私でこなせるのであれば、お引き受けしたいと思います。ですが、一体どのような……」
「ふむ……実は、学生になってもらいたいのだ」
「……は?」「ふえ?」
コウとエルフィナは、思わず酷く礼を失した返答をしてしまっていた。
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