第31話 エルフィナの選択

 パリウスまでの旅路は快適だった。

 もう春であり、晴れた日が多かったため、旅に向いた気持ちのいい道程みちのりで、コウはそもそも異世界なのでどこでもそれなりに珍しく、エルフィナにとっても外の世界はやはり珍しいため、退屈もしなかった。


 幾度か盗賊や獣の襲撃はあったのだが、コウはもちろん、エルフィナも精霊を使うこともなく、剣だけでしのいでいた。どうやらエルフィナは剣もそこそこ使えるらしい。並みの相手は問題なくあしらえるようだ。

 彼女が使う武器は地球で言ういわゆる細剣レイピアに似てるが、よく見ると刃が片方しかない武器だった。細刃ティスレットというらしい。

 スティレットという武器が地球にあるので紛らわしいが、名前が少し似ているだけで別物だ。


 細刃ティスレットの剣幅はコウの刀のさらに半分程度という細さで、刃も薄い。強度的にはかなり脆いと思われたが、霊鋼クィルスと呼ばれる特殊な金属の武器で、さらに法術で強化されているらしく、見た目より遥かに頑丈で、切れ味も鋭いようだ。

 故郷の近くに里のあった洞妖精ドワーフ独自の技術で作られた武器らしい。


 ちなみに森妖精エルフらしく弓も得意らしいが、今は弓を持っていないので使っていない。本人曰く、氏族で最も優秀だったという。


 そしてクロックスを出発して十八日後、コウ達はパリウスに到着した。

 コウにとっては、一月ぶりのパリウスになる。


「クロックスとは、また雰囲気が違いますね」

「まあ、クロックスと比べると、のどかというかのんびりした雰囲気だな」


 活気のあるクロックスと、どこかのどかな雰囲気のパリウス。どちらがいいという話ではなくどちらにも良さがあると思う。


 特に街を観光するということはせず、二人はまず冒険者ギルドに向かった。

 コウは元々、ギルドから請け負った仕事の報告をする必要がある。

 そして――。


「いいのか?」


 エルフィナは小さく頷く。幾分、緊張からか表情が硬い。


「これは、私の迂闊うかつさが招いたとがです。いかなる理由があれ、はつけないと、私は前に進めません」


 クロックスでもすべての遺族に対して謝罪して回ったエルフィナだ。

 それを今更やめるつもりはないのだろう。

 何を言われたとしても、それを受け止める覚悟はしているのだ。


 ギルドに入ってすぐ、コウとエルフィナはギルド長の執務室に通された。

 すでに話が通っているのか、案内してくれたギルド員もお茶だけ置いてすぐ部屋を辞する。


「おかえり、コウ君。そしてようこそ、パリウスへ。私が冒険者ギルドの長、アクレット・ラディスだ。どうぞ座ってくれ」


 アクレットは二人にソファを促すと、自分も対面のソファに座った。


「まず、コウ君。依頼の完了、お疲れ様だ。報告は受けていたが、まさか背後にあれだけの計画があるとは思わなかった。そしてそれを潰してくれたことについても、アルガンド王国の一臣民として、礼を言いたい」


 あの殺人事件の犯人が、キュペル王国の刺客によるものであったことは、すでに公表されている。

 キュペルは否定しているが。

 その上で、実行犯であるコズベルト・フェルナーク、首謀者であるホランド・エブルグはすでに公開処刑に処されたらしい。

 無論、精霊使いの存在などはまったく公表されていないし、解決に冒険者が関わったことも公表されていない。


「そして君が……くだんの精霊使いか」


 アクレットは、コウからエルフィナに視線を移す。

 横に座るコウは、エルフィナが、何かを堪える様に小さく肩を震わせているのに気付いた。

 

「たとえ利用されただけだとしても……私が捕まらなければ、あの悲劇は起きませんでした。私の迂闊さが、死ななくてもいい人々を死なせてしまった。それは事実です。そしてその一人に、貴方のご子息も含まれていた。それはつまり、貴方のご子息を殺したのは――」

「あの子は、私の子の中では少し遅く生まれた子でね」


 エルフィナの言葉を遮るように、アクレットは突然話し始めた。


「正直に言えば、あまり出来る子ではなかった。ただ、いつも目標は私だ、と頑張っていてね。それで、ちょっと無理をして、まあ言ってしまえば立場を利用して、クロックス公の近衛に入れてもらったんだ。多少、分不相応なのは承知でね」


 アクレットには、今回犠牲になった子を含め四人の子がいるが、末子である彼は、まだ十三歳とかなり若年だった。


「君が捕まったことは、確かに間接的には息子が死ぬ原因になったのだろう。だがそれなら、最前線であることを分かった上で、かつ未熟であることを承知で無理矢理息子をクロックスに行かせた私にも、原因があったことになる」


 その顔は、コウが依頼を引き受けたときにも見たものだった。

 原因はどうあれ、彼は息子の死を聞いた瞬間から、息子をクロックスに送ったことを悔やみ続けていたのだろう。


「だから、君が責任を感じてしまうことは、私にとっても辛い。これ以上自分を責めないでくれると嬉しい。私が息子殺しの咎で押しつぶされないためにも」

「そんな、貴方は何も……!!」

「エルフィナ嬢。これは気持ちの問題なんだ。だから、頼む」

「…………は、い……」


 エルフィナは小さく、だが確かに、頷いた。

 それを見てアクレットは少しだけ微笑むと、改めてコウに向き直る。

 その時にはもう普段の彼に戻っていた。

 どのように気持ちの整理をつけたのか、コウには想像もつかない。


「これで、今回の仕事は終了だ。報酬は受付で受け取ってくれ。あと、『証の紋章』もそこで受け取るといい」


 そういえば、冒険者ギルドの受付で、『証の紋章』を預けていた。

 評価結果を書き込むためのはずだが。


「それと……エルフィナ嬢。君は今後、どうしたい?」


 突然話を振られて、エルフィナはちょっと体を硬くしてから、しばらく考え込む。


「すぐ気持ちを切り替えて、というのは厳しいかもしれないが……だが、私としても、いつまでも引きずってもらいたくはない。それは紛れもない本心だ」

「はい……」

「まあ、だからという訳ではないが……冒険者としてギルドに所属してみないかね? 精霊使いというのは非常に珍しいし、私も興味がある。研究させろというつもりはないが、このような形ではなく、ちゃんと話を聞いてみたいという気持ちもある」

「私が、冒険者に……?」

「どう思う? コウ君」

「ありだとは思う。彼女は剣術も優れてるし、弓も得意らしい。法術はないが、少なくとも戦う力は十分だと思う」

「うん。まあ、精霊使いだと分かると面倒に巻き込まれる可能性もあるから、それは伏せておこう。それでも、十分な実力はあると見ているんだがね?」


 伏せておこう、という言葉で、ふとコウはあることを思い出す。


「そういえば、俺が第一基幹文字プライマリルーン全てを使える、という情報は……」

「その様子だとエルフィナ嬢も知ってるようだが……まあそちらはいいだろう。このパリウスで、それを知るのはもう私だけだ。あまり褒められた行為ではないが、法術ギルドで君の力を見た他の者の記憶は、全て消去した。一応言っておくと、他の全員が望んだことだ。あんな存在がいると思うだけで正気ではいられない、とね」

「なっ……」


 特殊だとは思ったが、それほどとは。

 実際、目の前の人物も三つの第一基幹文字プライマリルーンの使い手ではないのか。


「アクレットも三つ使える、と聞いたが」

「そう。君はつまり、私を越える存在ということになる。どうやらもう知っているようだが、私も複数の第一基幹文字プライマリルーンの使い手だ。だが、今でこそ馴染んでるが、ここに赴任した当時、私の扱いなんてそれこそ腫れ物を扱うようなものだったぞ。当時の領主――ラクティ殿の父君がいなければ、私が混乱の元凶になっていたかもしれない。君は自覚がないようだが、第一基幹文字プライマリルーンの使い手とは、それほどに特別な存在なのだよ」


 そう言ってからアクレットは立ち上がり、執務机の上にあった小さな箱を持ってきてコウに手渡す。


「本当は後で渡そうと思ったが、ちょうどいい。ようやく完成した君用の法印具だ。出来は悪くないと思う」


 箱を開くと、以前もらったのと同じような手袋が一対入っている。

 アクレットに促され、コウはそれを両手にはめ、法印を意識し――驚いて、アクレットを見返した。


「繊維一本一本に法印がそれぞれ刻まれた、超複合型の法印具だ。左右一対で、ほぼ全文字ルーンが刻まれているはずだ。まあ、複合文字コンポジットルーンまでは手が回ってないが」

「いいのか?」


 それはつまり、第一基幹文字プライマリルーンすべてを刻んだ法印具という事だ。文字通りの意味で、所持者は一軍をも超える武力を手に入れることになると言っても過言ではない。


「私はこれでも、人を見る目は確かだという自信がある。君は、冷酷で容赦のない部分を持つようだが、少なくとも自ら悪をなすことは絶対にしないという確信がある。そしてそれは、冒険者としてあるべき姿だと私は思っている。ならば、手にある力は最大限発揮できるようになってもらいたい」


 法印具をつけて、もう一度意識を集める。

 確かに、法印具の中にあらゆる文字が知覚できた。その数、実に数千。

 ただ、あまりに多くかつ複雑で、慣れなければむしろ時間がかかるだろう。


「ちなみに、それだけ法印を刻んだ法印具は、おそらく君以外には使いこなすことは不可能だろう。私ですら、単純な法術でも従来の三倍以上の時間を必要としたよ」


 法印具に刻む法印を増やせば増やすほど、『認識』の難易度が跳ね上がる。

 ゆえに、法術を専門に扱う術者でも、法印具を使い分けるのが普通だ。

 いわばこの法印具は、文字通り最高クラスのものでありながら誰にも使えないという、意味のない仕上がりなのである。

 破格の速度で『認識』『充填』『構築』を行えるコウ以外には。


「まあ、正直に言うと、それを作るのに結構かかったので、今回の報酬は仕事の割に控え目だ。勝手にやって申し訳ないが」

「いや、むしろ助かる」

「で……エルフィナ嬢。話を戻すが、どうするかね。まあ、君の今後にも関わるので、すぐに決めろというつもりもないが……」

「……冒険者になってみます。少なくとも、悪い話ではないと思いますので」


 その言葉に、アクレットは嬉しそうに笑う。


「それは約束しよう。歓迎するよ。エルフィナ殿」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 エルフィナの冒険者適性試験は、あっさり終わった。

 コウに続くギルド長直々の推薦であり、さらにコウがつれてきた森妖精エルフということで注目を集めはしたが、付与されたランクは以下の通りだった。


  近接戦闘:緑

  遠距離戦闘:紫

  法術:灰

  探索:白


 遠距離は弓の技量が評価されてである。実際、驚異的なほどの技量だった。

 二十メートル四十カイテル先のやや不規則に動く小さな的に対して、二刻約五分以内に何回命中させられるかという最も難易度の高い試験で、あろうことか途中で的が足りなくなる事態になり、試験官が呆然としていた。二本の矢を同時につがえて、一度に二つの的を射貫くという曲芸まで披露している。

 見ていたコウは、何の冗談かと思ったほどだ。


 そして予想通り法術ランクは灰。

 魂の鏡を使用しても全く何も反応しないのである。

 一般的に妖精族フェリアは、文字ルーンの適性は人間より高いとされているだけに、この結果は立ち会った法術ギルドの人間を驚かせた。


 いずれにせよ、十分な実力があると判断され、エルフィナは『証の紋章』と共に、冒険者としての資格を手に入れた。

 一方のコウも、探索ランクが青になっていた。

 今回の仕事の成果ということだろう。

 探索に関しては、最初の頃は複数ランクが跳ね上がることも珍しくないらしい。


「で、エルフィナは今後どうする? 宿とかは紹介するが……」

「コウ様と一緒で」

「……一応確認するが、もしかしなくても俺と組むことが前提か?」

「違うのですか?」


 さも当然、という感じでエルフィナは首を傾げる。


「実際に仕事をするとなると、私も精霊行使エルムルトを使わずにというのは難しい場面があるかもです。でも、精霊使いであることは、あまり知られない方がよいのでしょう?」


 無論アクレットは知ってはいるが、彼でも、エルフィナが七属性全てを使えるとは思ってはいないだろう。

 というか、水属性だけだと思っているはずだ。


「コウ様ならそれを知ってますし、逆に、私も貴方の力を知ってしまってますし」


 秘密の共有というほど大げさではないが、確かに一理ある。

 場合によっては命を預ける仲間ならば、秘密にしておくことがあるのは望ましくない。


「分かった。ただそれなら、敬称はいらない。仲間なら対等だろう。これからよろしくな、エルフィナ」

「わかりました。こちらこそよろしくです、……コウ」


 言ってから、エルフィナは何度も反芻するように、口の中で繰り返した。


「コウ。うん、いいですね。なんかしっくりきます。これからよろしくです、コウ」


 そう言って、微笑む。

 その美しさに、コウは一瞬言葉を失っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――

 第二章終わり。

 やっと仲間が増えました。三十話あまりも使ってやっとですが。

 次の話はおなじみ解説資料になるので、読み飛ばしても大丈夫です。

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