第6話 黒騎士とエリシア(グレン視点)
静かな間が広がる。紅茶を啜る音とカチャカチャと茶菓子を用意する音のみが響く。
今この空間にいる俺を含んだ2人は、この部屋の主であるレナが出て行ったあと静寂のままであった。
しばらくして、スッと俺の前に茶菓子が出される。ショートケーキだった。
城下町で話題のケーキ屋の物。俺も聞いたことはあるが食べたことはなかった。
ふと目の前を見ると、エリシアさん自身の分も用意されたケーキと紅茶。そしてテーブルを挟んで向かい側にエリシアさんが座った。
「それで、わざわざ俺たちを2人にした理由はなんだ?」
エリシアさんに聞いてみる。正直、なぜ俺とエリシアさんが2人きりになったのかの理由だけはどうしてもわからない。
「確認したいことがありました。....レナ様には聞かれたくない話でしたので」
「へぇ....何を確認したいと?」
「今回の魔獣侵攻、全滅した村はありましたでしょうか?」
唐突な問い。だが、その質問の内容が的確過ぎて一瞬答えを躊躇った。
魔獣侵攻によって壊滅した村はある。事実、パーティでレナにその後を聞かれた時、同じことを返した。
だが、この処理報告はまだ回っていない。回覧も出ていなければ報告書に目を通したのは自分と黒騎士の数人だけだ。王にさえ伝わっていないはずの情報が、なぜ彼女にだけ伝わっている?
「....それを聞いてどうするつもりだ?」
「いいえ、ただの質問です。どうもこうもする気はありませんよ」
表情一つ変えずに言い切るエリシアさん。ポーカーフェイスというやつか、はたまた悟られないようにする“何か”があるのか....
いや、疑いすぎはよくない。不確定な要素のみで物事を判断するのは馬鹿のやることだ。『騎士たるもの冷静に分析し、戦況を読め』と、
顔色一つ変えないのは俺も同じ。静かに目の前に置かれたケーキをひとすくいし、口に運んだ。クリーミーな甘さが口に広がる。真剣な話の真っ最中だが、正直美味しい。
「あったよ、壊滅した村は。現状まだ黒騎士が調査中だが、少なくとも生き残りはいなかった。それと、名簿にあった村の人口よりも死体の数が少ない。消えているのは10~40歳辺りが多かった」
「そうですか....ということはやはり....」
目の前で考えるようにぶつぶつと呟くエリシアさん。
この行動一つで、あることが確信に変わった。疑いを持ったのはついさっきだが、それでもその疑いが完全に確信に変わったのだ。
(この人は....この魔獣侵攻に関して“何か”を知っている。何を知っているのかはわからないが、関与している可能性は浮上した)
黒騎士しか知らない情報の所持、被害状況の的確な把握、そしてさっきの言葉....今回の魔獣侵攻の根幹に関わることを、目の前の人は知っているのだ。
そうなれば、隠していることを引っ張り出すほかない。
「何か知っているんだな?」
「....さぁ、どうでしょう?」
「今の発言を元に調査を開始してもいいんだぞ?」
「お好きにどうぞ。私の中では腑に落ちたので」
好きなだけ悩んでもやもやしろということか?冗談じゃない。
どうやって引き出そうかと考えていると、カップをソーサーに置き、ゆっくりとエリシアさんが話しかけてくる。
「グレン様、あなたはレナ様を守りたいですか?」
質問の意図がわからない。だが、答えは一つしかなかった。
好きな女を守らないなんて選択肢はない。
「もちろんだ。一方的な恋情だが、彼女を守りたい思いに間違いはない」
「レナ様を裏切らないと誓えますか?」
「ああ誓おう。命を賭けてもいい」
そこまではっきりと言うと、エリシアさんは黙り込む。彼女は再び紅茶を啜ると、またゆっくりと口を開いた。
「ーかつて、この世界には魔王がいました。
魔族たちを束ねる王。今は亡きその王は、魔族達の欲望と本能を満たすために人界に侵攻をーーー」
「ま、待て!待ってくれ!その話なら知っているが、それが今回とどう関係が?」
「今回の件は2年前の“魔界化事件”....もっと言ってしまえば、15年前の“魔王討伐”にも関わってきます。私は、セレナ様の消失は15年前の事件に関係があるように思えるのです」
益々意味が分からない。先代賢者セレナの消失が、レナの探している人が消えた理由が15年前の魔王討伐に関係がある?それが今回の件にも繋がるというのか?
「それと今回の件がどう関わってくると?」
「今回の魔獣侵攻で見られた“人型魔獣”は覚えていますか?」
「ああ。魔法耐性が高い魔獣だな。二足で歩いているのは初めて見たが....」
「私は“あれ”と同じものを15年前の魔王討伐の時に見ています。無論、私はその時は11歳の小娘でしたから、逃げることしか出来ませんでしたが....」
なるほど、そういうことか。過去に見たことのある魔獣の侵攻、そしてそれが再び起こったということは今回の件と過去の件を同一視しても無理はない。
「それと滅んだ村の関係は?単に人型魔獣に殲滅されただけではなく?」
そう問うと、エリシアは苦虫を噛みつぶしたような顔になりフルフルと首を横に振った。
その瞬間、俺の頭に1つの可能性が思い浮かぶ。それは考えたくない最悪の可能性。
だが、次に発せられた一言でその考えは真実となる。
「その人型魔獣の正体は“人間”....滅んだ村の住民たちです」
やはり、そうなるか。人間を魔獣に変えるなど禁忌を通り越すレベルの鬼畜の所業。だが、なぜ彼女はこのことを知っているのか。
「その答えを知っているということは、15年前....あなたが見たものはまさか....」
「はい。私の家“アンドラーデ侯爵家”の領地は、過去に起こった魔王討伐の際に魔界化に巻き込まれています。私が逃げるその時、見たんです。領地の人間たちが、次々に魔獣となっていく様を」
これで全部が繋がった。今回の魔獣侵攻にいた人型魔獣のこと、壊滅した村のの住民の死体の数が少ないこと、村が無くなったことをエリシアさんが知っていた理由....ひもが解けていくように、必要な情報が入ってきた。
「....そろそろレナ様が帰ってきます。ここらでお引き取り願えますか?」
ちらりと時計を見ると既に2時間が経過している。おつかいとはいえ、そろそろ危なくなってくる時間だろう。
「なら、最後に1つだけ聞かせてくれ」
「はい」
「なぜこのことをレナに話さない?先代賢者様の行方を追っているレナなら、飛びつきそうな話だが....」
「レナ様は、お優しすぎるのです。倒している魔獣の正体が人だと知れば、レナ様は手が出せなくなってしまう。
レナ様には、手を汚さずに普通の生活をしてもらいたい。パーティーに出て、恋をして、結婚して、家庭を築いて、幸せな人生を送ってもらいたい。
....本当はわかっています。レナ様がセレナ様を探す過程で、この事実はいつかバレると。
でも、躊躇ってほしくない。セレナ様を探すことがレナ様にとっての生きる目的なのなら、私はそれを奪えません。
レナ様が自身の目で真実を見つけるべきだと、そう思うのです」
エリシアさんの真剣な目を見ては、俺から何かをすることなんてできなかった。
そこまでの覚悟を持っての言葉なら、俺は口を挟めない。
「わかった。約束は守ります。このことは誰にも口外しない」
「はい、よろしくお願いいたします」
「今の話を聞いて、俺もその他大勢ではいられない。レナが真実を探すというのなら、俺もその道を並んで歩く。
レナとともに、必ずすべてを暴き出す」
エリシアは無言で立ち上がり、そしてぺこりと頭を下げた。
「レナ様を、よろしくお願いいたします」
その言葉に頷き、俺はレナの執務室を出て行ったのだった。
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