2月12日 Side涼25
「足りない」
チャイムが鳴る前に授業が自習に変わり、もう少しでお昼休みになるという教室の空気は自習中だというのにわいわいと楽しげな会話で盛り上がっていた。
そんな中で私は頭を抱えて1人沈んだ空気を放っていた。
「涼くんどしたの?」
沸々と負のオーラを体に纏っていたからか、その様子に気づいた結が私の席まで近づいてきて、顔を覗き込んできた。
「足りないんだよ」
「……何が?」
言葉足らずの私の言葉に疑問を持ち聞き返してくる。
「凪沙」
「……?」
言葉を付け足したというのに全く意味がわからないと言った様子だ。そのままの意味なんだけど……
仕方なしに昨日の森との話からすることにした。
「えぇぇ……優奈ちゃんとバレンタインチョコで勝負することになったの?」
「そう」
口の端をピクピクとさせてかなり引いている。物理的にも体が後にのけぞっていた。
そこまで引かれるような話でもないと思うけどなぁ。
「しかも凪沙ちゃんの修学旅行二日目を勝手に賭けるなんて……」
「だって、凪沙と2人きりで沖縄の海を見たかったし……」
「だからって凪沙ちゃんの自由行動を涼くんが決めるのはおかしいと思うけど?」
正論すぎて言葉に詰まる。
わかってますよ。凪沙の自由行動だし、凪沙が自由に過ごしてくれたらいいと思う。けど、私としてはやっぱり一緒に2人きりの時間を過ごしたい。だって、初めての凪沙との旅行なんだし(修学旅行だけど)
修学旅行といえば、カップルが夜はお互いの部屋に行き来したりだとか、2人で抜け出したりだとか、先生に見つからないように同じお布団に隠れたりする最高のイベント……女の子同士なら部屋の行き来とかしやすそうだなぁ…
そんな妄想もしていたが、昨日の凪沙の言葉も気になっていた。
『これって涼ちゃんが勝ったら私は修学旅行二日目は自由にしていいってことだよね』
凪沙がそんなことを言っていたけど、二日目の自由行動って予定あったのかな……私と一緒に過ごさないって遠回しに言われたような気がする。
そして、凪沙のことを色々考えていくとネガティブな方向に思考が転がっていき、非常に凪沙に会いたい触れたい欲が体のどこからか湧き上がってくる。
「でも、昨日凪沙ちゃんに会ってるよね?お昼も一緒だったよね?まだ1日も経ってないのに足りないってなんなの?休みの日とか会わない時あるでしょ?」
今日の結は正論をマシンガンみたいに撃ち込んでくる。全くその通りで言い返せないし、撃ち抜かれた私の心は穴が開き、隙間風が通るくらいには冷え込んでいる。凪沙に会えないし温もりが恋しい。
「そうなんだけど……いつもなら会えるのに会っちゃいけないっていうこの状況が耐えられない」
はぁ。と、口からため息が漏れる。
「凪沙ちゃんは優しいなぁ。恋人がいろんな人からチョコ貰うのを良いよって許してくれたんでしょ?しかも、恋人と噂されてるから自分は会わないようにしてできるだけ障害にならないように配慮してくれるなんて。凪沙ちゃんって偉いと思うよ」
それなのに――とじっとりとした視線を向けて結が続けた。
「涼くんは凪沙ちゃんに会えなくて辛気臭いオーラを撒き散らして、誰も寄せ付けないような雰囲気を漂わせてるなんて……せっかく凪沙ちゃんが気を遣ってくれてるのに」
凪沙と会える結には私の気持ちなんてわからないんだ。結と喋っているとますます気持ちが沼に沈んでいくような気分になってくる。大人しく自習でもしててくれればいいのに……
そこにお昼休みを知らせるチャイムが鳴り響いた。
「あ、お昼だね。今日は涼くんどうするの?」
「え?」
「だって、いつも凪沙ちゃんが作ってきてくれるお弁当を一緒に食べてるんでしょ?」
私は口をぽかんと開けた。
「おにぎり買ってきたの?」
いや、買ってきてない。
「そうじゃん!!凪沙のお弁当食べられないじゃん!!」
お昼ご飯まで全然頭が回っていなかった。凪沙が私と会わないなんて言っているから当然お弁当だって作って持ってきてくれるわけない。
教室からは購買組が廊下を早歩きっぽいダッシュをしてかけていく様子が見える。
あの中に私も混ざるか?いや、でも――
凪沙のお弁当を作ってきてもらう前はコンビニで買うようにするくらい、あの購買ダッシュが苦手だ。
高校入学当初に一度だけ購買に買いに行ったことがある。人気商品が早い者勝ちで消えていくあの人混み……先輩後輩関係なく、我先にと後ろから押してきたり、グイグイと横から攻められたり、バスケで鍛えた体幹が無ければ私はあっという間に倒れて潰されてたであろう。
「今日は――お昼なしでいいや」
あんなところにいく気力も体力も無い。凪沙に会えなくてもう何もかもやる気がなくなった。部活前に何かしら買いに行けばいいや。授業中にお腹がならないことを願うしかないけど……
「あれ?」
お昼はもう昼寝でもしようかと机に突っ伏した私の頭上から結が何か見つけたような不思議そうな声がする。
次の言葉はちょっと含みが入ったような声音だった。
「涼くん。お昼ご飯食べられそうだよ」
「え?」
何を言っているんだと結の方を横目で見やる。
「お弁当――」
「凪沙っ!?!?」
お弁当の言葉を聞いて瞬時に凪沙が浮かび、突っ伏していた体が反射的に教室の入り口の方へ向けられた。
………わかっていたけど、私は落胆してまた机に突っ伏すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます