12月27日(2)

「ごめんね。母さんが変なこと言って」


涼ちゃんに家まで送ってもらう帰り道。手を繋いで私を見つめてきた涼ちゃんは眉をへこませて謝ってきた。


「変なこと?」

「えっと――お嫁さんとか……」


キッチンでの出来事を言っているみたいだ。

あの後、すぐに帰れなくて色々と片付けをこなしていたら、いつもより終わりが30分ほど遅くなってしまった。

その間涼ちゃんは休憩室でソファに座って私を待っていてくれた。


「それはちょっと驚いたかも……でも、私もごめんね?勝手に美月さんに付き合ってる事教えちゃって……涼ちゃんは知られたくなかった?」

「それはないけど……ちょっと恥ずかしかったのと、教えたら絶対からかってくるって思ってただけで…ハッキリいうのは躊躇ってたんだよね」


案の定揶揄われていたし、でも知られるのは嫌って訳じゃなくてよかった。


「そういえばあの時美月さんになんて言われたの?」


涼ちゃんが美月さんに抱きしめられて、耳元で囁かれた言葉を私は聞こえなかった。


「え!?それは……ちょっと……」


片手で口元を覆って視線を逸らす。何やら言いづらい事を言われたらしい。

少しお互いが無言の時間を過ごし、のんびりと駅までの道のりの歩みを進めていく。


「ふーん。そっかぁ。言えないことなんだねぇ」


私はちょっと拗ねたような言い方をする。


「いや、言えないことじゃないんだけど……こんなところで話すようなことでもないし……凪沙にも関係してくることっていうか……ちょっとはっきりとは言えなくて……あの――」


涼ちゃんが慌てたように言い訳を並べていく。別に責めているわけではないし、ちょっとからかっているだけなんだけど、そんなに慌てるなんて思わなかった。


涼ちゃんが私の手を引っ張った。


いつも通る道から外れて細い裏路地を通っていく。

無言で手を引かれて私はキョロキョロとどこへ連れて行かれるんだろうと呑気に思っていた。


辿り着いたのは小さな公園。


暗くなった公園は人気はなくブランコが街灯に照らされている。

公園の中に入り涼ちゃんはやっと私に振り返ってきた。その表情は少し真剣で少し頬が赤い。


「凪沙」

「ん?」


何を言われるんだかわからなくて首を傾げた。


「今度の練習試合で結と勝負することになって……」

「うん」


「私がんばるから……絶対結には負けないからさ」


涼ちゃんの黒い瞳が私を見つめる。赤く染まった頬がどんどん赤みを増していく。


「だから!あの……勝ったら……その…とま――」


最後の方はゴニョゴニョと言っていて聞き取れなかった。


「ごめん。涼ちゃんよく聞こえなかった」


お腹に力を込めた涼ちゃんが今度は聞こえるように私に告げてくる。


「結に勝てたら、私の家でお泊まり会…したいです……」


結局、語尾がゴニョゴニョとしていたけれど、今度は何を言っているのかは聞こえた。


「お泊まり会?」


ブンブンと顔を縦に振って肯定を示してくる。

お泊まり会ということは涼ちゃん、私、その他の人を含めて大人数で楽しもうっていうことだろうか?


「ちさきちゃん達も誘ってみんなでやる?」

「ち、違う違う!!ふ、2人だけで!!!」


2人だけで……


「………えっと、それって――」


顔が熱くなっていく。2人だけでお泊まりがしたいということ……私と涼ちゃんは恋人同士……誘われている?キス以上の関係を求められているってこと?


「だ……ダメですか?」


涼ちゃんが私の顔を窺うように見てくる。


クリスマスにホテルで2人だけで泊まった時は涼ちゃんは何もしないと約束をしていたから、あまり深くは考えてこなかったけれど……付き合っていく上でほとんどの場合は、体の関係にまで発展をする。


以前付き合っていた元彼は付き合ってすぐに体の関係を求めてきた。付き合ったのだから当然の感情なのだと思っていたが、どうしてもその下心丸出しの元彼に抱かれたいとは思えなくて私は逃げたしたのだ。


今、涼ちゃんと付き合いだしてまだ数日しか経っていなくて、涼ちゃんが私と体の関係を求めてくる事はあの元彼と同じような状況ではあるのに、私は嫌だとか不快だとかそういった感情が全く出てこなくて、私も涼ちゃんに触れたいとか抱きしめたいとか思っている自分に驚いた。


人を本当に好きになるっていう事はこんなにも違うのか……


きっと涼ちゃんは私が嫌だと言ったらちゃんと引き下がるだろうし、無理やりなんて事は絶対にしてこないとわかる。ちゃんとこうやって聞いてくるあたりが涼ちゃんの優しさが含まれているんだと思う。


「ダメなら……何もしないし……ただ一緒にいるだけでもいいから……」

「あ、そうじゃなくて……」


黙ってしまった私に不安げに告げてくる涼ちゃんは私が嫌がっているとでも思ってしまったようだ。


「嫌だとか全然思わなかった自分に驚いちゃって……」

「え……」


「いいよ。涼ちゃん。お泊まり会しよっか」


涼ちゃんの首からどんどん上に真っ赤に染まっていく。


こんな真冬に繋がれた手は熱くてどちらの手汗かもわからない。

涼ちゃんが一歩私に近づいた。


見上げれば涼ちゃんの顔がすぐ近くまで迫っていて、気づいた時には唇が重なっていた。

唇が重ねられただけの長めのキスをされて、ゆっくりと涼ちゃんが離れていく。


そういえば付き合ってから唇同士のキスは初めてだったななんて頭の片隅で思った。


「嬉しい……」


涼ちゃんがポツリと呟いた。

嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうに笑う。


「うん……練習試合がんばってね?」


何かに気づいた涼ちゃんが“ウッ“と呻いた。


「勝てなかったら、お泊まり会なしになる?」

「そうだね?涼ちゃんそう言ってたし……」


「余計なこと言ったぁ」と涼ちゃんが頭を抱えた。勝つ負けるとかじゃなくて、がんばったご褒美とかにしておけばどちらにしろお泊まり会ができたはずだったのに涼ちゃんは勝つ宣言をしてしまっていた。


「負けられない……絶対負けない……絶対凪沙とエッチするんだ!!!」


頭を抱えていた涼ちゃんが急に真剣な表情をして公園の中心でエッチを叫んだ。



慌てて涼ちゃんの口を手で押えたけれど、エッチは公園中に響いていた。

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