10月9日〜
喫茶店のアルバイトはすごく働きやすかった。美月さんは優しく丁寧に仕事を教えてくれるし、昼間のアルバイトの人達もみんな優しい方ばかりだった。調理などは美月さんが中心にやっていて、私はバッシングや出来た料理や飲み物の提供、レジ打ちだった。
「あれからバイトどんな感じ?」
休み時間、前の席に座っているちさきちゃんが振り返って話しかけてきた。
「ん?楽しいよ。まだ3日しか働いてないけど、美月さんは優しいし接客も楽しい!良いバイト先教えてくれてありがとね」
次の授業の現代文の教科書やノートを出しながらちさきちゃんにお礼を言う。
「それなら良かったよ!凪沙って可愛いからさ!お客さんにもモテモテなんじゃないの!?」
「そんな事ないよ!お客さんはみんな優しい常連さんばかりだし…」
駅からちょっと離れた喫茶店は地域の常連さんが休憩や談笑しに立ち寄るようなお店で3日しか働いてないけど、常連さん達に顔を覚えられて凪沙ちゃんと呼ばれて優しくしてもらっていた。
「それにしばらくは恋愛とかいいの!今はバイトを頑張るんだから!」
ちさきちゃんは私のノートにハートとか色々落書きを始めた。後で消してくれるのだろうか…
「でも、出会いは増えたでしょ?良い人見つかるかもしれないじゃん!」
可愛い女の子の顔を描いたちさきちゃんはその下に『なぎさ』と書いて隣にハート更に隣にまた顔を描き始めた。
意外と可愛い絵にちょっと消すのがもったいなく思っていると、隣に描かれた女の子の絵の下には『ちさき』と書いて――
「ちさき」
ちさきちゃんが見上げるように隣に立つ人物を見る。いつの間にか亜紀ちゃんが隣に来ていた。その瞳はちょっといつもより光が少ないような気がする…
亜紀ちゃんはクールな文学少女って感じの子で肩先まである黒髪と眼鏡がとても似合っている可愛い女の子だ。
「亜紀?どしたの?」
「これ昨日忘れていったノート」
そう言ってノートを差し出す亜紀ちゃんは視線が私のノート…いや、ちさきちゃんが描いた落書きに向いていた。
可愛い似顔絵の下にはなぎさ♡ちさきという文字が並んでいる……
頬を少し赤くして
「!?あ!あー昨日亜紀の家に忘れて行ったんだっけ……」
と言って亜紀ちゃんの不満そうな視線には気づかずにノートを受け取っている。
「ちさき…凪沙さんのノートに落書きしたらダメだよ」
「ん?あー、どう?可愛くない!?」
自慢げにノートを見せてるけど…亜紀ちゃんの表情が更に険しくなってるから!片眉がピクッと上がって目が細められて可愛い顔が眼鏡も合わさって教育ママ系の厳しいお顔になってるから!
私が内心慌て出していると…聞き慣れたチャイムが鳴り出す。
「ほ!ほら、もう授業の時間だよ!ね!この落書きもすぐ消すからね!亜紀ちゃんも席に戻らないと先生来ちゃうからね!ね!」
私は聞き慣れたチャイムに感謝して、なんとかこの場を納めた。ちさきちゃんは何もわかってないのか気にしてないのかわからないけど、亜紀ちゃんは静かに席に戻って行った。
次のバイトの日は土曜日のお昼からで今まで学校帰りにバイト先に寄っていたのでお昼からバイトというのは初めてだった。
『喫茶みづき』は家の最寄り駅と学校がある最寄り駅の間にあって定期の範囲内のため電車代もかからないし通いやすかった。
いつもは喫茶店の更衣室で着替えてから仕事を始めていたけど、今日は着替えなくても良いように黒のスラックスと白のワイシャツを着てきていた。あとはエプロンをつければすぐに仕事を始められる。
カランカランとお店の扉を開けて「おはようございまーす」と入っていく。小さい店舗なので従業員用の入り口などなくお店の出入り口から入っていく。
カウンターに常連のおじさんが本を読んでのんびりしていて、私に気づいて手を振ってくれた。私も手を振り返してカウンターの奥のキッチンに入るといつもいるはずの美月さんはいなくて、キッチンの横の小さい休憩室兼更衣室に入るとここでは初めて見る女の子の後ろ姿があった。
「おはようございます」ととりあえず声をかけると棚から漫画本を引っこ抜いてこっちを振り返ってきた人は見慣れた制服に身を包んでいた。
「?おはようございます………あれ?新しく入った人??天城さんだったんだ!」
「え!?あ、はい。天城凪沙です」
私が通っている夕ヶ丘高校の制服に身を包んだ女の子はにこやかに笑って話しかけてきた。
「知ってるよー天城さん有名人だもん」
「えっ!?有名人??」
「有名だよ。学校の中ではダントツで可愛いって」
そんなの知らないんですけど!?どこ情報ですかそれ!?
漫画を読むのかソファに座った女の子を見る。
「悠木さんだって有名人ですよ」
「知っててくれたんだ!嬉しいなぁ」
少し猫目な黒い瞳を細めてニッコリ笑う悠木さんはホントに嬉しそうだった。
身長が高くバスケ部のエースで中性的な顔立ちの彼女は男子にも女子にも人気があり、髪はウルフっぽくカットされて短い黒い髪とちょっと猫目な黒い瞳はイケメン寄りだけど、笑うと可愛らしく愛嬌があり気さくで友好関係も広いらしい……確かちさきちゃん情報ではそんな感じだった。
「そんな悠木さんがどうしてここにいるんですか?」
「え?私?……店番かな??」
「店番?ここで働いてたんですか?店番なのに漫画読もうとしてました!?」
「いや!違うよ!?ちょっと見ててって母さんが……」
悠木さんは立ち上がり漫画を棚に押し込んで手をパタパタさせていた。
「…お母さん?」
どうしてここでお母さんが出てくるのか……私の頭の中はハテナマークでいっぱいになった。
カランカラン
お店の鐘が鳴ってふわりとした明るい声が聞こえてくる。美月さんが常連さんと挨拶をしているみたいだ。そのままパタパタとこっちに向かってくる足音が聞こえる。
「涼〜ごめんごめんお待たせ〜」と言って休憩室に美月さんが入ってきた。今日も長い黒髪をポニーテールにしてちょっと急いできたのか額に汗が滲んでいた。
「あ、凪沙ちゃんも来てたんだね。おはよう」
ハンカチで汗を拭きながら猫目な瞳を細めて微笑んだ。
「おはようございます。美月さん」
私も挨拶を返すが、さっきの謎はまだ解けていな―――
「母さん私もう部活に行かなきゃいけないんだけど…」
!?!?解けたーーーー!!!
「え!?お母さん!?美月さんって悠木さんのお母さんだったんですか!?!?」
「そうだよ〜言ってなかったっけ?」
明るく返された。同じ高校に通う娘がいるなら教えてくれても良さそうなのに…何故話題にもならなかったのか……
「高校生の娘がいるなんて全然見えなくて…なんなら姉妹って言われた方が信じるかもしれないです……
」
美月さんと悠木さんを交互に見る。確かに似ていた。目元とかそっくりだったし、苗字も一緒だ…逆になんで気づかなかったのか……
「すっごい褒められてる?姉妹だって涼!姉妹コーデとかしちゃう?」
「しないし…やめて恥ずかしいから…」
ウキウキと悠木さんの腕に腕を絡ませてピースサインをこちらに向けてくる。若い…
悠木さんは大きめのリュックサックを肩にかけてため息を吐きながら美月さんの絡みを解いていた。
「じゃぁ、天城さんまた学校で」
「あ、はい」
手を振り去っていく悠木さんに手を振り返して、高校2年生の10月まで悠木さんとは話した事ないのにまた学校で…という挨拶は今後学校でも関わってくる事があるのか私には何もわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます