Day032 夜の水族館
ひらひらと空を飛ぶように目の前を大きな体が通り過ぎていく。自由な軌道は大水槽の上へ下へ、控えめに差し込む月明かりに照らされて優雅に泳ぐ海の生き物からシンイチロウは目が離せなくなっていた。あれはエイの仲間だろうか、時折近づいて来ると存外厳つい顔をしていることに驚く。夜の水族館ならではの暗くて密やかな雰囲気に合わせるように、シンイチロウは隣りで一緒に水槽を眺めている同行者の袖を引こうとしたが、それは空振りに終わってしまった。
大水槽に夢中になっている間に次のエリアに行ってしまったのだろうか。いないと分かると途端に居場所が気になってしまう。シンイチロウは大水槽にいるような大きないきものが大好きだ。悠々と泳ぐ姿も時折見せる力強さも美しく思えて、文字通り何時間でも眺めていられた。実際時間も同行者の存在も忘れて水槽の前に立ち続けてしまったが、まだ名残惜しさがある。
それでも折角なら我侭を言ってついてきてくれた同行者にも楽しんでもらいたいと思う気持ちがあるのも事実だ。シンイチロウはようやく大水槽から次のエリアへと足を進めた。
夜の水族館は頻繁には開催されない特別イベントだ。かなり人気で遠方から駆けつける水族館ファンも多いらしい、とシンイチロウは通りすがりの人がひそひそ会話している断片から知った。普段の休日よりはましだが、しかし人がまばらということもない混み具合も納得がいく。比較的小柄な同行者を見つけるのには時間がかかるか、と周辺を見渡したシンイチロウは意外にもすぐに探し人の背中を認めることが出来た。
「みつるさん」
驚かさないようにそうっと横に並び立って、同行者が見ている水槽に目を遣る。壁にはめ込まれた小さな水槽にはふわふわの無数の傘が浮いて沈んでを繰り返していた。
「可愛くて、つい見とれちゃった」
シンイチロウにとっては嬉しい誤算だ。イベントに誘った時にはそこまで強い興味を示していなかったみつるも好きな海のいきものを見つけられたらしい。自分の好みとは真反対なようで少し似ている、小さな水槽の世界で穏やかに漂うクラゲたちをみつるは心底興味深そうに眺めていた。
「誘って良かった」
「うん、ありがとう」
次はクラゲがたくさん見られる水族館に誘ってみよう。シンイチロウは存外色彩豊かで飽きない水の世界に視線を吸い込まれながら、次の機会を想う。
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