Day029 シンイチロウの秘密
シンイチロウには秘密がある。同居してもう随分と経つみつるにも言えない秘密だ。
毎日出社するみつるが家を出た後、朝ご飯の食器を片付けた彼は自室に戻って仕事を始める。それは本職の作家業だったり翻訳業だったり、時々頼まれ事で動画を作ってみたり、その日によって着手することはさまざまだが、基本的には一人で制作を進めることが多い。定期的に各業務のパートナーから仕事に関する電話やメールが届く以外、彼は自分以外の誰かと接することはほとんどないために、締切以外の時間や食事を忘れることが多々あった。
そんな彼が今日は正午過ぎに昼食をとっている。しかも、直近一ヶ月は一度も食事を抜かすことなく、食に関しては至って健康な生活を送っているのだ。長年シンイチロウの食事事情に頭を悩ませていたみつるも、ここ最近の真面目な食べっぷりをひどく喜んでいた。しかし、シンイチロウはみつるの喜びようを素直に見ることが出来ない。彼には秘密があるからだ。
やはり少食なのは変わらないらしく、食べきれなかった副菜がちらほら盛られたままだったが、彼は「ご馳走様」と一言呟いて席を立ち上がった。だが、その足は台所ではなくベランダへ向いている。丁度、彼を待っていたようにカリカリと何かを引っ掻く控えめな音が窓の外から聞こえてきた。ベランダには影もないのに音だけが聞こえる、本来なら警戒して然るべき状況のはずだ。しかしシンイチロウは迷わず窓を開けて、その場にしゃがみこむ。
そこには小さな訪問者が行儀良く待ち受けていた。
「……やあ」
シンイチロウには秘密がある。いつからかベランダを訪れるようになった子猫と昼食をとっていること。たまに撫でさせてくれる毛並みがふわふわで心地良いこと。こっそり子猫を「みっちゃん」と呼んで可愛がっていること。全部みつるには秘密だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます