Day008 切り取られた季節に

 旦那様はモノを作ることがお好きだ。難しいものほど作りがいがある、と仰ってご家族の皆様や使用人たちの困りごとを解決するために計算式と金属、他にもさまざまなものたちを味方にして新しいモノを作り出していらっしゃった。

 厳しい環境の雪山では存在し得ない、この温室もその一つだ。私がここで働き始めた頃、お嬢様が植物図鑑をご覧になって何気なく漏らされた一言がきっかけだった。「このお花はどんな匂いがするのかしら」と。

 それから幾度の試作と数年を経て、旦那様はこの白一色の山に季節を生み出された。温室は古い小屋を改修して作られたものだ。一体どうやって小さいとはいえ小屋、改め温室を緑でいっぱいにしたのか。旦那様に訊いても終ぞ教えてくださることはなかった。山の外の世界をご存知の奥様も、初めて雪に塗れていない植物をご覧になったお嬢様も、まるで魔法のようだ、と大層お喜びになっていたことを今も鮮やかに覚えている。そんなご家族の姿を見れば、方法などどうでもよくなってしまった。

 それから温室の植物のお世話はお嬢様と私、お嬢様がお忙しくなってからは私の仕事となった。お嬢様と私はここで四季というものを識った。土をさわり、草花を香り、癒やしと稀に教訓を与えてくれる植物たちは旦那様と、旦那様の書斎の本に次ぐ新たな先生となってくれたのだ。

 今は丁度、実りの季節。キンモクセイという木が甘い香りを漂わせ、悪戯者のエイコーンが頭の上から降ってくる。花の季節の次に旦那様とご家族の皆様がお好きだった季節だ。豊穣の香りでむせ返る温室をご覧になれば、お嬢様もまたきっと土いじりに夢中になられる。だから、その時まで温室の季節を滞りなく、恙なく進めていよう。

 さて、余分な木の枝を取ったら、今日の手入れは終わりだ。枝は暖炉の燃料として保存しておこう、と麻紐で縛り上げて束を携えるとパキリ、と乾いた軽い音が鳴る。これは良い薪になるだろう。

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