第9話


 さてっと…次の授業はどこかな。

 そんなに時間もなさそうだから早く席につかねばならない。


「…?そこの男、止まりなさい」


 おいおいおいおい、止まってやれよ男の人、澄んでる声の綺麗なお姉さんが君を呼んでいるぞ。


「最後の忠告、止まりなさい」


 ほら、めっちゃ威圧的な声になったじゃん。

 あぁあ怒らせちゃったよ男の人、そんな空気の中に俺は居たくないし、早くここから離れるのが吉だ。


「あなたに言っているのだけれど」


 右肩に感じる筋肉ムキムキの男と間違えるほどの握力、ですよねー。

 この力、どんなことがあろうと俺の歩く足を無理やり止めているようだ。


 てっか歩くの早すぎだろ、さっきまで車のところにいたじゃん。


「…あっすいません、まさか私の事でしたか?」


 ここで一つ、声を作った。


「………」


 めっちゃ見てくる。

 つま先から頭のてっぺんまで余すことなく、まるで機械の顔認証みたいだ。


「……素の声、はい」


 やっぱ指摘してくるか、選択肢は二つ。

 一、このまま受け流して難を逃れる。

 二、この場を全力で逃げる。


 満場一致で俺の頭は二はやめろと言っている、逃げたらそれは認めているようなものだ。


「今風邪で…素の声と言われても…コホッ」


「………本当なのね?」


「な、何がですか?」


 瑠奈さんは勝手に一人で納得した後、目の前で屈み俺の足を凝視した。

 それは、以前俺が龍にやられた右足だ。


「右足、怪我してるみたいね…一体いつから?」


「さ、最近の怪我ですよ…熱湯をこぼしちゃって」


 だ、大丈夫だよな?声震えてないよな?

 俺が不安がっていると、瑠奈さんは右足から視線を外して立ち上がる。


「そ、ありがと、じゃあまた今度」


 それだけ言い残して、瑠奈さんは人混みの中を通り、高級車の中に入って行った。


「……ねぇ、何だったの?」


「……わからん」


 いやぁぁぁぁどうだ?

 いやもうこの際、バレていないと言った程で話を進めよう…現実逃避ジャナイヨ。


「てか、あんた知り合いだったの?随分仲良く話してくれちゃってんじゃんねぇ?」


「いや全然知らない人、怖いから顔を近づけて拳を上げるのはやめてくれ」


 全く、これだからファンは怖いんだ。

 いやそこじゃない、本当に怖いのはあの人の行動力。


 1日2日で俺のいる大学に来るとは思いもしなかった。

 単なる当てずっぽうの可能性はあるが、一応注意した方がいい。


「んな事より早く授業に行くぞ、遅刻してるからな」

「うわマジ!?早く行こう?」




 ───




「さてさてさてさて、ではやって参りました、第三十二回!質問コーナーっよ!」


 ドンドンドンドンパフパフパフパフビンビンビンビン!


『何でこんなテンション高いんだ』

『言うな、変態な事は俺たちがよくわかっているはずだ』

『てか何で質問コーナー?雑談でいいじゃん』


 授業を終え、家に帰って色々ことを済ませてからの配信は夜9時ごろ。


 一先ずは視聴者の結論通り、しばらくは雑談配信をすることにした。


「……ざつ、だん?お前たちは走者にわかのようだな、普段の俺を見ていれば自ずと答えは導かれる」


 ダンジョンの最下層に向けて走り続けるだけの配信?

 宝箱、魔物をフル無視?もう一度言おう、走るだけの配信。


「つまりだつまり、俺にはトーク力なんて微塵もないのである、Q、E、んーD!」


『要はコミュ障』

『自分の誇りある配信スタイルを言い訳に使うな』


 いやコミュ障じゃないし、だって春香と話してるし…いやでも大学で春香以外と話した事…ま。


「そんなことどうでもいいんだよ、早く質問カモン!」


 そう言ってから数秒後、コメントに質問が流れた。


「『ダジョッターでお前が最強とか言われてたけど、あれってどうなん?』か…」


『あ、確かに…そんな書き込み見た』

『そうそう、結構言われてたんだよね、だから実際どうよ?』


 一度スマホでダジョッターを開き、走者と検索をかける。


 確かに書き込みの多くには、俺の実力やスキルを考えている人が見られる。

 全く、雑魚スキルなんて知ったらどうするのやら。


「これの説明は簡単だ、と言うかお前たちも薄々感じてるだろ?」


『まぁな、あんな階層お前の走った時には無かったし』

『そう、でも一応確認で聞いたんだ』

『今更言うことでもないが、が起きたんだろ?』


 -ダンジョンスイッチ-

 二つのダンジョンの階層が大きな揺れに伴い切り替わる事。

 この現象は非常に稀、今まで生きてきた中で見たのは初めてだった。


「正解、大きな揺れを感じてまさかと思ったけど、本当にあるんだなそう言うの」


『珍しいからな、ダンジョンスイッチが噛み合って丁度お前の階層がドラゴンの下に来たんだろう』


 で、そのドラゴンの階層より下から出てきた俺を皆、最強のスキルの持ち主だと考察しているわけか。


『てか気づかないもんか?ダンジョンスイッチって大きな揺れと同時に起こるんだろ?』

『バカ言え、ドラゴンと戦いながらそんな事に気配りできっか』


 そう、気づかない。

 だから生存報告配信でも、ダンジョンスイッチのことを言わなかった。


「『顔は出さないの?』ね…底辺配信者を俺が出したところで黒歴史化して終わりそうだ」


『ネットのおもちゃ確定演出、しかも今は状況が状況だろ』


「……もうこの際言っちゃおうかなー、スキル」


『え、ま?』

『あんな頑なに言いたくないですよアピしてたのに?』

『まじ?超気になるんですけど!?』


「今は初見さんがいないからな、それに事態が事態だ、俺のスキルから作戦を考えてくれ」


 しっかしいつも見に来てくれたのに、何で今日だけ見に来てくれないんだ?


『見限られたんだよ、やっぱり面白くないーって』



 心を読んだかのような、そんなコメントが流れる。


「全然ありそうなのが妙に心を抉る、まぁ仕方ないか、こんな配信ずっと見てくれる人の方が異常で変態だし」


『よし、今日は解散か』

『ありがとな走者、明日からはお前は一人だ』


「ちょ、嘘嘘嘘!スキル教えるから、気になってたでしょ?、ね?」


『もう少しいてやらんこともない』

『腰を据えて話をしようではないか』


 クッソォ調子のいい奴らめ。


『こんにちは、まだやってますか?』


 お、このアイコン…遂に!


「来た!遂に来た!見限られたかと思っちゃったよ初見さん!!」


 ほーら来た!よかったぁ…このアイコンを見るたびに一喜一憂する自分に内心苦笑してしまう。


『今何やってるんですか?』


「今ですか?今は質問コーナーをやってるんですよ!初見さんも何かありますか?」


『では…少し考えます』


コメントが止まる。

そう言えばこの人、登録者一万人以上いる人なんだよな。


「……うーん」


俺も最初の頃は、たくさん登録者が欲しいなってずっと思ってたなぁ。


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