第38話 怒った私は容赦ないのです

 チラチラと私の顔を伺っているルイス様。

 何か良からぬ予感がしますか?

 全員がテーブルにつきました。

 イーリスさんとリアトリスさんはマリーさんの監視のもと、体を清めて食事を与えられましたが、今は後ろ手に拘束されて床に座っています。


「さあ、奥様。始めましょう」


 アレンさんが優雅な手つきで紅茶に手を伸ばしました。


「ちょっと思いついちゃったんですが」

 

 全員無言のまま頷きます。


「まずはノースとサウザンド」


 ノベックさんが応えます。


「ノースもサウザンドも我が国と同じ女王統治です。ノースには不燃ごみの3つ年上の王女が即位したはずです。王配は無能で有名で、血筋だけで選ばれてます。子供は王子が1人ですがまだガキです」


 今度はアレンさんが口を開きました。


「ミニアは老齢の王がまだその座を渡していません。王子が一人と王女が三人いますが、王子は末っ子です。王は王子に継がせたいがために未だに現役を続けていますが、あと10年はかかるでしょうから崩御したら王女の誰かが一旦即位するでしょう。可能性が高いのは次女で、優秀だと評判ですが、長女とは犬猿の仲です。三女は王子と歳も近く、こちらの2人もまだガキです」


「ミニアの方は少し時間がかかりそうですね、まず王様には例外無く寝たきりになっていただき、長女と次女には跡目争いをしてもらいましょう。三女と王子はどこかに移して安全を確保してあげないと可哀想ですね。次女が優秀なら長女には有力な後ろ盾が必要です」


 リリさんがクッキーに手を伸ばしながら軽く言いました。


「それなら我が国が後ろ盾になると匂わせるのはどうですか? 宰相を動かしましょう。状況によっては本当に手を貸してもいいし」


「それではリリさん。その線で」


「畏まりました」


「長女が強気になれば、あとは噂を流すだけで勝手に争ってくれるでしょう」


 アレンさんが言いました。


「では影を使いましょう。王家が滅んでからほとんど遊んでます。先日も以前同僚だった影の長が来て、暇で死にそうって言ってましたから、喜んでやるでしょう」


「それではアレンさん。その線で」


「畏まりました」


「問題はノースですね。ノースにはノヴァさんにルイス様の名前で行ってもらいます。我が国の王配は女王陛下の弟ですからそれを利用しましょう。でも絶対に2人の仲に気づかれてはいけませんよ? ノヴァさんノース語は?」


「問題なく」


「ルイス様に興味を持っているのですから、簡単に落ちるでしょう。ダンスに誘って、耳元でサウザンドの王女に狙われて困っていると愚痴ってください。まあノヴァさんの実力はこの目で確かめていますし、安心してお任せできますが、あくまでもルイス様になり切って下さいね。ああ、思わせぶりな態度だけですよ? 手を出したら計画が崩れます」


「畏まりました」


「これでミニアが姉妹喧嘩で疲弊している間に、ノース女王はサウザンド女王にルイス様を手に入れたと匂わせるはずです。そこで双方の嫉妬心を煽っておバカさん同士で小競り合いをさせます。この二国の世論操作はアレンさんに任せます。どちらにもルイス様は女王にぞっこんだと噂を流してくださいね」


 ニヤッと笑いながらアレンさんが言いました。


「サウザンドに行くルイス様役は……ああ、いましたね。既になり替わろうとした奴が」


「ええ、イーリスさんには死ぬ気で頑張ってもらいましょう。ルイス役のイーリスさんはリアトリスさんに拉致されて連れてこられたという設定です。あなたの監視役には……」


 リリさんが静かに手を上げました。

 イーリスさんが真っ青になって何度も頷いて言いました。


「絶対に裏切りません!」


 リリさんはイーリスさんの顔を見ながら、黙って鞭杖をヒュンと鳴らしました。

 リリさん! クールです!

 ルイス様がおずおずと聞きました。


「ねえルシア? ノースがノヴァで、サウザンドはイーリスが私として行くんだよね? 2人とも私になり替わるんだよね? 私は行かなくていいんだよね?」


「ん? ほほほほほ。まあ焦らず。出番は用意しますから」


「いや、むしろ出番は全力で拒否したいのだが」


 ルイス様がそっとハンカチで額の汗を拭きました。

 まあ! 嬉しい! 私がプレゼントした刺繡のハンカチを使ってくださっています!


「マリーさんには、まずミニアの王に例のアレを。サウザンド女王にはノースを併吞したあとのお楽しみを用意しますので、それまでは色欲だけで繋いでおいてください」


「嫌な予感がする」


 ルイス様の独り言は無視しましょう。


「ノースの女王の前から消えたノヴァルイス様が、サウザンドに拉致されて女王のペットとなって痴態を繰り広げている。ノースの女王は取り戻そうとするはずです。そこでサウザンドのルイス様役は一旦姿を隠します」


「それで?」


「サウザンドの女王はノースの女王がルイス様を奪ったと誤解し、取り合いに発展します。恐らくサウザンドか勝利するでしょう。国力が違いますからね」


「確かに」


「ミニアは長女に勝たせるように仕向けます。おバカな方が楽ですから」


「なるほど」


「ノースを併吞し、無事にルイス様役のイーリスを取り戻したサウザンドの女王には、ニューアリジゴクにハマって貰います。ナンバーワンはルイス様、ナンバーツーはノヴァさんです。もちろんルイス様は接客しなくていいです。大金を出すならチラ見せ程度はしましょうか。隣に座って欲しければもっと大金を出せって感じですね。ああ、この時点ではノースの女王はいないので、ノヴァさんのルイス様役は終わっています。さあ! 2人とも張り切って媚を売ってください!」


「ニューアリジゴク!」


「サウザンドの女王を連れてくるのはもちろんルイス様役のイーリスさんですよ? 君が喜ぶような店があるからとかなんとか言って。そこのテクニックはルイス様に習ってください。経験で有効なタクティクスをお持ちです。ミニアの方は宰相に誘わせて、二人で競って破産してもらいます。ジュリアンは宰相と常に行動を共にして、逐一情報を報告しなさい。作戦本部はエルランド伯爵家タウンハウス。総司令官はルイス・エルランド様、参謀長はアレンさん、現場の統括管理はノベックさんです。そして私は……」


「奥様は?」


「お留守番担当です!」


「ベストチョイス!」


 皆さんお互いに握手をして為すべきことを為すために散っていきました。

 エルランドの領地には手紙を送り詳細を伝えましたが、義両親とも、うずうずしておられる様子で、ランディさんと一緒にタウンハウスに向かっているそうです。


 今回ニューアリジゴクを作るのは、美しい庭園を備えた女王が所有していた別荘です。今はエルランド家の名義になっていますし、資金は腐るほどあるのでやりたい放題ですね。

 ニューアリジゴク……ワクワクします。


 散っていったメンバーからは、逐次進捗状況の報告が届きます。

 実に順調です! メンバーは本当に優秀です!

 そうこうしている間に、ランディさんが義両親と一緒に帰ってきました。


「お疲れ様でございました」


「みんなご苦労様だったね」


 お二人に続いてランディさんが大きな荷物を抱えて入ってこられました。

 私は思わず抱きついてしまいました。


「ランディさん! お会いしたかったです」


 「奥様、元気そうで何よりだ。そろそろ買い食いにも飽きただろうと思って帰ってきましたよ。旦那さんもご苦労でしたね。まあ終わりよければ全て良しだ」


「ああ、いろいろありがとう」


 ルイス様とランディさんはがっちり握手をしました。

 なんというか、立場を超えた男の友情って素敵です。


「ルシアちゃん、私は何をすれば良いのかしら? できれば最前線が良いのだけれど」


 お義母様……。


「ニューアリジゴクの全プロデュースをお願いしたいです」


「ニューアリジゴク! ランディから聞いたけど楽しそうね。任せてちょうだい」


 その日は珍しく全員が顔を揃えました。

 久々のおいしい食事のあと、作戦会議室に集合して報告会が開催されました。

 改めてお義父様の口からこの2年間の詳細を聞きました。

 快適な軟禁生活の話にお酒が進みます。

 

「それで? 国家乗っ取り作戦の進捗を報告しなさい」


 お義母様ったらホントにもうノリノリです!

 何か私にできることは無いかと探していたら、ちょこちょこ帰ってきてくれるリリさんがこそっと耳打ちしてくれました。


「奥様。暇だとロクなことを思いつかないので、私と一緒に行きませんか?」


「いいですねぇ~」


「じゃあ決まりってことで。明日の朝には出ますから準備をしておいてください」


「何を準備すれば良いのでしょうか?」


「歯ブラシと洗顔セットと替えの下着で十分です。他はこちらで準備します」


「お菓子は? 果物はお菓子に含まれるのかしら」


「どっちでもいいです」


「わかりました。お義父様とお義母様、ルイス様とジュリアンにはお話ししておかなくてはいけませんが、行く先はどこですか?」


「ご領地です」


 ルイス様が口を挟みます。


「ダメだよルシア。旅なんて危険だ」


「リリさんが一緒ですから大丈夫ですよ」


「でもダメだ。心配で眠れない」


「マリーさんに睡眠薬をお願いしましょうか?」


「そうじゃなくて! だいたいルシアがいない間に突発的なことが発生したらどうするの」


「お義母様がおられるではないですか」


「余計ダメだよ。母上ではすぐに戦争になる。父上もきっと止められない」


「それならそれで良いではないですか。ちょっとの間ですから。ね?」

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