第25話 王家の改善! 効果の確認
思いのほか早い段階で、効果の確認を目の当たりにすることができました。
王配殿下が馬車の外で女王陛下をエスコートされると、女王陛下はルイス様を気にしながらも、嬉しそうに王配の手を取ったのです。
女王陛下にとってオーディエンスである私たちがいるにも関わらず、ルイス様を置き去りになさったということは、ルイス様の仮説が正しいことの証明でしょう。
私とアレンさんは目を合わせて頷きあいました。
ルイス様は手を取り合って王宮に戻るお2人の背中を、本当に嬉しそうに見送られました。
巣立とうとする雛を見る母鳥の目線……やっぱり小鳥?
私たちはアイコンタクトだけで別れました。
さてさてリリの蒔いた種は目を出したのでしょうか。
ジュリアンの奔走は?
ランドルさんの貞操は?
いろいろと気になることが多いですが、早急に意識合わせをするべく、屋敷に戻りました。
「アレンさん、本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました」
「奥様こそ良く頑張りました。裏ミッションをバラしちゃうからドキドキしましたよ」
「ははは~。だってここまでやってダメだったら実行あるのみですよ?」
「正解でしょう。そういう意味でも今日の謁見は成功ですね。でも……」
「やっぱり?」
「ええ、やっぱりヤツはダメですね。テキトーなことを言って切り上げました」
「ですよね」
「ヤツのことはもう放っておきましょう。フォローも不要です。そこそこ頑張ってくれて、少しでも旦那様が楽になればラッキーくらいで」
「はぁぁぁぁ~。ホント馬鹿ばっかりですね」
それから数日は何事もなく平穏な日々でした。
今日はリリさんが宰相と夕食の約束をしていると言っていましたので、報告が楽しみです。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさ~い! 早かったですね」
「結果さえ聞けば用はないです。時間の無駄です。でもこの先も使えそうなら使い果たしますので、ものすごく微かな望みだけは持たせて帰らせましたから安心してください」
「ありがとうございます。で? どうでした?」
「あのおっさんは、加齢臭するしケチでアレですが、やるときはやる男なんですよ。まあそれくらいじゃないと血筋だけで宰相は張れませんから。結論から申しますと、前王はご自分の娘のことを全く理解しようともせず『ルイスさえ与えておけば大丈夫』のスタンスを崩さなかったみたいです」
「なるほど」
「失敗したのなら2度と会わないと言いましたところ、もう少し時間が欲しいと粘るので、前王はもういいから、王配と女王陛下の仲を取り持てと厳命しておきました」
「すばらしい」
「そしたらあのおっさん、ちょっと調子に乗りやがりましてね。成功したら褒美が欲しいなんてぬかすので、このピンヒールをテメエがぶら下げている自慢の息子の先端からゆっくりと突き刺してやろうか? って申しました」
リリさんがドレスの裾を膝まで捲り上げてハイヒールを見せてくれました。
本当に刺さりそうなほど細いヒールで、足首がとてもきれいに見える素敵なデザインです。
アレンさんとランディさんは酸っぱいものを食べたときのような口になっています。
「そしたらあいつ、恍惚とした表情で何度も頷くんですよ? 気色悪いでしょ? 絶対変態だろうとは思っていましたが、正解でしたね。私の目に狂いはありませんでした」
「我が国の宰相って変態なんですね」
「ええ、それもハード系被虐愛好者ですね。最初からわかっていれば、もっとやりようがあったのですが、下手に隠すから遠回りしちゃいましたよ。すみませんでした」
「いえいえ、リリさんに落ち度はないですよ」
リリさん、最強です! 弟子にしてください!
それにしてもなぜアレンさんとランディさんは内股になっているのでしょう?
「なので、裏ミッションの準備を急ぎましょう。いろいろ仕込みが必要なので、ちょこちょこ姿を消しますが、ご了承くださいませ」
「勿論です。最優先でお願いします」
どうやら皆さん同じ意見のようですね。
裏ミッション……早急に作戦名を考えねば!
リリさんはニコッと笑って退出しました。
リリさんの背中を見送りながらホッと息を吐かれたアレンさんに聞きました。
「アレンさん、あんな優秀な人材をどのようにして発掘されたのですか?」
「一般公募ですよ? 紹介状と履歴書を持って自分で応募してきたのですが、その履歴書がとてもユニークだったので採用しました。まあ、他に応募者もいませんでしたしね」
「ユニーク?」
「ええ、前職が宰相邸のメイド、前々職は隣国王家の暗部所属という職歴でした。冗談かと思いましたが事実だったのです。隣国ってどこだろう。教え子の中にはいなかったから国がちがうのかな?」
今ものすごくさらっとアレンさんの過去が!
「あ、あんぶ?」
「ええ、暗部です。この国では影と呼びますけど。履歴書の特技欄にはハニートラップと潜入工作とお菓子作り、免許及び資格の欄には拷問と暗殺と保育士だったかな」
「拷問と暗殺の有資格者! そんな検定があるのですね。しかも同列で保育士」
「ふざけた履歴書だとは思ったのですが、現役宰相家の紹介状でしたからね。思えばリリもマリーも正解でした。二人とも一般よりかなり高給ですが、あのスキルならむしろ安い」
拷問と暗殺の資格って、まさか専門学校でもあるのでしょうか?
検定には実技試験もあるのでしょうか。
実技って? 疑問は尽きません。
私はまだまだ世間知らずのようです。
今度ジュリアンが来たら専門学校への入学を相談をしてみようかしら。
あら? うっかり流しましたが、今マリーさんの名前も出ましたか?
「マリーさんもですか?」
「ええ、あれ? お話ししていませんでしたか? 彼女は薬物のエキスパートですよ? 伯爵様がどこからか引き抜いてこられたのです」
「ソウナンデスネ」
ええ、知りませんでしたとも!
知っていたらリリさんにもマリーさんにも、色紙にサインを貰っていましたよ!
それにしても、この屋敷の女性達はものすごいハイスペックだったのですね。
リリさんが王家暗部の出身で、マリーさんが薬物の専門家。
すごい特技です。
それに比べて私の特技は刺繡……正直へこみます。
数日後ジュリアンがひょっこりやってきました。
いつものように花束と焼き菓子をくれました。
なぜでしょう、平凡なジュリアンの顔を見ると妙に安心する私がいます。
「姉さん、今日は途中経過を報告に来たよ」
皆さん作戦会議室という名の応接室に集合しました。
まだ夕食をとっていないというジュリアンのために、ランディさんがサンドイッチを用意してくださいました。
弟まで可愛がってくださって、みなさん本当にありがとうございます。
最近は私よりジュリアンの方がみなさんとよくおしゃべりしていますものね。
「最近ね、王配殿下がちょくちょく女王陛下をエスコートして庭園でお茶をしているのを見かけるよ。もぐもぐ。でも女王陛下の後ろには必ず義兄さんが控えさせられているから、王配殿下はまだ女王陛下を満足させてはいないようだ。もぐもぐ。殿下も頑張って焼きもちを焼いている振りはするんだけど、芝居がクサすぎて、みんな笑いを嚙み殺すのに必死だよ。だってセリフは棒読みだし、時々カンペとか見るんだよ?もぐもぐ。あっ、すみませんお茶を下さい」
あらあら王配殿下も一応頑張ってはいるのですね。
きっと女王陛下のためというより愛しいリアトリス様のためでしょうけれど。
それにしてもジュリアン? お口の中に食べ物を入れてしゃべるのはお行儀が悪いですよ?
「それから宰相が前王の別邸をちょくちょく訪問しているよ。それが理由かどうかはわからないけれど、最近は陛下と殿下が連れだって視察や謁見をする機会が増えた。前王が担当していた関係各所への訪問や外交使節団の接待もお2人の公務になるみたいだし」
全員がリリさんの顔を見ました。
リリさんは片方の口角を少し上げただけで、表情を変えません。
もうマジでかっこいいです。
「女王陛下はまだ義兄さんを解放する気配は見せないから油断は禁物だね。僕が思うに、女王陛下は誰からも愛されたことがないんじゃないかな。だから愛し方もわからない。彼女は束縛を愛だと勘違いしている。相手が自分の要求を受け入れる瞬間だけ、愛されていると実感するんだろうね。歪んでるよ。王配がそれに耐えられるとは思えない」
「それは無理ね。彼も結局のところ王族然としたお花畑な性格だし」
「だよね。まあ作戦の効果は出ているよ。義兄さんは自分の事務室にいる時間が増えたし、庶務本部に顔を出せるようにもなった。まだ帰宅許可は出ないけどね」
「そうなのね」
「それがね、今回の件でいろいろな部署の幹部に会う機会が増えたでしょ?みんな不満を抱えてるってわかったんだ。まあ、前王のやり方は酷すぎたからね。やっぱり裏ミッションの方が確実だな。みんなも本命は裏で表はフェイクってつもりだったんでしょ?」
フェイク! あらバレてたわ。
アレンさんが唸るように言いました。
「フェイクといえど時間稼ぎにはなるでしょうから、さっさと切り替えましょう」
「うん、僕もそう思います。まずは前王ですね。そういえば前王の住む別邸のコックさんが昨日急に辞めたのですが、何か仕掛けました?」
マリーさんがしゅぴっと手を上げました。
「私の仕業です。彼のお茶に軽く薬を入れました。無味無臭無色ですからバレません。それに薬が抜ければ味覚は戻りますから、彼の再就職は可能です。ランディさんが後任として赴く前に、ある程度の目撃証拠を認知させる必要があったので、速やかにご退場いただきました。それと同時に前王へのオペレーションも始めています」
リリさんがマリーさんの顔を見ます。
「どうかしら?3日くらい?」
「そうですね、3日もあれば十分です」
ジュリアンが平然として聞きました。
「ああ、さすがだね。前王のものはどんな効果なの?」
「同じですよ? 味覚を鈍くする薬です」
実行を担当したであろうリリさんが、紅茶の銘柄を言うくらいの軽さで言いました。
マリーさんがニコニコ顔で続けます。
「実はそれだけではないのですよ? 継続して摂取すれば血管がぼろぼろになって破れやすくなるというエグい効果もあるのです。素敵でしょ? お薬の服用と並行して、きちんと不摂生な食生活を送れば一週間は持ちませんね」
「バレない?」
リリさんが応えます。
「だからこその3日間なのですよ。専属コックがいないので、新しいコックが来るまでは王宮から料理が運ばれます。前王は味がしないと不満を抱きます。でも文句を言う相手がいないので、仕方なく自分で塩をかけて食べます。その様子をメイドや侍従が目撃します」
「なるほど。そこでランディさんの登場だね?」
「ええ、ランディさんはいつも通りのおいしい料理を作ります。すると前王は味が薄いとランディさんを呼ぶでしょう。ランディさんは使用人たちにも同じ料理を食べさせて、薄味ではないことを証明します。それでも前王は食い下がります。そこでランディさんは前王の命令で仕方なく味を濃くします。それで十分です」
「それで一週間で結果がでるの?」
「ええ、お料理については前王の命令という衆目一致が得られます。この事実がランディさんの無実証明となり、長年の生活習慣が原因だと医師たちを誘導できるのです。後は飽和状態寸前まで塩を入れたワインと、レモンを浮かべたものすごく濃い塩水を毎日飲ませます。味は感じなくても喉はとても乾きますから、過剰に水分を摂取します。体内の水分量が増えて腎臓に負担がかかり、血管が異常膨張します。脆くなった血管は破れます」
全員がニヤッとしましたし、ジュリアンも笑っています。
あの素直で優しくて気が弱かった弟はどこに行ってしまったのでしょうか?
お姉ちゃんはとても心配です。
私の心配など関係なくアレンさんがジュリアンに説明を続けます。
「採用されたばかりなのに雇用主が突然いなくなったランディさんは、王配のパティシエの師匠ですから当然のようにスカウトが来ます。そしてめでたく王配専属のコックです」
「素晴らしい! 心から尊敬します」
ジュリアンは感嘆していました。
弟よ、お姉ちゃんは本当に心配です。
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