第17話 メイドマリーの証言

 両手を胸の前で握りしめたマリーさんが部屋に入ってきました。

 ちょっと顔色が悪いような気がしますが、大丈夫でしょうか。

 少し気が強いリリさんに比べると、マリーさんは内弁慶なところがありますからね。


「忙しいのに悪いねマリー」


「いいえ、旦那様こそみんなに責められていませんか?」


「ああ、責められているんじゃなくて、現実を教えてもらっているんだよ。かなり堪えるけどね」


「でも私も言いたいことがあります」


「そうだね。怒鳴っても殴っても構わない。だから教えてくれるかな」


「はい。私は奥様のことが大好きです。もちろん旦那様のことも大好きでしたが」


「過去形か。当然だろうね」


「だって奥様が! 奥様があまりにもお可哀想です。旦那様のお誕生日のプレゼントのことです。奥様は毎日私たちと一緒にメイド仕事をして下さっているのに、ちょっとの時間も惜しんで旦那様のクラバットを! なのに旦那様は」


「クラバット? 私に贈ってくれていたの?」


「当日アレンさんが王宮に届けました。私がギフト箱を準備して、奥様が丁寧にリボンをかけて。でも何日かして戻ってきました。他のプレゼントと一緒に無造作に床に置かれたのですよ?」


「ええっ! あの中にルシアからのプレゼントがあったの? あっ、ああそうだね……有象無象と一緒にして屋敷に届けさせた。そう指示したのは確かに私だ」


「でも旦那様はご自分が結婚してるって知らなかったのですよね。私たちは逆にそれを知らなくて。旦那様は本当に酷い方だと思いました」


「それは当然の感情だよ」


「あのクラバットは奥様が心を込めて刺繡なさったのです。丁寧にひと針ずつ刺しておられました。何日か徹夜なさったと思います。それは見事な総刺繡のクラバットとポケットチーフでした。旦那様のお色を使った美しい花模様でした」


「そのプレゼントはどこに?」


「旦那様のお部屋に置いてあります」


「持ってきてくれないか? リリを呼んでくれる?」


 マリーさんは立ち上がって、ドアの向こうに控えているリリさんに伝えました。

 リリさんがバタバタと走り去る音が廊下で響いています。


「旦那様。私、返ってきたその箱を、奥様が手にされて呆然と立ちすくんでおられた時、床に山積みになっていたプレゼントを蹴りあげてしまいました。ごめんなさい。もし壊れたものがあったら弁償します」


「弁償なんて必要ないよ。誰から何を貰ったのかさえ興味も無いんだ。いっそ全部燃やそうかと思ったが。燃やさなくてよかった。そうか、ルシア嬢が」


 ノックの音と同時にリリさんが入ってきました。

 トレイに載せられた青い小箱は、私から旦那様にお贈りしたものです。

 旦那様はリリさんにお礼を言って、その箱を手に取りました。


 ちょっとドキドキです。

 リボンが皺になって解けかかっていますね。


 旦那様は丁寧にリボンの皺を伸ばしてから解きました。

 箱を開けた瞬間。


「っっっつ!」


 旦那様は息をのみました。

 クラバットを手に取り、愛おしそうに撫でておられます。

 私は少し涙が出てしまいました。


「凄いね、美しいね」


「ええ、奥様は刺繡がお上手なのです」


「うん、上手だね。素晴らしいよ。今までで貰った誕生日プレゼントの中でも一番嬉しい。それを私は……」


 旦那様がクラバットを顔に押し当てて嗚咽を漏らしました。

 どうしたのでしょう。胸が締め付けられるように痛みます。


「マリー、私にはこのクラバットを受け取る資格が無いよね」


「いいえ旦那様!受け取ってあげてください。奥様が……奥様が……ああ~ん」


 マリーさんが泣き出してしまいました。

 どうしましょう。

 これは演技ではなくマジ泣きです。

 駆け寄って背中を撫でてあげたい衝動に駆られますが、私はただいま失踪中ですし。

 ここで出るわけには……と思っていたら、リリさんがきてマリーさんを抱きしめました。

 さすがリリさんです。

 私は安心して盗聴を継続しました。


「マリー、そしてリリ。彼女は時々は笑っていたかい?」


 しゃくりあげているマリーさんの代わりにリリさんが応えました。


「はい。みんなと一緒の時は明るく笑っておられました」


「そうか。それなら良かった。本当にみんなにはお世話になったね。特に君たちは同性だし、親しく接してくれたのだろう?心からお礼を言うよ。ありがとう」


「旦那様、離婚はしませんよね?」


 マリーさんが言いました。

 あらあらマリーさん、鼻水が出ていますよ?

 リリさんが慌ててハンカチを渡しています。


「したくはないよ。でも許してなんてどの面下げて言える?それに私は生贄なんだ」


「生贄?」


「情けないけどね」


 マリーさんがおもむろにこちらを見ました。

 ダメです! マリーさん! 旦那様まで釣られてこっちを見たではありませんか!


「どういう意味ですか?」


 おお〜リリさん! ナイスフォローです。

 旦那様の視線がリリさんに向かいました。


「うん。いろいろとね。複雑なんだ」


 リリさんがマリーさんの肩を抱いて退出していきました。

 旦那様はまた手紙に手を伸ばします。

 全部読まれるおつもりなのでしょうか。

 だんだんと手を抜いていることがバレるじゃありませんか!

 まあ、今更ですが。


 おっ! ドアがノックされました。

 オオトリは料理長のランディさんですね。

 あれ? ランディさんったら既に怒った顔をしています。

 ランディさん、旦那様を殴ったり蹴ったり刺したりしちゃダメですよ?

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