第4話 義両親は優しいです

 いつものように、朝食はサクッと香ばしい焼きたてのロールパンとサラダとフルーツ、紅茶にはミルクをたっぷり入れて全員でいただきます。

 リリさんのお話では、以前はサラダだけでフルーツはたまにしかなかったとか。

 そんな些細なことで、私の存在を喜んでいただけるのですから安いものです。

 ほぼ毎日、ゆったりおしゃべりを楽しんでから、それぞれ持ち場に向かいます。


 私もリリさんとマリーさんと一緒に洗濯場に向かおうとしていると、庭師長のノベックさんが慌てて走ってこられました。


「アレン! やべえぞ! ご当主様がこちらに向っておられるそうだ。たった今先触れが来た」


「まじで?」


 私はついそう叫んでしまいましたが、最近は皆さん慣れたのか、驚いたりなさいません。

 というか、私の言葉遣いより衝撃の急襲ですもんね?

 つい三か月前に来られたばかりなのに。そう言いながらアレンさんはテキパキと指示をなさいます。


「リリはお部屋のご用意を。マリーは掃除できていないところをチェックして! ランディは夕食メニューの変更! ノベックは奥様の大好きなバラ園の状態を確認してくれ!」


 みなさんバタバタと動き始めました。


「あの……」


 少々パニくっておられるのか、アレンさんは気づいてくれません。

 私は少し声を大きくしました。


「あ、あの!」


「はい? ああ、ルシアお嬢様、すみません。気づきませんでした」


「いえ、大変ですものね。それで私はどうすればよろしいでしょうか」


「そうですね。私たちは既にお嬢様の素を受け入れておりますが、ご当主様ご夫妻はまだご存じないでしょうから、部屋で刺繡でもなさってます?」


「ああ、そうですね。刺繡は結構得意なので。では、刺繡をやっていたと見えるように部屋を整えて、掃除のヘルプに行きます。シンプルなワンピースなら普段着として問題ないでしょうから、先に着替えておきますね」


「さすがルシアお嬢様。話が早くてとても助かります。お化粧もしておいてくださいね?」


「ああ、そうですね。長いことしてないから手順を覚えているかしら」


 アレンさんは私の言葉に驚いた顔をしてましたが、よほど余裕が無いのでしょう。

 ひらひらと手を振って去って行かれました。

 それにしても私の本性を受け入れたってどういうことなのでしょうか?

 まだ猫を四匹ほど被っているはずなのですが?


 私は予定通り着替えてから、ここに来た当初から少しずつ進めている刺繡をテーブルに置きました。

 実はもう何日も手に取っていないのですが、さも今までやっていましたを演出するために、あえて無造作に置き、裁縫箱の蓋も開けたままにしました。

 我ながら細部までこだわった演出です。


 とりあえず伯爵夫妻がお使いになるお部屋と目につきやすい場所を重点的に掃除しているマリーさんに合流します。

 せっかく着替えたワンピースを汚さないようにと、私は箒担当に任命されました。

 手際よく階段を掃き清めておりましたら、アレンさんが執務室から小走りで出てこられました。


「お嬢様! タイムアップです!」


 私は頷くと大急ぎで箒を片づけて、リリさんとマリーさんに合図を送ります。

 二人は阿吽の呼吸で『いつも通りのお仕事をしていますわ』を装いました。

 さすがです。

 感心しているうちに、玄関の前で馬の嘶きが聞こえました。

 私も慌てて玄関に向かいます。

 アレンさんに立ち位置を指示され、呼吸を整えてお出迎えです。


 ノベックさんが恭しく玄関ドアを押し開き、大きな荷物を運び込みました。

 目線で私に合図を送ってくださったので、慌てず騒がず優雅な仕草で馬車の前に進みました。


「お帰りなさいませ、お義父様、お義母様」


 優しい嫁とはこういう顔だ! と言わんばかりの微笑みで駆け寄ります。


「まあ~! ルシアちゃん! 元気そうで嬉しいわ~! ルイスとは上手くやっているかしら?」


 豊かな領地を治める筆頭伯爵家とは思えぬほどの気さくさで、お義母様が私を抱き寄せて下さいました。

 そのすぐ後ろには、やっぱり優しい笑顔が良く似合う元スパダリのお義父様が微笑んでおられます。


 そのあまりの美しさに、学生時代に何度かお見かけしたルイス様のお顔を思い出したような気がします。

 お義母様の熱い抱擁の後、私は研鑽に研鑽を重ねたカーテシーをお二人に披露します。

 それを見たお義父様は目を細め、お義母様は小さく拍手をしてくださいました。

 何事も見た目が肝心です。


「やあ、未来のお嫁さん。元気そうだね? どうだい? ここでの暮らしは慣れたかな?」


「はい、お義父様。みなさんとても良くしてくださって、何の不自由もなく過ごさせていただいておりますわ」


「それは何よりだ。ところで愚息はきちんと婚約者に尽くしているかい? 毎日花を買って帰ってる? プレゼントは? あいつは学生時代からモテすぎて女性に対して苦労していないから心配なんだ」


「うっ……そ……それは……」


「ん? どうしたのかな?」


 義両親はニコニコ顔のままで私の顔を覗き込んできます。

 はっきりいってバツが悪いです。

 正直に言うと婚約者様の立場がありませんし、噓を吐くのは心苦しいです。

 数秒迷いましたが、私は自分に正直になることにしました。


「ル……ルイス様とはまだ……お会いできて……いません」


「「!!!!!!!!!!」」


 お二人は固まってしまいました。

 そりゃそうなりますわな。

 当然のリアクションでしょう。


「それはどういう意味……かな?」


 お義父様が物凄く頑張って仰いました。


「いまだに一度もお帰りに……ならないのです」


 その瞬間カチッという音を私の鼓膜が拾いました。

 あっ! 大変です! お義父様が腰の短剣の鯉口を切っておられます!

 刃傷沙汰はごめん被りたいです!


「お……お義父さま! どうか! どうか!」


 私は必死でお義父様に縋りついて言いました。


「私は大丈夫ですから。ルイス様はとても頑張っているのです。ですからどうか、短剣を収めてくださいませ!」


 お義父様は言った通りにしてくださり、その手で私を抱きしめて下さいました。

 背中はお義母様が優しく撫でてくださいます。

 こんな温もりは何年ぶりでしょう? とても良い気持ちです。

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