聖剣を相続した。

蒼添

第一部

相続したので、トラブった同級生を助けてみる

第1話

 夕飯時、聖奈がご飯目当てで二階からリビングに降りてくると、木製のダイニングテーブルの上に聖剣が置いてあった。

 それは食卓を占拠するぐらいの、両手で抱えてちょうどいいぐらいの大きさで、少し薄く光り輝いている。持ち手や鍔の部分も金銀の、明らかに金がかかっていそうな装飾がされている。


「……聖剣、だなあ」


 どう見たって聖剣だった。何度見したって聖剣だった。

 鞘とか無しに、剥き身のまま置かれていた。危なそうだが、何故かその輝きのオーラを見ているとその危険性を忘れそうになる。そういうところまで聖剣だった。


「……おかーさーん、これ、何?」


 困惑しながら、夕飯の準備をしている母親に尋ねる。


「いや、見てわかるでしょ? 聖剣よ聖剣」

「いや……それは見てわかるけどさ、どこ由来の奴?」


 それが問題だった。聖剣。しかも装飾とか見るに近代の人工魔剣じゃなくて普通の聖剣だ。それこそ今でも実用に耐えそうな見てくれで、おそらく野山に住んでいる鬼とかを狩るにはあまりにも十分そうだった。こんな武器を買おうと思ったらそれこそ数十万はかかりそうな気がした。なぜそんな聖剣が家にあるのか。


「おじいちゃん、亡くなったでしょ? その蔵から出てきたんだって」

「あー、なるほどね……」


 なるほど。母方の祖父の物か。

 少し気になって、手で触れてみると普通に金属の冷たさが伝わってきた。家事の手伝いで触れた包丁と一緒だ。


「おじいちゃんかあ……」


 言われてみればアクティブな祖父で、聖剣を持ちそうな感じはあった。不思議な好々爺だったが、最近寿命で死んでしまった。


「ちなみに異世界産らしいわよ」

「本当? おじいちゃん凄いね」

「そうね」


 確かにあの祖父は”異世界からやってきた男”を名乗っていたが。まさか今になってあの法螺話に根拠が出てくるとは。いつも笑い、それでいて豪快な祖父の顔が聖奈の頭に浮かんだ。


「で、なんで我が家に?」


 豪快な祖父は性事情も豪快で、この現代日本においてありえないとされる一夫多妻を築いていた。当然息子娘もたくさんいるし、現に母親はたしか三女とかそのへんだ。なぜ聖剣を相続できたのか。


「聖奈に、渡したかったんだって」

「……あたしに?」

「そう。遺書にそう書いてあったんだって。”聖剣は聖奈に渡すように”って」


 そんな馬鹿な話があるか、と聖奈は思った。

 母親は夕食の肉を醤油系の味付けで炒めながら、なんてことの無いように言う。


「一番、向いているのはお前だー、って」

「……」

「実際、魔法発動体取扱者資格も、魔法検定3級も持ってるじゃない。せっかくだし持ってみたら?」


 母親はそう言うが。


 そんなことはないよなあ。聖奈の頭の中によぎった。



 ※



 そこそこ運動ができた。それでいて、夢見がちな子供だったと、聖奈は回顧する。


『おかーさん! みてみて! マジキュアー!』


 日曜朝のアニメを見て、ごっこ遊びをする。今じゃ考えられない話だが、魔法少女は聖奈にとってルーツだった。

 そして魔法というがこの世界にあることも拍車をかけた。いつかはそうやって悪を退治するのが夢、だと。


 ただ、まあ、小学生はともかくとして、中高と年を経るにつれて現実を知った。

 魔法少女は現代のアイドル染みた職として存在するが、基本的に”妖精界”からのスカウトを受けないといけないこと。そしてそのスカウトは悪質なものも多く、中には魔法道具を担保に売春のようなことをやらせる妖精までいること。

 魔法のステッキの所持には警察所の許可が必要で、専用の魔法ロッカーに入れないといけない上に、人前で取り出したら犯罪なこと。ステッキの使用には魔法発動体取扱資格と魔法検定の三級以上が必要で、さらに上位の魔法を使うにはもっと上の資格がいること。

 それから、それから……


 上げていけばきりがないほどの現実が、聖奈の夢を塗りつぶした。



 ※


 聖奈はベッドに横になって、それでスマホを覗き込んで、ぼーっとする。スマホ越しの視線の先には、部屋に用意された中古の魔法ロッカーがあった。

 魔法ロッカーは堅牢で、部屋の調和を乱すほどの無骨さがあった。曰く中でとんでもない威力の魔力爆発が起きたとしても耐えられる造りになっているらしい。


「はあ」


 ため息をつく。

 正直起こっている事態が事態すぎて、何をしたら良いのかがわからないのが聖奈の本音であった。無垢な女子高生が聖剣を貰ったとして……何をすればいいのか。いや、たしかに魔法少女のように”悪”を裁くこととかできるのかもしれなかったが、しかしそれも雲をつかむような未来で想像するのが難しかった。


 と、いうことで。


「……”聖剣貰ったんだけど”、っと」


 メッセージアプリにフリック入力。相手は高校の一番の友人。

 とりあえずこの問題はここで他者の意見を仰ぐことで終わらせることにした。

 即ち、思考停止である。


「……よくわかんないなあ」


 急展開に疲労する頭をどうにか誤魔化しながら、明日の学校のための準備ーー即ち数学の宿題を終わらせるため、聖奈はベッドから起き上がった。聖剣の未来より、数学教師の陰湿な生徒当て対策が重要。

 それが聖奈にとっての現実である。

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