どうかまた来年、この天の川で逢える時まで
DITinoue(上楽竜文)
七月六日・朝
さてさて、今私がいるここは牧場の建物にある、あるお部屋。あ、今お布団で眠っていた
「おはようございます……」
うんと伸びをしてから、ふすまを開けて台所へ向かいます。
宝姫様は今は叔父様と二人暮らしです。朝ごはんは二人で日替わりで作っています。
「おぉ、おはよう」
叔父さんが出てきました。
「おはようございます」
「出来たら、これ持って墓に行こうか」
「はい」
宝姫様が今作っているのはなんでしょうか? 野菜の香ばしいにおいがしますが。
あぁ、申し遅れました。私はかささぎです。名前はまだありません。私は三年前くらいまでは現世で仲間と共に、天の川へ大集団で橋を架け、
「よしっ、出来た」
おっと、もう完成したようです。充実した声色ですね。
「じゃあ、行こうか」
牧場には数匹の牛が起きています。その先には小さな墓標が立っていますね。石には「彦星の墓」と書かれています。隣には「
「はい、今日の朝ごはん」
宝姫様がそっと、墓標の元の草にご飯を供えました。二人でそっと、常世にいるはずの彦星様に心を通わせています。
「よし」
パンと手を叩き、二人はまた家屋へと戻っていきました。
「何で彦星はあんなに早く逝ってしまったんだろうなぁ」
朝食を食べながら二人が語り合っています。これも、明日が特別な日だからでしょうか。
「本当ですよ」
「本当に、さそりが恨めしいな」
「さそりの毒があれだけ強いということを私は初めて知りました。父上を追って母上も逝ってしまったし」
「あぁ……朝日さんは本当に無責任だと思う」
「そうでしょうか? 辛いことがあったんだから仕方がないことかと思いますが」
「……まあ、宝姫はお父さんとお母さんのことが大好きだもんな……」
そのあとに続く言葉、私は予想がついています。お母さんは、お前のことが大嫌いだったけどな、と叔父様は言いたいのです。
ここで話のあらましをあまり理解できていない方に向けてご説明すると、宝姫様の父君で叔父様のお兄様である彦星様は、天の川の向こう側にいる織姫様のことを思っていましたが、両親によって無理やり、芸人の朝日様と結婚させられてしまいます。その娘様が宝姫様というわけなのですが、彦星様は朝日様があまり好きではありませんでしたが、娘の宝姫様は溺愛されておられました。逆に、朝日様は彦星様のことをとことん愛されていましたが、実の娘の宝姫様を疎ましく思っていたのです。
そんなある日、彦星様がいつものように牧場を巡回していると、どこからか出てきたさそりが彦星様を刺し、そのまま彦星様はまさに名前の通り、星となってしまったのでした。さらに、それを追って妻の朝日様まで星となってしまったのです。これに伴い、一人になってしまった宝姫様の元へ、叔父様がやって来たわけなのですが。
そういうわけで、今は二人で素晴らしい牛を育てていた彦星様の跡を継ぎ、牧場を運営されています。
「ところで、宝姫」
「はい」
「明日、どうするのだ?」
そう、明日は特別な日。
「明日は……まあ、行きます。織姫様にまだ訃報を伝えていませんし……」
「そうか。話は通じるか?」
「分かりませんけど、父上から聞くにはとてもいい人だったということなので……」
「……そうか。じゃあ、取り合えず明日の七時からだったな? 天の川の河原まで送ろう」
「ありがとうございます。でも、心配ありません」
「本当か?」
「……はい、織姫様がどのような人なのかは分かりませんが……」
「……分かった。じゃあ、頑張ってくれ。ごちそうさま」
叔父様の目に心配の色が走っています。目の色が暗いのは、宝姫様も一緒でした。
★☆★
「あぁ、明日は七月七日かぁ。やっと、彦星様と会える。何の話しよっかなぁっ?」
ふんふんふんと鼻歌を歌いながら、色とりどりの漢服を着たお姫様が織物を作っています。その服と織物は見る角度によって色が変わるという変わり者です。
「織姫や、贈り物の準備はできているのだったな」
「はい、父上」
織姫様の父君は神様です。彦星様と結ばせたのも、天の川の両岸に二人を引き離したのもこの人がしたことでした。
私は零体なので、自由に動くことができます。今は雅な屋敷の中にいます。
「贈り物は美容に良い液体と盃です」
「おぉ、良いではないか」
箱の中をそっと覗き込んだ神様は満足げにニヤリと笑いました。
「あー、楽しみだなーっ!! 彦星様、今年はなにくれるかなーっ! あー、早く明日にならないかなーっ!!」
織姫様は、まさしく花のような笑みを浮かべて足を激しくばたつかせました。
★☆★
七月七日の七時です。
バサバサバサバサという羽音と、カチカチという鳴き声が遥か彼方からとどろきます。
「あれがかささぎ……」
天の川の東で、桃色と水色、黄緑色が組み合わさった漢服を着た宝姫様はこの景色に緊張も忘れて圧倒されています。
「やっと会えるっ!」
桃色、水色、黄緑色、黄色、藤色の五色に輝く漢服を着た織姫様は一年ぶりのこの光景に思わずその場で飛び跳ねています。
かささぎたちが両岸を結びました。
二人がそっと、天の川の中心へ向けて歩みを進めます。
「……え?」
「……え?」
と、なんとなくお互いの姿が見えたところで、二人はどちらも絶句してしまいました。
「女性……? 彦星様は……?」
「な、なんてお綺麗な人なの……」
天の川の清水は星の光を跳ね返し、サラサラと流れ、きらめいています。
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