万休そば

ここで、秘書が淹れたての緑茶を持って来てくれたので、にゅうめんマンは礼を言ってこれを飲んだ。相当いい茶葉を使っているらしく、信じられないぐらいうまかったので内心動揺したが、これくらいでびびっていては正義のヒーローの体面に関わると考え、平静を装って話を続けた。


「その怪人とやらの特徴をなるべく詳しく教えていただけますか」

「あまり多くのことは分かっていません。今判明していることは、異常な身体能力を持っていることと、鳥みたいな顔をして、背中に羽がついているということだけです」

「鳥ですか……」

 にゅうめんマンは、少し考え込んでから、ポンと手を打った。


「分かりました。それがどういう人物か」

「本当ですか」

「ええ。そいつはきっと、鳥が好きで仕方がなくて、鳥のかっこうをしている変人です」

「そうかなあ……」

 重役は納得がいかない様子だった。


「怪人の正体はともかく、どうです、この話引き受けていただけるでしょうか。危険な仕事ですし、報酬は弾みますよ」

「そうですね。怪人を追っ払うことは問題ありませんが、それを引き受ける前に、1つ前から気になっていることをお話ししてもいいですか」

 相手は少しいぶかしそうな顔をしたが

「どうぞ」

 と答えた。


「万休電鉄さんは『万休そば』というチェーン店を経営なさっていますね?」

「はい」


万休そばは、万休電鉄が自社路線の駅構内や駅前に多くの店舗を展開している、安くて早くてまあまあうまい立ち食いそば屋だ。全部で30店舗以上あることを考えれば、関西屈指の規模のそば屋チェーンだと言えるだろう。


「この飲食店、改善の余地があるのでは」

 にゅうめんマンは言った。

「何が問題でしょうか」

「名前ですかね」

「名前?」

 思いがけない指摘を受けて、重役は面食らった。


「『万休そば』は分かりやすくていい名前だと思いますが、何かいけない点が?」

「ええ。『万休にゅうめん』に改名すべきではないでしょうか」

 ますます思いがけない提案を押し付けられて、重役は困惑した。


「しかし、万休そばでは、そもそも、にゅうめんを提供していませんよ」

「それがまず問題です。そばなんか食べてる場合じゃありません」

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