空夜
大原は気分転換に外の空気を吸いにローレの家から出ていた。
身を隠す様に黒いコートを着て、人通りを誰ともぶつからずにただ黙々と歩いて行く。
(....もう..あの家には居られない)
っと歩いていく中で思い、大原の心は空虚感くうきょかんに襲われる。
(あぁ、幸せが足りない..)
無闇に大原はひたすら歩き、自分が何処に向かっているのかも分からずにいた。
ある程度歩き、ふっと立ち止まる。さっきまで沢山聞こえていたはずの足音が、今はもう何も聞こえない。
一直線しか見ていなかった目を辺りにやると、どうやらここは中心街から外れた場所だった。
誰も居ないという訳でも無く、家から人々の笑い声や話し声が聞こえてくる。ただ、今この通りには大原以外誰一人居ない。
窓から明かりが漏れている家が沢山ある中、大原は一つの家が気になり近づいて行くと窓が開いているのか、中年ぐらいの男女の他愛もない会話が聞こえてくる。
「今年もいいパレードだったな。..来年も元気に見れるかな?」
「お酒さえ止めれれば、見れるんじゃない?」
「ハハ、そうだな」
そんな会話が聞こえるが、大原の耳には入って行かない。近づくに連れ独りでに、にやけ顔が浮かび上がっていく、そして懐に手を当て始める。
薄っすら透明な赤、緑、白の三色の小さい球体がそれぞれ一つずつが宙に浮き、何処かに散っていく。
「こんなもんかな?」
散った球体を見送ったエリオは通りのど真ん中に居た。
予定通り人気の無い場所まで来たエリオは、魔法を使い何かを探し始めていた。
とりあえず今はやる事が無いので、現状疑問に思っていることを自分なりに整理する。
(..何でソフィエルさんと王はアルトリウスを省いているんだろうか? ん~、王からの命で言わなくていいってソフィエルさんに言われたけど、ソフィエルさんは何も疑問を持たなかったのだろうか? ....あ! いや! べ、別にソフィエルさんを疑ってる訳では無くて~....)
っと考え、エリオは一人でアタフタしていると魔法に反応があった。
「やはり! 外に逃げていたか!」
エリオは剣に手を置き素早く反応があった裏街道へと走っていく。
突然大原の体から強い光が放たれた気がしたがすぐ光は無くなった。
(なんだこの魔法は? ....ここに止まるのは不味い)
その場から動こうとした時にはもう遅かった。
「止れ! こんな夜遅くに何をしている! ここは飲み屋じゃあないぞ」
何だか聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。月明かりの中、大原はゆっくりと声の方を振り向く。
「ああエリオさん、でしたね」
「え!? オオハラさんじゃないですか~!」
っと驚きと少しの不安が混ざった声がエリオから聞こえてくる。
警戒が解けたのか腰に付けている剣から手を離し始めるエリオを見つめ、大原は慎重に話す。
「偶然ですね~エリオさん。何かあったのですか?」
大原の質問を聞いたエリオは何だかぎこちない喋り方をし始めた。
「あ~、え~と~....そ、それより、さっき大声出してしまいごめんなさい!」
両手を両太ももの外側にビッシっと付け、完璧な気を付けの姿勢を取り、そこから斜め四十五度ぐらい上半身を曲げ、綺麗なお辞儀を大原に向けてしてきた。
「いえ、気にしないで下さい。こんな怪しげな場所を歩いている自分が悪いんです」
大原は軽く作り笑顔を見せる。
「あっ! ありがとうございます!」
そう言いエリオは体を元に戻し、大原と対面になりエリオの方が素早く口を開けた。
「それでオオハラさん、なんでこんな場所に居るんですか?」
(チッ、話を逸らした後に質問返しかよ....)
「自分は今、丁度帰る途中でして。ここはいい近道なので歩いていました」
月明かりのお陰で何とかエリオが見えるので目を見つめていたが、話していく度たびに警戒心が強くなっていく。もしかしたら、あいつらと情報共有したかもしれないという予想をし、大原も用心しながら話す事にする。
(あの謎の魔法は恐らくエリオが発動させたと見て良いだろう。俺を狙ったのか? なら、最悪の場合は....)
「へ~そうなんですか」
(こんな時間に? そう言えばねぇさんが言っていたよな....)
エリオはメリネが言っていた事を思い出し、知人だとしても副団長の名誉があるから注意人物は取り調べた方がいいと判断する。
「オオハラさんちょっと申し訳無いんですが..持ち物見ても良いですか?」
「....えぇ、いいですよ」
大原はエリオに近づく、それも必要以上に。
大体五十センチぐらいの距離まで近づき、大原は右手を使い懐から黒い短剣を取り出し手渡す。
「これは....?」
っと険しい表情を見せる。
「日常的によく使うんですよ....庭師なので」
エリオの目を鋭く見つめ、静かに腰辺りに左手を置く。
(まだだ....まだ)
「あ、そっか....」
納得するエリオだが気になる点がある、それは生暖かいという事と血なまぐさいという事。ついさっきまで何か生き物を切っていたと思われる。しかし、ここら辺に家畜や肉屋などは無い..。
(..一体何を切ったんだ?)
そう思い短剣を手の平の上に乗せて集中する。すると短剣から黒色の小さい球体が出てくる。
球体は大原には見えず、ただ単にエリオが短剣を手の上に乗せ何かやっているという風にしか分からなかった。だから大原は目だけを見つめた。
その黒い球体フワフワと浮いていきエリオの頭の中に入っていく。
物にも記憶がある。エリオは今までどの様にこの短剣が使われてきたのか見る事にした。
短剣の記憶が頭の中に自然と流れていく。
工房で作られ、ローレが気に入り購入し、そして大原の手に渡る。ここまでは平凡な日常だった。
ルベアの事件に大原が関わっていた事をエリオは初めて知り、勇敢な行動をした大原に敬意をはらっていたが、その先を見た時に全てが一変する。
胃から何か上がって来るのを感じ、エリオは吐き気を催もよおすが何とか喉の辺りで止める事が出来た。そして、エリオは驚きの目で大原を見る。
「くっ! なんて....ッ!」
っと言っている途中エリオの腹部に激痛が走る。
「..恐怖..怒り....残念だよエリオ、俺はお前の幸せを見たかったよ..」
大原は腹部に刺した包丁を力強く横に引き、エリオの腹部から大量の血が流れる。
短剣は力なく床に落ちた。エリオは血を止めようと両手で押さえるが止まらず、後ろに一歩二歩下がる。
その光景を大原は静かに見守っていた。
「..エリオ、一体何の魔法を使った? あの状況で俺の何を知った? なぁ、答えてくれよエリオ」
っと大原は何処か悲しい声で自分の気持ちを包み隠さず全てさらけ出していた。
何の返事も返って来ず、腹部を押さえたままエリオはピクリとも動かなくなった。
(ん? 即死か..?)
疑問に思った大原は近づこうとするが、何だか変だった。目をよく凝らし腹部を見てみる。そうすると、おかしな事に血が止まっているかの様に見えるけど、暗いのと手で押さえているせいかよく見えなかった。
油断が出来ない状況になり、大原は大いに警戒する。全身の神経を研ぎ澄まし、一歩エリオに近づくと風の音が急に変になり、音の出どころがすぐ判明する。それは床に落ちていた短剣が勝手に大原の顔目掛け飛んできたのだ。
大原はギリギリで短剣の刃の部分を右手で掴み、何とか顔面貫通は回避する事が出来た。しかし、右手は血だらけになってしまった。
そんな右手を大原は眺めていると鞘から剣が抜ける音が聞こえる。
「....罪人オオハラ..ここで捕まえる!!」
っと威迫いはくある声が聞こえる。
うすら笑いで大原は右手から声の方を見る。さっきまで血が出ていた腹部は綺麗に治っているエリオが立っていた。その顔は激怒に満ちていたが中を見てみれば大した事は無い、何せ微かに恐怖があるのだから。
「今の魔法で分かったぞ....精霊だな? 通りで見えないわけだ..」
「なぜです..なぜそんな簡単に人を殺せる!?」
「......エリオは確かソフィエルの事が好きだよな? あの時から俺は、お前達二人の幸せも見たいと思っていたよ」
大原は何故だか気持ちよさそうな顔をしていた。
「どういう意味だ?」
っと困惑した顔が見える。
「でもなぁエリオ、お前の恋は叶わないんだよ残念ながら....」
っと気持ちよさそうな顔から一瞬で真顔になり、エリオを真っ直ぐ見つめる。
「ッ! 何を言って..」
「お前もわかってるんだろ? ソフィエルは、お前を優秀な部下としか思っていない事を」
ゆっくりと重い喋り方でエリオの精神に重圧をかける。
「うるさい....俺は罪人の言葉など信じないぞ」
エリオはネックレスを握った後、緑色の小さい球体がエリオの周りに集まっていく中、剣を構える。
「罪を背をってもらうぞ..罪人....」
「ふん」
っと鼻で笑う。
「殺す気で来いよ、エリオ」
左手に包丁を持ち、右手にはちぎったコートで短剣を固定し構える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます