おばあちゃんの願い

源公子

第1話 ダニエルおじさん

 あたしの名前はアナベル。

 おばあちゃんの名前はアガサ。

 ママの名前はメアリー。


 ママのお兄さんのダニエルおじさんは、十七歳の時アーサーおじいちゃんと喧嘩をして家を出ていった。


 バッグ一つを持って、始発の長距離バスに乗るために、角を曲がったバス停に行くダニエルおじさんを、十歳のママはパジャマで追いかけた。


「行かないで」

と泣くママの頭を撫でると、ダニエルおじさんは黙ってバスに乗って行ってしまった。


泣きながら帰ってきたママを、おばあちゃんは玄関のところで待っていた。


 ママを抱きしめて、おばあちゃんは

「お兄ちゃんが帰ってきて、お父さんと仲直りするように、2人で神様にお祈りしましょうね」と言った。


 二人は祈り続けたが、ダニエルおじさんは帰ってこなかった。


 やがてママはパパと出会い、結婚した。


 パパは放送番組のディレクターとして、世界中を飛び回っていたので、結婚後もママはそのまま実家に残り、翻訳の仕事漬けの毎日。

 生まれた娘のお世話は、おばあちゃん任せ。


 夜泣きがひどかったあたしに、おじいちゃんは耐えられず、西日の当たる狭い物置部屋にベッドを運び、物置の荷物はガレージに運ばれ、我が家の車は以来ずっと雨ざらしだ。


 そんなわけで、あたしは赤ちゃんの頃からおばあちゃんとずっと一緒。

おばあちゃんは家出したダニエルおじさんが帰ってきて、おじいちゃんと仲直りしてくれますようにと、二十四年もの間毎晩お祈りをしている。 


 でもおじさんはまだ帰っていない。


 マントルピースの上に、ダニエルおじさんが写っている最後の家族写真がある。

 セピア色の写真の中で、十歳のママと十七歳のダニエルおじさん、若くて綺麗なおばあちゃんと、まだ禿げる前のカッコイイおじいちゃんが写っている。


 写真の中の赤毛でソバカスの女の子は、大人になると母親そっくりのすごい美人になった(遺伝子ってすばらしい)。


 あたしも将来ママそっくりになる予定。

だから、同じ十歳になった時、髪型も写真のママとおんなじツインテールにした。


 ダニエルおじさんも、おじいちゃんにすごく似てる。

今頃きっと、写真の中のおじいちゃんそっくりになっているにちがいない。

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