　そして地上（ちじょう）は壊滅（かいめつ）──とは、ならない。光線（ビーム）は途中（とちゅう）で止（と）まり、ビデオの逆再生（ぎゃくさいせい）のように戻（もど）っていく。そしてクジラ型（がた）の宇宙船は姿（すがた）が霧（きり）のように、ぼやけていって消（しょう）滅（めつ）した。全艦（ぜんかん）が、である。

「はい、まずは船（ふね）を片（かた）づけたわ。次はあ（・）ん（・）た（・）よ、オバサン」

　鼻（はな）で嘲笑（あざわら）ってあげた。彼女の唖然（あぜん）とした表情（ひょうじょう）が気持（きも）ちいい。オバサンと言（い）ったが、見（み）た目（め）は三十代（さんじゅうだい）ほどで、充分（じゅうぶん）に魅力的（みりょくてき）だ。恋人のオペレーター嬢（じょう）も二十代半（なか）ばで、私は年上（としうえ）の女性が好（この）みだった。

「き……貴様、一体（いったい）、何（なに）をした？　何（なに）をしたぁ！」

「世界（せかい）改変（かいへん）能力（のうりょく）……そう言（い）えば分（わ）かるかしら？　この世界で過去（かこ）も未（み）来（らい）も、何（なん）でも自由（じゆう）に私は変（か）えられるのよ。過去も未来も、私には関係（かんけい）ないの。この世界は、私に都合（つごう）がいい『今』だけが残（のこ）り続（つづ）ける。理解（りかい）できないかなぁ？」

　さっきは宇宙船の群（む）れだけをこの世界から消（け）した。因果律（いんがりつ）の反転（はんてん）というのか、川（かわ）の流（なが）れで言（い）えば一部（いちぶ）だけを逆流（ぎゃくりゅう）させたと表現（ひょうげん）すれば良（よ）いのか。消（き）えた連中（れんちゅう）は、元（もと）から存在（そんざい）しなかったという扱（あつか）いになって帰（かえ）ってこない。すぐに人々（ひとびと）の記憶（きおく）からも消（き）えてしまうのだから残酷（ざんこく）な話（はなし）だ。敵（てき）である黒（くろ）ずくめの代表者が、すっかり無口（むくち）になってしまったので私は説明（せつめい）を続（つづ）けてあげた。

「あんたらが三日前、地球の砂漠（さばく）に作（つく）った窪地（クレーター）もね。私の能力で、修復（しゅうふく）は可能（かのう）だったのよ。でも、それをやったら能力がバレちゃうじゃない？　変（へん）に対策（たいさく）を立（た）てられたくないから、やられっ放（ぱな）しで我慢（がまん）してたの。私の能力は、この世界でしか使（つか）えないからね。異次元（いじげん）に逃（に）げられたら厄介（やっかい）でしょ」

「……ならば、何故（なぜ）、私のことを消（け）さない？　何（なに）を企（たくら）んでいる？」

「言ったでしょ、『教（おし）えてあげるわ。悪党（あくとう）の生（い）き方（かた）が、割（わり）に合（あ）わないってことをね！』って。あんたまで消（け）しちゃったら、悪党（あくとう）が来（き）たって事態（じたい）まで無（な）くなっちゃう。それは困（こま）るのよ。悪党（あくとう）が来（こ）なきゃ、ス（・）ー（・）パ（・）ー（・）ヒ（・）ロ（・）イ（・）ン（・）で（・）あ（・）る（・）私（・）が（・）必（・）要（・）な（・）く（・）な（・）っ（・）ち（・）ゃ（・）う（・）ん（・）だ（・）か（・）ら（・）。これから、あんたには私と一対（いちたい）一（いち）で戦（たたか）ってもらう。あんたを私がボッコボコにして、牢獄（ろうごく）に閉（と）じ込（こ）めてあげる。己（おのれ）の無力（むりょく）を噛（か）みしめながら、生（い）き続（つづ）けなさい」

　私は結界（けっかい）というのか、領域（フィールド）を展開（てんかい）させた。領域（フィールド）は私と黒（くろ）ずくめの彼女を包（つつ）む。この中（なか）は時間（じかん）と空間（くうかん）が曖昧（あいまい）で、外部（がいぶ）とは切（き）り離（はな）されて黒（くろ）い壁（かべ）に囲（かこ）まれたような状態（じょうたい）だ。真（ま）っ暗（くら）だが、私は暗視（あんし）ができるし敵（てき）も同様（どうよう）だろう。

　この中（なか）で、どれだけ暴（あば）れても外部（がいぶ）には影響（えいきょう）がない。超人（ちょうじん）同士（どうし）の戦（たたか）いには相応（ふさわ）しい舞台（ぶたい）だろう。結界の持続（じぞく）時間（じかん）は私が設定（せってい）できて、今回は六千（ろくせん）カウントとしておいた。一（いち）カウントは約（やく）一秒（いちびょう）で、つまり六千秒（ろくせんびょう）イコール百分（ひゃくふん）だ。一時間と四十分。ちょっと短（みじか）めの、昔（むかし）の映画の上映（じょうえい）時間（じかん）くらいか。

「世界（せかい）改変（かいへん）能力（のうりょく）は、使（つか）わないわ。あれを使ったら、まともな戦いにならないしね。私を殺（ころ）すか、結界（けっかい）の持続（じぞく）時間（じかん）まで逃（に）げ回（まわ）るか、降参（こうさん）するまで此処（ここ）からは出（で）られないわよ。覚悟（かくご）を決（き）めて、かかってきなさいオバサン！」

「調子（ちょうし）に乗（の）るな、小娘（こむすめ）ぇ！」

　この世界で私は最強（さいきょう）だが、この敵（てき）も別の世界で最強かもしれない。ボクシングの世界タイトルマッチみたいなものだ。負ける時は負けるし、死ぬ時は死ぬ。きっと、そういうものだろう。

　不意（ふい）に敵が、私の前から姿（すがた）を消（け）す。奇妙（きみょう）な感覚（かんかく）があって、時（・）間（・）を（・）止（・）め（・）ら（・）れ（・）た（・）のだと気（き）づいた時（とき）には遅（おそ）かった。背中（せなか）から一撃（いちげき）を喰（く）らって、長（なが）い刃物（はもの）が貫通（かんつう）して私の胸（むね）から突（つ）き出（で）てくる。コスチュームの中（なか）に武器（ぶき）を仕込（しこ）んでいたか。

「どうだ、致命傷（ちめいしょう）だろう。私の勝（か）ちだ！」

「はい、残念（ざんねん）でした！」

　無造作（むぞうさ）に振（ふ）り返（かえ）って、顔面（がんめん）にパンチを叩（たた）き込（こ）む。鼻血（はなぢ）を出して彼女は吹（ふ）っ飛（と）んだ。結界の中に作（つく）られた、床（ゆか）というか地（じ）べたにダウンして、なかなか起（お）き上（あ）がれない。私はと言（い）えば、胸（むね）を貫（つらぬ）いた刃物（はもの）は消（しょう）滅（めつ）している。コスチュームからも身体（からだ）からも傷（きず）は消（しょう）失（しつ）していた。

「聞（き）こえるかな、オバサン？　これは世界（せかい）改変（かいへん）能力（のうりょく）じゃないわよ。結界内（けっかいない）に付与（ふよ）した別（べつ）の能力でね。簡単（かんたん）に言（い）えば、この結界の中では、必（かなら）ず対戦（たいせん）相手（あいて）より私の方（ほう）が強（つよ）くなるの。そして私が負（ま）けるような状況（じょうきょう）は、瞬時（しゅんじ）に無効化（むこうか）される。ボクシングのインチキ判定（はんてい）試合（じあい）みたいなものかな。一対（いちたい）一（いち）の戦（たたか）いでしか使（つか）えない能力だけどね」

　デジタルの秤（はかり）と同（おな）じで、結界内（けっかいない）では戦闘力（せんとうりょく）の数値（すうち）が計測（けいそく）されて、その大小（だいしょう）で私の勝利（しょうり）が確定（かくてい）する。曖昧（あいまい）さのない決定（けってい）で、勝敗（しょうはい）は絶対（ぜったい）に覆（くつがえ）らない。床（ゆか）で寝（ね）た状態（じょうたい）の敵（てき）に、私は更（さら）に説明を続（つづ）けてあげた。

「ちなみに戦闘力（せんとうりょく）を数値（すうち）で表（あらわ）すと、私の戦闘力は、あんたより最低（さいてい）でも一（いっ）・（てん）一（いち）倍（ばい）以上になるわ。一一〇（ひゃくじゅう）パーセントね。そして一（いち）カウント、つまり約（やく）一秒（いちびょう）ごとに、複利（ふくり）計算（けいさん）で一一〇（ひゃくじゅう）パーセントずつ私は強（つよ）くなっていく。あんたの戦闘力は変（か）わらないままでね。こうやって、お喋（しゃべ）りを続（つづ）けている間（あいだ）にも、あんたと私の力量差（りきりょうさ）は広（ひろ）がっていく。理解（りかい）できたかなぁ？」

　金利（きんり）で考（かんが）えれば分（わ）かるだろうか。一日に一割（いちわり）の利息（りそく）が付（つ）けば、年利（ねんり）は三六五〇パーセントという、とんでもない暴利（ぼうり）になる。まして、私の場合は毎秒（まいびょう）ごとだから比較（ひかく）にならない。

　この結界内では、敵は私に慈悲（じひ）を乞（こ）うしかない。能力名（のうりょくめい）は『死刑（しけい）台（だい）のエスカレーター』。昔（むかし）の映画（えいが）にちなんで付（つ）けた名（な）だ。古（ふる）い映画なので、やっぱり私は観（み）ていないのだが。この戦いが終（お）わったら、恋人と家（いえ）で映画を観（み）まくろうかと思う。

　と、ちょっと油断（ゆだん）している間（あいだ）に、敵は姿（すがた）を消（け）していた。ああ、時間（じかん）操作（そうさ）系（けい）の能力で、過去（かこ）にでも逃（に）げたのかな。過去で歴史（れきし）を変（か）えて、私の存在（そんざい）を消（け）そうとしているのかも。まったく、無駄（むだ）なことは止（や）めてほしい。私は片手（かたて）を伸（の）ばして、手首（てくび）から先（さき）を異次元（いじげん）の中（なか）に入（い）れる。

　その手首から先で、敵（てき）の首（くび）根（ね）っこを掴（つか）んで、引（ひ）きずり出（だ）す！　プロレス技（わざ）のように背中（せなか）から床（ゆか）に叩（たた）きつけてあげた。「ぐはぁ！」と声（こえ）をあげて、今度（こんど）こそ彼女は動（うご）けなくなったようだ。

「無駄（むだ）よ、無駄（むだ）。私の話（はなし）を聞（き）いてなかった？　『この世界は、私に都合（つごう）がいい『今』だけが残（のこ）り続（つづ）ける』って言ったでしょ。ちょっと時間を止（と）める程度（ていど）ならと（・）も（・）か（・）く（・）、過去や未来へ逃（に）げることは許（ゆる）さないわ。ここでは私が法則（ルール）なの。物理（ぶつり）法則（ほうそく）も歴史（れきし）も、すべては私が決（き）める。他（ほか）の誰（だれ）にも干渉（かんしょう）はさせないわ」

「き……貴様は一体（いったい）、何（なん）なんだ？　この世界は、どうなっているのだ……」

「知（し）りたい？　いいわ、教（おし）えてあげる。ほら、このステータス画面（がめん）を見（み）て」

　結界の壁（かべ）に、映画のように画面が映（うつ）る。これは私が、この世界に一八才（じゅうはちさい）の姿（すがた）で誕（たん）生（じょう）した時（とき）に見た、自身（じしん）の能力表（のうりょくひょう）だ。誕生（たんじょう）というか、転生（てんせい）なのか転移（てんい）なのか。異次元（いじげん）転生（てんせい）とでも言（い）うのだろうか、そんなジャンルがあるのかは知らないが。

「ね、見（み）える？　【不死身（ふじみ）】とか【仮（かり）に死（し）んでも復活（ふっかつ）可能（かのう）】とか、私の能力が書（か）かれてるでしょ？　で、表（ひょう）の一番上（いちばんうえ）に注目（ちゅうもく）して。職業欄（しょくぎょうらん）って箇所（かしょ）があるわよね。ゲームなら【勇者（ゆうしゃ）】とか【戦士（せんし）】とか、人物（キャラクター）の特性（とくせい）が書かれてるのかな。さぁ、声（こえ）に出（だ）して読（よ）んでみて。私は何者（なにもの）かしら？」

「【創世（そうせい）の女神（めがみ）】……ど、どういう意味（いみ）だ！」

「そのまんまよ。ここは私が創（つく）ったパラレルワールドでね。元（もと）の世界とは違（ちが）って、スーパーヒロインの私が存在（そんざい）して、地球（ちきゅう）防衛軍（ぼうえいぐん）がある世界。異次元からは見分（みわ）けられなくて、あんたら悪党（あくとう）は地球を侵略（しんりゃく）するつもりで、私が居（い）る世界へと誘（さそ）い込（こ）まれる。そして必（かなら）ず負（ま）ける。さぁ、説明（せつめい）は終（お）わり」